のぞき見

赤魂緋鯉

のぞき見

 昔々のおとぎ話の産物でしかなかった魔法は、科学の進歩によって発見された、魔力エネルギーによって現実の物となる。


 戦争やら差別やら、宗教的理由やらで起きた混乱が収まり、魔法学は更なる進歩を始めていた。


 そんな時代の、とある島国の一角に建つ研究施設・国立魔法学研究所。その片隅にある、古ぼけた2階立て鉄筋コンクリート造の建物のさらに片隅。


 そこは、魔法力白熱電球など、やっていることが凄いのは分かるが、使い道があんまりない道具ばかりを作る、若き変人女性博士・升田ますだ美来みらいの研究室がある。


 地味に他の研究を助ける事もあるが、基本役に立たないものしか作らないので、助手が付き合いきれずに移っていくせいで、現状所属しているのは本人込みで2人しかいない。


「はっはっは、ついに完成だ」

「まーた変な発明品作ったんです?」

「変な、とは心外だなあ。これは革新的なデバイスだよ」


 その唯一の助手である女性、播磨はりま明日花あすかに苦笑いされた美来は、自分より3割以上は背が高い彼女を見上げ、少し唇を尖らせて言い返す。


「すいません。で、何が出来たんです?」

「これだよ」


 にこやかに謝った明日花へ、やや不服そうな顔をしたまま、美来は手に持っていたそれを机に置いて彼女へ見せる。


「服でも透けるんです?」


 それは、魔力エネルギーを吸収するために、ツル部分が妙に幅広いこと以外は、単なる魔力付与ガラス付き黒下縁メガネにしか見えなかった。


「私はそんな俗な物は作らないぞ。これは相手の考えている事が分かるんだ」

「うわ。プライバシーも何もあったものじゃないですね」

「そ、そこは問題ない。これは好意的に思われている相手でないとのぞき見られず、さらに同意がとれた項目しか見られないんだ」

「今回も微妙に使い勝手が悪いですね」

「……安全性優先の結果、と言って貰いたいね」


 ちょっと引かれたので、美来は手をわたわたと動かしながら、デスクの魔力水晶モニターにその開発コンセプトやら、理論についての未査読な論文を表示して説明する。


「というわけでだ。君に実験して貰いたいんだが、特段仲の良い友人などに頼んでくれないか」

「別に良いですけど、好意的ってそのくらいなんですね」

「まあ実は、魔力パスがほんの少しでも正の感情でつながれば良いんだが、一応そのレベルにしないと詐欺とかに使われかねないからね」

「なんでそこまで気が回るのに、もうちょっと丸め込めるぐらい凄そうな雰囲気が出せないんです?」

「研究者として、誇大広告を打つようなマネをしたくないだけであってだね」

「なるほど。……ま、そういうところが博士の良い所だと思いますよ」

「なんだねその間は。ともかく頼むよっ」


 含みのある微笑みを見せられ、眉間に少しシワを寄せた美来は、メガネを雑に引っつかんで明日花へ半ば突き出す様に渡す。


「はい」

「……いや、今着けてどうするんだね」

「相手にも都合ってものがありますし、仲良ければ良いなら博士でやった方が早いじゃないですか」

「まあ、私は君の事は少なくとも嫌いではないが……」


 と、むずがゆそうに言った美来は、イスをくるっと回して明日花に背を向け、キーボードを操作してメガネとホログラム画面のパソコンを魔力パスで繋いだ。


「いつでも構わないよ」

「はい。――博士の好きな人って誰ですか?」


 モニター用のメガネを掛けて、明日花を見やった美来は、画面に向き合ったタイミングでそう言われ思い切り噴き出した。


「ええ……?」

「何が変なんです? 人間って恋バナとか好きなものじゃないですか?」


 ぎぎぎ、と少し赤い顔で振り返った美来へ、明日花はややわざとらしげにニヤッとして首を傾げた。


「そうとは聞くが……。まっ、まあこれも実験だっ。覗いて貰って構わないよ」


 生唾を飲み込んだ美来は、息を1度大きく吸って覚悟を決め、さあどうぞ、と腕を組んで明日花へ向き直った。


「あー……」

「どうだい」


 ジッと美来を真剣な目で見つめていた明日花は、彼女からの問いかけに、


「なるほど、博士って私の事好きなんですね」


 これ以上に無い程愛おしそうに、へにゃっと表情を崩してそう言った。


「……も?」

「だって私、博士と一緒にいたくてずっと助手やってますし」

「いやいやいやっ。私なんかのどこが良いんだね? こんな生活能力皆無の変人だぞ?」


 激しく手を払うように振る美来は、耳まで赤面しながらあっちこっちに物が散らかっている研究室を見回して訊く。


「最初は変な人がいるな、っていう感じの面白半分でしたけど、一緒にあれこれやってる内に、誰かが助かったり面白がったりするだろう、って頭を悩ませている様子を見ていて、好きだなって思う様になったんですよ」


 まあ、方向性が変過ぎて訳わかんないな、と思うことはありますが、と明日花は照れ隠しに言って美来をずっこけさせた。


「せっかくですし、博士も私に実験してみます?」

「いや、まずは本人が実験台になるものだ。断る」

「そう言うと思いました。じゃあ、質問用意してますんでいろいろ訊いていきますねー」

「うむ。お手柔らかに頼む……。というか、何を作ってるのか分かっていたのかね?」

「寝落ちしてるときに、こっそり論文読んじゃいまして」

「はは、私の助手は有能で助かる」


 明日花が自分の腕時計型通信デバイスを操作し、びっしりと質問が並んだホログラム画面が表示され、長くなりそうだ、と美来はまんざらでもなさげにため息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

のぞき見 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画