第6話 マテハン、大いに慄く(いろんな意味で)

「───……おっっっかねぇ」


 オスティンが充填し終えた8本を別の箱に放り込んで、懐からパイプを取り出して火を付ける。


「──な?」

「な? じゃねえよ! 俺まで怒られるところだったろうが」


 パイプを咥えて煙をプカプカ口の端から出しながら、また別の8本を掴んで指に挟み込むと、それを握り込んでこちらに向ける。


「おっかねえだろ? 美人は怒らすもんじゃねえよな」

「美人じゃなくてもレディを怒らすもんじゃねえよ。言う事聞けよお前。マーテル嬢に迷惑かけんな」

「ほーらこうやってすぐ美人に味方する。これだからヒト種は。なんてロクでもないんだ。ま、お前は俺と同じロクでもない仲間だと見られたからご愁傷さまだ」

「アホ抜かせ。あんな美人の輝かしいお嬢さんに手出しできるお調子モンじゃねえよ俺は」

「おお、分を弁えていらっしゃる。でもまあ、本人は手を出して貰いたがってたりするのに気づかないこともあるからな」

「──なに? そうなれば話は別だ。ちょっと俺、いかなくちゃ」

「まあまあ、ゆっくりしてけよ。お呼びじゃないぞ」


 こちらも両手に2本ずつ持っていたペンを充填し終えてそれを箱に入れると、また別のものを取って充填し始める。


 <付与>の魔法は日用品から武具までありとあらゆるところに応用されて今の世の中に広まっている。この魔法刻印筆記具もそれだ。たかがペンでも付与付きとなれば結構なお値段がするものだ。

 だから充填充填を繰り返しながら使う。

 そんなものがそこら中にあふれていて、かつ充填できる人間はある程度限られるとなれば、その術者の需要は奪い合いであり、付与術の中級者なら充填だけでも食っていける。


 俺の実家である鍛冶屋シュレイドの武具でも、付与術が施されたエンチャント品は目玉が飛び出るほど高価だ。

 それは対象の質の良さも当然あるが、それ以上に命がけで切ったはったするのに耐えるだけの魔力を充填するのがあまりにも時間がかかるからだ。

 武装一式となれば俺よりも腕の良い術師が数人がかりで数日掛けて仕上げる必要がある。しかも、込められた魔力を使い切れば再充填に出さなければならない。それだってタダじゃない。

 早く、大量に、強力な魔力を込められる付与術師(エンチャンター)はまさに奪い合いの様相だ。


 俺だって<付与>の魔法を使える人間として、一流ではないが二流くらいにはなんとか留まっている自負がある。伊達にシュレイドの生まれじゃない。

 冗談めかして喋りながらだが、たかがペンなら充填するのに数分で済む。これだってなかなかのものなのだ。


 だが、8本同時に、休み無く次々に、煙草を咥えたり、喋りながらやってのけるのは到底無理だ。それを軽々やっているコイツの実力は、正直底しれない。


 商売をやるものとして人脈云々という言葉を使うのは下品で好かないが、こいつとの人脈は俺が冒険者になって得られたものの中でも相当高価な部類に入るだろう。

 思い通りに使おうなんてことをすればたちまちツキが逃げる類の”高価い”ものだ。

 

