マリとマリン 2in1 午後の憩い

@tumarun

第1話 スコーン

2号館2階のカフェエリアに茉琳はいる。

 大好きなカフェオレに,本日はスコーンの組み合わせ。スコーンには紅茶が合うといわれるが茉琳は,この取り合わせが好きだったりする。

 早速バケットからスコーンを取り出す。

 焼きたてなのか、ほんのりと温かい。茉琳はスコーンを持つと林檎を割るようにふたつに割いた。割った片方に苺ジャムを乗せていく。

 

 側には、友人のあきホンが座り茉琳の手元を注視してる。


「スコーンにジャムを先に乗せるのですね」

「そうなり。焼きたてでクリームが溶けるなしからね。それにウチはカフェオレやし生だから余計ね」

「まあ、そうなんですね。コンウォール様式と,おっしゃりますね。私はデボン様式の方が好みですが」

「うん、いいなりよ。人それぞれなし」


 あきホンは、手を合わせて感嘆している。

茉琳はクリームとジャムを乗せたスコーンを両手に持ち、片方をパクついては、もう片方と食いしん坊のように口にしていた。


「がっつくなし」

「美味しいもんはしょうがないよ」

「確かに,このプレーンのふわふわは本場のオナーに勝るとも劣らないなし」


 味を堪能して,うっとりとした顔を茉琳は,見せている。そんな茉琳の顔を見て、


「茉琳さんを見ていたら、私くしも俄然、興味が湧きました。もらってきます」


 あきホンは辛抱堪らんという風情で立ち上がり、カウンターへ向かう。


「ゲンキチ。待ってな」

「ヘイ」



 あきホンが居なくなり、彼女の影に隠れたようにテーブルに座っていた男が現れる。

そうなのだ。あの深窓の令嬢と思われた、あきホンに連合いができた。

 そのせいだろうか、彼女の表情も和かで柔らかい。


「茉琳さん、茉琳さん」

「はひっ」


 いきなり、件の男に声を掛けられて茉琳は舌を噛んでしまう。


「ど、ど、うしたの?」

「いきなりでごめんなさい。茉琳先輩って、イギリスのスコーンとか詳しいし、スペイン語も話せるって聞いてます」

「確か,ゲンキチくんなりな。ウチは実家が交易関係の仕事してるなし,小さい頃からいろんな言葉習わされたなり。海外も何度も言ってたなりよ」

「「へえぇ」」


 それを聞いて彼は感心してしまった。ブリーチして脱色し黄色に髪を染めて、色めがねで見られそうなのに、すごいスキルを持っている。人は見かけによらぬものだと恐縮してしまう。


