第8話 マテハン、新し「主人は頭が悪いほうがいいァ!」

 俺とオスティンの絶叫の嵐の中、そいつは二本のツタで立ち上がってピコピコと地団駄を踏みながら両側から生えたツタをブンブン振り回している。


 なるほど。それを両手両足として動かしてるのか。


 と、これまでの戦闘で鍛えられたからか冷静になっている頭で考えつつ、ピコピコ跳ねながら両手を振り回しているそいつを凝視する。

 喚いてはいるが、別にこちらを攻撃するでもないので、こちらも戦闘状態には入らない。

 だが、それでも驚くものは驚く。


「動かないから叩く! 動きが遅いから叩く! 変な音がするから叩く! 汚い手で触る! チリやホコリだらけのところで使う! どうせカセットをフーフーしたりしてるァ? これだからヒューマンは何も何も変わら──」


 慄いている俺達の前で、そいつはツタの先端を器用に変形させて指を作ってこちらに突きつけている。


「あれ? ヒューマンじゃないァ。でもヒューマンにしか見えないァ? んー。でも知性はありそうだから、ヒト種とは言えそうですァ。ニアリーヒト種。長いからヒト亜種でいいァ?」

「なんで言葉が喋れるんだコイツ?」

「さあ……。しかし、俺達の使う共通語がわからないはずの魔物が共通語で語りかけてきたとかいう話は良く聞くだろ?」

「いや、そんなバケモノであったことねえよ。金級の連中がやるようなモンスターハントならそういうの出るんじゃねえのかと思うけどさあ」

「ずいぶんオーセンティックでテンプレートな反応ですァ。反応もヒト種そのものですァ」


 俺達とゴーレムはお互いに顎──ゴーレムのほうは口だが──に手を当てて、互いを凝視する。

 しかし、迷い込んだ思考の迷路から早く抜け出したほうが口火を切った。


「俺はオスティン=ヒルズベリー。お前を修理した人間だ。お前の命の恩人と言える。恩を感じろ?」

「オオー!オスティンと言うですァ? よろしくですァ。オスティン先生。」


 やつはツタを伸ばしてオスティンに差し出すと、オスティンもそれを握ってブンブンする。


「とりあえず元気そうで何よりだ。調子はどうだ?」

「良好ですァ。ベタベタがヌルヌルしてるから、後で拭いて欲しいですァ」

「オーケーオーケー。手足はどうだ?」

「この手足は妙ですァ。でも元々ありもので修理できるから、この素材でも修理はできてるァ」

「そうナノー。よかったノー」


 普通に会話してるが、噛み合っているようで噛み合っていない気がするんだが。

 オスティンは慄くどころか、座り込んでコイツと目線を合わせて喋っている。


 俺はまだ警戒を崩してはいない。

 人間の言語を喋るということは、人間をどうこうすることがコイツにとってなにかのメリットがあるということだからだ。

 そのメリットがこちらにとって危険かどうかの判断はまだできない。


「とりあえず、名前は?」

「名前? アア。個体識別番号は──あれ? ン? 何者かという問いはなんという製品かという意味ですァ? それともどの機体かという意味ですァ?」

「いや、とりあえず俺とキミで呼び合うときになんと呼ぶかの話だ」

「個体名はないですァ。個体識別番号は◇■&#■$◆ですァ」

「ウーンそうかぁー俺達だとそれ聞き取れないみたい」

「でもヒト種が使うような名前という概念はないですァ」

「まず確認しておきたいんだが、お前は俺達と敵対するものなのか?」


 ゴーレムが頭ごと身体を傾けてこちらを見る。首がないんだから仕方ないのだろうが。というか、ヒトのような動きまでする理由はなんだ?


「ハーッ……敵対すると、なにかメリットがあるですァ?」


 能天気に響き渡る拍手と笑い声。もはやオスティンは野良猫が芸をした時に拍手する子どもみたいな反応をしている。


 おい! 気を抜きすぎだろ! しっかりしろオスティン!


