第5話 マテハン、頼み頼まれする
「どう違うんだよ?」
「ざっくり省いて言うと、煙草の煙をポンとその場に出したら煙がこいつの方に向かっていって消えた。で、こいつの中からマナの気配がある。だから吸収。」
「普通のものだってマナをぶつけりゃ浸透はするが、そっちじゃねえのか?」
ンー、という気の抜けた声を出してから、オスティンは手振りを交えて説明する。
「浸透とはマナの動きが違うだろ?そこんとこはお前も知ってると思うが。エンチャントのときは、付与部分に延々とマナを浴びせる感じだろ?こいつは浴びせなくても吸い寄せてる。」
「お、その説明なら俺でも分かるぞォ?」
そして、ンーという気の抜けた声を再び出しながら、スケルトンの胸のような構造のところにある、先程光った部分を指差す。
そしてなぜか中腰になりながら左右にステップを踏みつつ、歯茎をむき出しにして早口で話を進める。
「ひとつわかるのは、こいつの中枢系は生きてるらしい。中枢系ってのは、まあ生き物でいう脳から背骨、神経! そこで走っているものがこいつの場合はマナらしいってことだ外装、つまり手足、筋肉や骨格と言っていいなそこは朽ちてる。しかし、動かす部分が生きてるんだから、信号を受け取れるなんか代わりになるものを用意してやればもしかしたら動いたりなんだりするのかもしれん。マナを全身に行き渡らせて動くタイプのものはゴーレムが代表的だが、ゴーレムなどはこんなに動物を模した中枢系のような形ではなく素材全体に行き渡らせてあらかじめ込められた魔法の制御に従って動く形に沿って形状を」
「何を意図してステップ踏んでるんだよ……」
「俺の魂がワキワキしてるのを表現しようと思ってな」
「ワキワキしてるのはわかった。ところで、マナを込めて動かしていいものなのか? 手が付けられないモンスターとかだったらどうすんだよ」
するとスッと真顔に戻ってから、当然だというジェスチャーを交えつつこう言い放つ。
「そんときゃ、粉々にする。物理で」
割り切り方。
っていうか、さんざっぱらマナについてあれこれ言っておきながら、解決策に物理を出してくるのかよ!
というか、所々で研究者じゃなくてモンスターハンターの気質を見せてくるのはなんなんだ。
オスティンのやつは元冒険者だ。貴族の坊っちゃんお嬢ちゃんや学問を詰んだ平民出身のやつらがほとんどのギルド職員としては、わりと異質な部類に入る。
今は一線じゃないとか言っているが、コイツの知識は陳腐化していない。ダンジョンの話にせよ魔獣との戦闘にせよ、こいつから教わることは多い。
手合わせしたことはないが、おそらく戦闘もこなせるだろう。それもかなりの強さだと見ている。
それは話の内容だけでなく家にあった武器や防具からもすぐに分かった。
名の知れた俺の実家で作っている一廉の冒険者が欲しがるソレよりも、遥かに質のいい武器。
それを扱いも知らない奴が持っていて、飾るでもなく使えるように保管しているのはおかしな話だ。
ただ、保管している武具があまりに種類が多かったのでコイツが一体何を得物にしていた冒険者なのかは正直わからない。
「で、どうする?ダメ元でどうだ?」
オスティンが身を乗り出して聞いてくる。つまりこいつを動かせるように弄り回してもいいか?という意味だ。
「お前に弄ってもらったほうがまだ金になりそうな気がする。いいよ好きに弄ってみてくれよ。ただし、所有権は俺だ!」
「おうおう、がめついねえ。じゃあ動いたら金くれるのか?」
「材料費あたりは趣味の範囲で頼む。動いたら、そうだな……こいつが利益を生み出しそうなら、その話を一番にお前んとこに交渉しにくるよ。強いヤツかもしれないしな。」
「オーケーオーケー。乗った。面白そうだからな!」
オスティンは机の上のスケルトンを帆布で包み直すと、俺の前に魔法刻印用のペンがごちゃごちゃ入った箱を持ってくる。
「ここまで来たんだ。せっかくだからこれの魔力充填手伝ってくれよ。これやってる間ヒマなんだよマジで」
「俺はお前ほど数こなせねえからな?」
「付与術<エンチャント>の知識があるやつがいるんだから使わない手はねえ。数の問題じゃないんだ時間の問題なんだよこういうのは」
「まあ、握って魔力込めながらじっとしてろってのはお前みたいなタイプは発狂モンだろうなあ」
「な? お前もそう思うだろ? 俺は嫌だって言ってんのにこうやって山程よォ」
コンコンコン!!と高めのノックが聞こえると、オスティンが魔法刻印用のペンを両手に4本ずつ挟み込んで魔力を充填しながら『はいはいはい入れてますよー』と返事をした。
するとドアが開いて、えらい美人の職員が大量の書類を抱えながら顔を出した。
俺やオスティンより年下だが、なんというか、デキる! とわかるオーラが漂っている。
