第7話 マテハン、新し「汚れた手でさわるなですァ!!」

 冒険者稼業は思われているよりも浮き沈みが少ない。

 というと、俺が基本的に沈んでいる側という扱いになってしまうので言い訳をさせて欲しい。


 市井で普通の商売や雇われ人をやっている人々が持つ、『依頼を受けて冒険に出かけてドラゴンや魔獣を倒して宝を手に入れる冒険者』というイメージは、ハッキリ言って吟遊詩人の唄に引きずられすぎだ。

 冒険者は依頼に基づいて危険地域での採集や案内、害のある魔物を討伐して間引くか根絶やすのがほとんどの地味な仕事なのだ。

 そういうわりと危険度が高くて慣れてるやつがやるほうがいいという仕事は、それはもう沸いて出るほど依頼がある。

 危険があるのである程度の以上の相場が出来上がっているし、そこから外れた仕事ばかりを選ばなければ問題ない。

 一度に受けられる依頼も一つではないので同時進行もできる。


 なので、真っ当に依頼を受けて、真っ当にこなしていれば少なくとも食いっぱぐれがないのが冒険者だ。

 

 しかし俺は冒険者とは別に、本業としてマテリアルハンターをやっている。

 依頼がなくても洞窟に潜るし遺跡にも行く。

 こっちが赤字だと、穴埋めのために冒険者稼業を増やす必要が出てしまったりするわけだ。


 ということで、赤字を補填するためのジャイアントスパイダー狩りを終えて俺は家路についていた。


 狩りの様子については今回は省略だ。

 害虫駆除の様子を説明して喜ぶのは、この間のあいつやニュービーくらいのものだからな。

 しかし、収穫というか副産物については話をしてもいいだろう。


 こいつらの主な副産物は粘液嚢とスパイダーシルクだ。

 粘液嚢はスパイダーシルクの原料が入っている袋で、破らなければ中身が液状のままで持ち帰れる。

 この中身は芋や麦で作る糊よりも接着力が強いが、むやみに硬化しないので広い面を接着するのによく使われている。裁縫屋や細工屋が接着剤に使うので需要は途切れない。

 スパイダーシルクの方はこいつらが巣や罠を張るときに使う、いわゆる構造糸のことだ。

 細く丈夫で粘つかず、耐水性もある。用途はもはや幅広すぎて列挙しきれないが、漁業や建築など本当に何にでも使われている。

 駆除をした後の巣をバラして回って、処理をしながら巻き取って回ればそこそこの量が集まるので、クモ類のモンスターを狩る時は目端の利く冒険者なら忘れずに持ち帰る類のメジャーな副産物だ。

 むしろこのためにクモ類の討伐依頼がでることすらある。


 しかし厄介なこともある。


 下宿の裏庭の角。砂だけを集めてあるところで、俺はヘルメットと防具に砂をかけては擦り落としていた。


 こいつらの巣を壊すということは大量の粘液糸がまとわりつくのを承知で処理をするということであり、粘液糸だらけになるということだ。

 必然、俺は砂を振りかけては擦り落として、塊になった砂を取り除くという作業に朝っぱらから励むハメになったのだ。

 家畜や人間を絡め取る怪物蜘蛛の糸だ。強度がどういうというものではないが粘りと頑固さがとにかくダテじゃない。

 こうやって時間を掛けて砂で落としていることから分かるように、油断して髪の毛やら髭やらについてしまうと、それはもう悲惨なことになる。


 同じ依頼を受けたニュービーがチャラくせぇ髪を出しっぱなしにして、ザコだから一発で仕留めればどうこうとヤイヤイ言ってやがったが、見事に粘液糸を頭に被ってしまい帰る頃には髪の毛を切られ千切られ散々の姿だった。


 俺は言ったぞ?