「ちょっとあんた、心の声がダダ漏れなり」

「しまった」


 急に茉琳はワタワタし始めた。羞恥で頬が赤くなっていく。そしてそれを隠すように両手で口を覆ってしまった。


  しかし,


「あああぁー」

カフェテリアの入り口から叫び声が上がる。茉琳は声につられて,そちらを見てしまう。


「お誾さん!」

「茉琳しゃん,ここしゃぃおった」


 そこにいたのは,マリンの友人のお誾さん」,その人であった。

 前髪を額に垂らし切り下げ、後髪を襟足辺りで真っ直ぐに切りそろえた,おかっぱ頭に太い縁のセル縁眼鏡をした女性だった,


「頼む。うちん話ば聞いて欲しか」


 入り口から茉琳たちのところへ彼女は肩を怒らせながら歩いてきた。見ると手は拳を握り力が入りすぎて,ブルブルと震えている。 

 余程の憤怒なのか、めがねのレンズが曇ってしまっている。


「あん馬鹿。うちば男やて言うけん」

「お誾さん,お誾さん,落ち着くなしや。どうかされたなりや」


 あまりの剣幕に茉琳は驚いて,宥めて落ち着かせようとするのだけれど,お誾さんは止まらない。


「もう,悔しゅう,悔しゅうて」

「だから,どうしたなり。落ち着いてなし」


 お誾さんは,聴く耳を持たずに捲し立てる。


「うちは口惜しか,茉琳しゃん。ウチば今時の女ん子にしてくれんね」


「えぇー」


「今時ん女ん子になるにはどげんしたら良か?」


 彼女はマリンの肩を持ち、逃げられないようにして懇願してきた。


喧騒は続く。


「お誾さん。ごめんなさい。ウチは話がわからへんから、初めから教えてくれなし」

「話の意味がわからんとぉ。初っ端から話んするけん。耳ばかっぽじってよう聞きんしゃい」


 未だに激昂していこ気負いがとまらない。


「さっきの講義ん事たんやけど、刑法の解釈でなー、あーつ、目ん前が

真っ白になっとる」


 あまりの怒りに古いセル縁眼鏡のレンズが曇っていたことに,やっと彼女が気づく、それほど怒髪天をつく状態だったのだろう。


「眼鏡ないとなんも見えやしぇん。もう、しょうもなかぁ」


 彼女がレンズの曇りを取ろうと眼鏡を取ろうとした。


「そうだ! お誾さん」


 茉琳が彼女の、その仕草に何か気づく。


「んっ、なん、何か?」

「今時の女の子になりたいって言ってたなし」

「言うた」

「なら」


 茉琳はお誾がかけている眼鏡に手を伸ばす。そして、それを取ろうとした彼女を差し置いて眼鏡を取ってしまう。


「やめて。眼鏡ないとなんも見えやしぇんと、言っとるけん」

「違うの」

「なんがちごう?」


 茉琳は古いデザインの眼鏡をお誾さんに向ける、


「まずは、眼鏡を新調して見るなり? そこから始めるなし」

「おー、そこか! なら………」


 勢いよく返事したものの、彼女は言い淀む。徐に指を噛み出し。


「うちも、ひとりで家を飛び出したから、仕送りが少なとーて金がなかぁ」

「アルバイトでもして見るなしか?」

「それも、考え…」


 そこへ茉琳を真似てスコーンを買いに行ったあきホンが帰ってきた。


「茉琳さん,私くしも買ってきましたよ。丁度焼きたてをいただきました…。あら」


 眼鏡を持つ茉琳の前に、


「お誾さん」


 が、いるのに気づく。一瞬,気を取られて、あきホンは蹈鞴を踏んでしまう。彼女が持っていたトレイの上には焼きたての熱いスコーンがあり、体か震えた勢いでバスケットからひとつ飛び出してしまった。

 そして飛び出したスコーンはと言うと、茉琳が着ていたブラウスの襟ぐりに飛び込んでしまう。

 お誾さんの眼鏡を持っていたがため、茉琳は飛び込んできたスコーンを叩くことも出来ず侵入を許してしまった。


「熱い!」

    べきっ


 焼きたてが胸元に飛び込んだことで茉琳は身をよじってしまう。その勢いで眼鏡を持つ指に力が入り、ツルを折ってしまった。


「あっー」


 それを見たお誾さんが慌てて眼鏡を取ろうと身を伸ばしたのだが、折れた眼鏡に気を取られて足元が疎かになり躓いてしまった。

勢い止まらず茉琳にぶつかってしまう。


「キャン」

    めきっ


 2人はもつれ込むように倒れてしまう。勢いで眼鏡が茉琳の手から飛び出して床に落ち、悪いことに倒れた茉琳の尻の下敷きになってしまった。


「痛い」


   バリン


 止めを刺されて、レンズも割れた。

茉琳は慌てて立ち退くものの、眼鏡もレンズも使いの物にならなくなってしまった。


         「「「あー」」」


 落胆の悲鳴が重なる。惨状を見ることしかできなかった、あきホンまで叫び、口に出してしまった。


「うち、これがなかとなんもみえやしぇん」


 砕け散って、眼鏡の成れの果てをみて、お誾さんが悲観にくれる。ショックで声まで平坦になってしまった。震える肩が涙を誘う。その肩には手を置いて、


「仕方ないえ。眼鏡は新調するなし。お金はウチたちが出すなり」


 茉琳は、あきホンに同意を求めるようにアイコンタクトを彼女へ向けて、


「ウチらが,お金出します。今時の女の子プロジェクトに参加するなり」


 あきホンも自分が最初の発端なだけに否定も出来ず、


「私くしもですわ」


 と言うのが精一杯だった。



 お誾さん。今時プロジェクト始動。波乱のスタートとなってしまった。

 まあ、スポンサーが付いただけマシと言うことか。








今回のお話しは,いつか書きたいと思っている作品の一場面になります。

時間が欲しい



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