大量の書類を抱えているが書類を落っことしそうな危うさはなく、その間の抜けた状態でも、姿勢良く歩く姿は気品すら感じる。
おっとりした顔つきだが、目鼻立ちが整った目を引く美人だ。
そして、足音もさせずにしずしずと歩いてくるのに、移動速度がやたらと早い。
スッッと俺達のすぐ近くまでやってきたその女性職員は、大量の書類の影から顔を出しながら、オスティンに声を掛ける。
「オスティンが真面目に魔法刻印具の充填をやってるなんて。明日は雨かしら……?」
「マーテル嬢。俺は行方不明課所属だけどお散歩係じゃないんだ。ラボでは真面目そのものさ」
「このラボ自体が不真面目の産物だということはお伝えしてあるのだけど? わかっていただけているかしら? ──あら、これは大変失礼しました」
コホンと咳払いをして、大量の書類を見事なバランス感覚で近くの書類の上に積み上げると、マーテル女史は微笑みながら見惚れるような会釈をする。
「ただいまお茶をお持ちします。どうぞ、ごゆっくりなさってください。」
「応接するような相手じゃねえよォ俺の下宿友達だもん」
「そうなると遊んでいることになりますけれど?」
「応接だよ! もちろん応接さ! 大事な客なんだ」
なんとも言えない圧を感じた俺は、慌ててこいつからもらった紹介状とギルドタグを取り出して提示する。
「失敬。リカルド=シュレイドです。こいつとは下宿が同じで、探索で手に入れた物品に関して助言を貰いに」
「ご丁寧にありがとうございます。申し遅れました。私、ギルド総務課のマーテルと申します。先程は失礼いたしました」
思わず目を細めてしまいそうな輝かしいデキるオーラを前に、ちょっと狼狽えてしまう。
楚々とした動作で見事な礼をした彼女は、刻印具を両手に握ってソファにだらしなく腰掛けている俺達の前を滑るように移動して奥に消えた。
その背中を見送ってから、身を乗り出してオスティンに小声で声を掛ける。
「えらい美人だな。あれがお前の同僚なのかよ」
「顔立ちがいいと怒ったときにやたらおっかないぞ。うちのギルドの一番人気さ。受付嬢たちも人気だけどな」
「なんで受付にしてくれないんだよ? 美人がカウンターでアタマ張ってりゃ、アホどもも言う事聞くだろ」
「受付課でも会計課でもマーテル嬢をよこせって言われるけどな? マーテル嬢がいなくなったらウチの課が潰れる! ウチの主戦力なんだぞ」
スッ、とテーブルに芳しい紅茶の香りを漂わせるカップとソーサーが差し出されて、ことりと上品な音でシュガーポットが置かれる。
お盆を手にしたマーテル嬢は、見惚れるほどの完璧な礼をしてから微笑んだ。
給仕の所作が良いか悪いかなんて俺にはさっぱりわからないが、いわゆるマナーとか作法とかが相手に良い印象を与えるためのものだとしたらこれは完璧と言うしかない。
というか、まぶしい。
「あ、これはどうも、お構いなく」
「ごゆっくりどうぞ。あら──」
思わず手を差し出してジェスチャーをしてしまう。
そこでギルドの刻印の入った魔法刻印具を両手に持っている俺の手元を見たマーテル嬢。
その美しい曲線の眉毛がキュッと吊り上がる。
「──ヒルズベリーさん? お客様に魔力充填の手伝いを?」
「いやいやいやいやいや!! 違う違う!! こいつエンチャンターだからさ!? ほら。充填がうまく行かないやつがあってな? もののついでにその話をさ?」
お人形か絵画のように美しい笑顔を貼り付けたリリアーナ嬢がこちらを向く。
背中にはなにかドス黒い圧を感じる。
見事なほど整った容姿から発せられるこの圧よ!!
怖え!!
俺はカクカクと首を上下させながら、慌てて普段は言いたくない実家事情を説明する。
「ええ。その、うちはシュレイドという鍛冶屋を営んでおりまして、魔道武具の取り扱いもありまして──」
「まあ、もしやあの武具の名門のシュレイドですか? まあ! 御社の製品にはギルドも大変お世話になっております。そんな方にわざわざ使用済みの品についての相談など──」
「いえいえいえ、たまたま俺が置いてあったのを見て言い出したことなんで! イヤほんとに! 大丈夫です!」
「さようでしたか。てっきり、うちのヒルズべリーがお客様に自分の仕事を押し付けたり無礼を働いたかと勘違いしてしまいまして……。なにか不備がございましたらご教示いただければ幸いです。」
スッと圧を引っ込めて、お盆を手にしたまま再び微笑んだマーテル嬢は楚々とした態度で俺に礼をして下がっていく。
ドアのところでまた優雅な礼をして出ていった彼女を見送った後、詰まっていた息を吐く。
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