「ヘルメット持ってないのか?なんだほら、あれだ。服でも布でもいいから何か被っとけよ。危ねえから」


 ってな?そしたらこうだ。


「ザコ相手に無様な戦い方しないんで平気です。っていうか、重装備ですね。そんなに強くないでしょこいつら」


 だとさ。

 革鎧は軽装だ。何言ってんだ? 最近の若いのは革すら重いって思うんだろうか。


「──あいつ、砂で落とすとか知ってんのかなあ。」


 もう少し強く言ってでも止めてやりゃよかった。かわいそうな事をした。

 ハサミを入れても少しでもくっつけば開かなくなるし、石鹸や油で取ろうとめちゃくちゃやると、粘液が緩むだけ緩んで一層ひどい目に遭うが……。

 まあ、怪我ではないから平気か。 


「あーーー、取れた取れた」


 防具はすでに粘液糸除去済み。丁寧に作業をしていた愛用のヘルメットの表面にも粘液糸はもう付いていない。

 下を向きすぎてだるくなった首を回して、上を向きながら背中もストレッチして、あ~っと息を吐いた。

 腰から提げた道具袋から煙草を取り出して一服し、近場の石段に腰掛ける。

 空を見上げると、ちょうど昼過ぎ。

 ヘルメットに油を塗ったらなにかすぐ食べられるものでも買いに行くか。


 四半刻も歩かないところにある通りには、食料品店を兼ねた食い物屋や明るい雰囲気の酒場が立ち並んでいる。

 路地を入ればちょっと個性のある食い物屋やうらぶれた雰囲気の酒場、果てはトンデモナイものを食わせるゲテモノ屋もある。

 が、今の俺にとって用があるのはそれらのどっちでもない。

 真っ直ぐ走る大きめの通りを一本ずれると、こっちは屋台通りだ。

 屋台通りとはまさにその名の通りで、わりと狭い通りの両側にズラッと屋台が並んでいる。

 串を打って焼いた肉やソーセージを売る屋台、ドデカい鉄板で炒めた薄切り肉と野菜をパンに挟んで売る屋台、魚や貝を焼いて売る屋台、蒸した芋や塩漬け肉を売る屋台、蜂蜜酒を薄めたやつを売る屋台、ミルクを売る屋台、果物を並べて売っている屋台など種類は様々だ。

 

 依頼をこなした分、今日の懐具合はお寒くない。そして朝から砂と戯れたので腹に溜まる物が食いたい。


 そんな気持ちで並ぶ屋台は、蒸した芋や塩漬け肉を売っている屋台だ。安くて多くて冷めても決定的にまずくならない。

 注文すると、店主のおっさんはウンウンと頷きながら、身体に染み付いた動作で蒸籠から芋や肉を素手で取り出して、堅焼きパンの皿に放り込む。

 そしておそらくは塩だと信じたいものとハーブの混ざった味付け粉をベシッと掛け、その上から刻んだ葉物をバサッと乗せて俺に渡してくる。

 銅貨5枚でこの量なら文句はない。

 1枚おまけに付けてオッサンに渡すと、オッサンは多い分を見て『分かってんじゃねえか』という顔をして塩漬け肉と芋をひょいひょいと掴んで俺の皿にベシッと投げ込んでくれる。

「あがり。持ってきな」

「どうも」



 パン皿を手に路地をぶらぶら歩きながら、ついでに串焼きを4本買って下宿の方に戻る。

 作業が終わった直後で片付けをしていない裏庭でちょうどいいところを探し、石段に腰掛けて謎の粉が程よく染みた芋を頬張った。

 何が入っているのかはなんとなくわかるのに、どうしてこんな味になるのかわからない不思議な味わいだ。どうみてもオッサンがバシッとしたのはただの塩とハーブのように見えたのだが、そんな単純な味ではないから不思議だ。