「彼我に利害関係が成立していない現状では不要な敵対行動は意味がないですァ」


 そしてゴーレムは手を腰に当てて堂々と宣う。


「なにせ、今戦闘したら壊れる! 鉄パイプで殴られれば一発ですァ」

「逆らったら壊す方向でいいのか?」

「野蛮! 野蛮!! 知性ある存在に暴力を振りかざすその姿勢!! これだからヒト種は!! 野蛮! 破廉恥! 人でなしィ!!」

「いやですァー! そうですァー! もっと愛を! 愛という概念も知らないですァ? これだからニアリーヒト種はいやなのですァ!!」


 オスティンはソイツを抱き上げて俺から離しながら唇を捲り上げて文句をキーキーと喚き、ソイツはオスティンに抱きつきながらこちらを指さしながらブンブン振っている。

 そして堂々とこう言い放った。


「最悪のときは自爆するァ」


 オスティンはそっとソイツを作業台に戻してから、手を前にやりながら悲しそうに言う。


「俺達まだわかりあえてないみたい。もう少しお話したほうがいいと思うの。とりあえず爆発するのはそれからでも遅くないと思う」

「嘘ですァ?」

「なんだよ嘘かよォ」


 一人と一個がハハハハハと笑いあったあとに、一人のほうが神妙な顔で尋ねる。


「本当に爆発しない?」

「────……」

 

 一個のほうは頭を掻くような仕草をしながら、物騒なことを言い始める。


「充填されたエネルギーを可能な限り極端に短絡させれば多分爆発するァ。可能な限り修復したけどショートしてたらその限りではないですァ」

「そっかぁー。俺の部屋ではやめてねー?」

「持ち主なら最後まで面倒みるァ? ゴミはゴミ箱に、空き缶は分別してリサイクルに、フラクタセラミックはセラミック回収箱へ」

「いや、持ち主は俺じゃなくてそっちの会話についてきてないほう」

「オー。マスター。マスターは知能が低くてモノが分かってないヤツのほうがラクできるァ。歓迎するァ」


 失礼そのものなことを言いながら手を伸ばしてくるソイツの手を握ってみると、ふにゃふにゃして頼りない割にやたらと器用に動いている。

 触ったことがない材質だ。一体何で出来ているんだ? というかなんでこうも変形するのか……


「レディにもそうやってるですァ?控えるですァ。ヴェッ」

「そんなことより、なにで出来てるんだそのツルみたいなの」


 オスティンを見たが、オスティンはこちらに目を合わせない。


「え、大丈夫なもの? ねえ? こいつが動かしてるの大丈夫なものなの?」

「匂いとかは出ないと思う」

「やめろよ中途半端に情報だしてくるのォ……」

「いやいやいや腐ったりするようなものじゃないから!!」

「じゃあ素材がなにか言ってみろ?」


 ヤツは再び目を逸らした。


「知らないほうがお前のためだと思う」

「一番嫌な回答してくるのやめろよマジでお前ェ!!!」


 そこで眼の前を紙でできたなにかが通過していった。

 ユラユラとしながら確かに飛んでいるそれは、見事に滑空しながら鳥のように真っ直ぐ飛んでいく。


「お前は何をしてるんだコラァ!!」

「紙ヒコーキ作ってるァ?」

「アァー! やめて! それ貴重なんだ紙じゃなくて樹皮なんだよォ! でもいいか。後で請求するわ」

「待て待て待てやめろ! お前とりあえずやめろ! 貴重なものなんだ! ダメ! トロン! ダメ!」


 ソイツは紙ヒコーキと呼んだそれを俺に向けながら、体ごと傾きながら聞き返してくる。


「トロン? ちがうァ。発音が違うァ」

「あー、その話はいい。俺はお前のことトロンって呼ぶから。お前はトロンだ」

「オオー。持ち主。持ち主の名前はなんですァ?」

「俺はリカルド。リカルド=シュレイド。よろしくな」

「よろしくですァ。リカルド坊や」

「坊やはやめろ。あとそれを折り畳んで投げるのもやめろ言ったそばから投げようとすんな」

「むしろこれすごくね? めっちゃ飛ぶじゃん」


 オスティンのやつはトロンが投げた紙ヒコーキとやらを拾って自分も投げてみながら興味深そうにしている。

 投げる仕草をしながら手に伝わる感覚を確かめたり開いてみたりしつつ、なにやらブツブツ言っている。


「……トロン、折り方教えてやるからチャラにしろって言ってくれ」

「オスティン先生。折り方教えるからチャラにしてくれるァ?」

「おお、いいぞ! 他の作り方も教えてくれよ」


 とりあえず気が逸れたようで何よりだ。

 こいつの持ち物で貴重だの高価いだのと言われると、結構シャレにならない金額か、入手難易度な気がする。

 請求なんぞされたらしばらく麦粉生活をさせられかねない。

 麦粉の粥は修行僧が俗世への未練を断ち切るために食うとまで言われるんだから、それを毎日食った日には心が死にかねない。

 というか──


「というか、なんでソイツは先生で俺は坊やなんだ?」

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冒険者?俺を呼ぶならマテリアルハ「紙ヒコーキ作るァ!」おいやめろそれは貴重な 鍛冶屋おさふね @osafune_kaji

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