霊の見えるメガネ

神白ジュン

第1話

 「──下を向くな、メガネが落ちるだろ!」


 田中三太は昨日見たYouTubeにあったセリフがどうにも忘れられないでいた。けれども彼の心は沈んだまま浮かび上がる気配すらなかった。


 それは、大学の卒業論文が中々進まず、加えて就職活動がうまくいかない状態だったからだ。



 「……しまった、図書館にメガネを忘れた」


 大学からの帰り道、三太は忘れ物に気づいた。だが明日も大学には行くのだし、メガネが無くともそこまで気にならない程度には視力はあったので、そのまま帰路に着いた。

 

 だが少し気持ちが沈んでいたのもあって、気分転換にいつもは通らない道を選んだ。するとその道中には、バザーらしき小市場が形成されていた。



 ────金もないし早く帰ってしまおう。だがその考えを見抜いたかのように、一人の老人が三太へ声をかけてきた。


 「そこの若いの、ちょっと見ていかんか?」


 七十代ぐらいだろうか。白髪を生やし、少し近寄りがたい雰囲気を纏った老人。普段なら気にも留めないのだが、老人の真剣な眼差しにどこか惹きつけられるように三太は近寄っていった。


 

 「……所持金も大して無いので、何も買う気はないのですが……」


 「かまわんかまわん、お主、これを少しかけてみてくれんか?」

 そういって老人が手に取ったのは、かなり年季の入ったメガネだった。ぱっと見、三太には価値が分からなかったし、そもそもまだ使えるのかすら怪しく思えるような品物だった。


 「なんなんですか、これ」

 手に取ったメガネは軽く、少しでも力を入れれば壊れてしまいそうなほどだった。


 「それは、霊の見えるメガネじゃよ」


 「えっ?」

 三太は驚き老人とメガネを交互に見た。霊が見える?そんな物がこの世に存在するというのだろうか。だが老人の発言によって、三太のメガネに対する興味は大いに湧いた。


 「……かけても良いですか?」

 

 「あぁ、いいとも」


 三太は老人の承諾を得たところで、恐る恐るメガネをかけてみた。老人の身体が、手元の品物がくっきりと見えた。間違いなく、メガネとしての機能を果たしているように思えた。

 それに、メガネをかけたことで老人の顔をはっきり見ることもできた。そしてその時、三太はどことなく既視感を覚えた。

 

 だがその既視感の正体に気づく前に、老人が口を開いた。


 「あぁ、言い忘れていたけど、このメガネすぐに落ちてしまうから、下を向いてはいけないよ?」


 ハッとした三太はメガネを外し丁寧に折りたたみ、すぐさま老人に返そうとした。


 けれども三太の目の前にいたはずの老人は、もうどこにもいなかった。



 

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霊の見えるメガネ 神白ジュン @kamisiroj

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