 刻んだ葉物野菜で肉を挟むようにして口に放り込む。

 わりと苦みのある野菜なのだが、うまく塩漬け肉の脂っこさを消してくれるお陰でちょうどいい。


 そんな感じに昼飯をのんびりと楽しんでいると、下宿の入口に誰かがやってきた気配がする。

 ひょいと身体を傾けてそちらを見たところ、ちょうど帰ってきたところらしい旅姿をしているオスティンのヤツが顔を出し、こちらに手を挙げる。

 こちらも手を挙げて応じると、旅装もそのままにこちらにずんずんとやってくる。


「出張か?お疲れ」

「いやー疲れたぜえー。と言ってもそんなに俺は今回やることなかったけどな。今日はもう帰っていいって言われる前に帰っていいよな? ってゴリ押しして帰ってきた」

「そこは組織人としてもう帰っていいって言葉を待つのが大人だろ」

「そういうのはほら、ハッキリ意見を言うのが大人だろ」

「ノーと言える勇気」

「そんなことはどうでもいいんだよォ。アレ修理したから今から起動しようぜすぐ起動しよう今起動しよう飯食ってる場合かそれ美味いよな食いながら早く来いよ!!」


 もはや跳び上がらんばかりの勢いでまくし立ててくる。

 言葉もうるさいが動きもうるさい。

 とりあえずいい大人が左右に跳ぶんじゃねえ、というかその荷物持ったまま俺より動きがいいじゃねえかコイツなんなんだ。


 俺の部屋の隣にあるオスティンの部屋は、元々なにかの倉庫だったらしい雰囲気が色濃く残っている。

 その中もまさに倉庫なのだから、元の雰囲気を活かした内装なんだというのは本人の弁。


 一番奥にある作業台の上には、バケツが一個鎮座している。

 オスティンはスキップしかねない足取りで作業台に近づくと、バケツを両手で指差して叫ぶ。


「こいつが、お前が拾ってきた遺物を修復したメタルゴーレムだ!!」


 バケツだ。


「バケツにしか見えないが」

「何ィ? あ、悪い。顔をそっちに向けてなかったな。こうだ!」


 シャッ! という音を立てて、バケツを回して顔に当たる部分をこちらに向けてきた。

 確かに目の位置にあのスケルトンの目だったと思われる構造があり、口に当たるところにはちゃんと口らしき構造がある。

 鼻なのかよくわからない突起もあり、顔と言えば顔だ。というかほぼ全体が顔だ。

 

「顔の付いたバケツだなあ」

「まあ、そのへんはいい。顔っぽく見えるようにしたのは連れ歩くための配慮であって別に顔がなくたってゴーレムには関係ないからな。俺としては前後につけたほうがいいかと思ったんだが、左右で立体視してる可能性も考えてだな」


 しげしげとバケツを眺めながら、周りを歩いて回ってみる。


「で、動くのか?」

「所有権はお前だし、起動はお前がやるほうがいいだろ? 一昨日あたりにマナを吸収しなくなったから充填が済んだんだと思う。何かこう、動け的な気持ちでマナを込めてみろよ」

「どうやって動かすのかとかその辺は──」


 オスティンがきょとんとした顔をする。


「今から実験する。さあ、頼むぞ」

「おう、じゃあまあ。俺も最後の仕上げを手伝うとするかァ」


 まず俺が、オッサンがバシッとした謎の粉が付いたままの手を伸ばして、とりあえずランプを点ける時と同じ要領でマナを込めながら手を翳す。

 が、動かない。

 芋を摘んで口に頬張りながら、バケツをベシベシと叩いてみるが、やはり動かない。

 オスティンのやつも俺の皿から芋を取って頬張り、同じようにベシベシと叩き出すが、やはり動かない。


「ダメッぽいぞ」

「みたいだな」

「どうすんだ? 出力挙げたやつをこう、ドーン! とぶつけてみるとかすんのか」

「やー、外装は普通のバケツなんだよ。あんまり勢い付けてドーンってやると中身がバーン! だ」

「もうちょっといい外装なかったのかよォ」


 二人して芋と塩漬け肉を摘みながら、さらにオスティンが持ってきたなぜか冷えている瓶入りのエールを飲みつつ、俺達はバケツを叩いたり転がしたりベタベタ撫で回したりする。

 するとバケツからニョロッとツタのような物が4本吹き出し、俺達の手を払ってからスックと立ち上がった。

 そして叫ぶ。


「やめるですァ!!ベタベタベタベタ!!精密機器を触るのに食べ物を触った手で触るんじゃないですァーーーーー!!!」

「うわあああああ!!!!」

「しゃべったぁああああああーーーーーー!!!」

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