「そうだ。真面目にこれやるならこっちもやればいいじゃん」


 そんな軽い口調でオスティンは机に放置していたスケルトンを持ってきて、自分の隣に座らせて身体に寄りかからせる。

 そしてまた8本握って、煙草の煙を口の端から登らせながら一気に魔力を充填し始め、その横で魔力を吸収しているのか、スケルトンが白く光を放って点滅する。


 ──化けモンかよ。


「お前、いま結構えげつないことしてるけどわかってんのか?」

「分かってるよォ。お前がそれ見てバケモンだと思ってるのも」

「ウチのオヤジが見たら口説き落としてうちのエンチャンターになってもらえって絶対騒ぐぞ」

「オヤジに泣いて頼まれても俺にそれ頼みに来ないだろお前」

「わかんねえぞ?俺が金貨袋で殴って言う事聞かそうとするかもしれねえぞォ?カネならやるからって」


 充填し終えたものを箱に放り込んで、パイプの煙をゆらゆらと立ち上らせてオスティンはケラケラと笑いだした。


「お前のそれは信仰だから、そんな動きしたくとも出来ねえって」


 したくともできない、というのは言われれば確かにそうかもしれない。

 こちらも充填し終えたものを箱に入れて、また別のものを取って充填を始める。


「──俺だって打算くらいあるからな?」

「打算がない生き物なんかいないって。そんなの自然じゃないからな」

「違う。商売人って意味だ」


 人を食ったような笑みを浮かべて俺を見ているオスティンが握っているものをこちらに向けつつからかうように言う。


「商売人って意味ならちゃんとやってんじゃねえか。ま、俺は商売のことなんかわかんねぇけど」

「たまにそういうの言われるけど、やってる本人はわかんねえんだって話」

「分かっててやるようになったら一皮むけるってやつだな。まだむけてないなんて可哀想なやつだ」

「やめろこの野郎」


 オスティンの前の箱に充填済みのものを放り込んで、魔力を使いすぎて気だるさを覚える身体を伸ばす。

 ちょうどオスティンも充填を終えてペンを放り込んだ。

 山はまだ後半分は残っているが、もう完全に飽きたというような仕草でそれをテーブルの端に追いやるとオスティンは自分によりかからせているスケルトンをコツコツと叩く。


「こいつどんなヤツなんだろうなあ。楽しみだなあ。こんな楽しみなの竜の卵を孵化させようと休暇取った時以来だなァ」

「あったなそんな事。竜の卵だから! って言って持ってきたあの真ん丸なやつだろ。結局何が出てきたんだっけ」

「フォージビートル」

「なんで竜の卵って話から虫の話になるんだよ。もっとこうあるだろ見分け方的なものがよう」

「俺だってなんでトカゲや鳥類みたいな卵型じゃねえんだろうな? とは思ってたよ。だけどさァ? 『あ、おたくそういうちょっとワカった感じの人? ま、そう思うんなら、あんたの中ではそういうことで良いんじゃないのォ? おたくはワカってるから買わないんだろ? ワカったつもりでいればいいんじゃねえのォ?』って自信満々にやられたらさあ、信じちゃうじゃん」

「お前、元冒険者だろ。そういうフカしで値段釣り上げんのは俺等の常套手段じゃねえか。騙されてどーすんだよ」

「いいんだよフォージビートルだってあれはあれで珍しいんだぞ!?」

「知ってらぁ。でも育つまでに15年も掛かるんじゃなあ。それで結局どうなったんだっけ」

「知り合いの鍛冶屋に頼んで飼ってもらってる。俺の給料じゃ毎日赤熱した炭のベッドなんて用意できねえし」


 給料の問題か? と思ったが、とりあえずその話を打ち切る。

 ひとまず用事も済んだのでここらでおいとますることにしよう。

 これ以上仕事の邪魔をしてペラペラ喋ってるとあのマーテル嬢が来る気がする。


「じゃあ、俺そろそろ。まあ、気長に待つからさあ。なにか進展あったら教えてくれよ。あれ欲しいこれ欲しいとかもさ」

「クリムゾンドラゴンの火打牙」

「んなもん採れるならマテリアルハンターじゃなくてモンスターハンター名乗っとるわ!」


 冗談だという風にケラケラ笑いながら、研究室の入口まで送ってくれるオスティンに軽く挨拶してから解体・識別棟の外に出る。

 すでに昼過ぎから夕方の間、そろそろ仕事を終わらせるべく勤め人たちが励んでいる時間帯だ。

 馴染の細工店にでも顔を出して一日の仕事の疲れが出始めた店主を狙ってエレクトラムの買い取り交渉でもしよう。

 そう考えながら俺は大通りを歩き出した。

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