第4話 マテハン、自称研究者と会う

 俺がげんなりした顔で顎をさすっていると、オスティンが俺の荷物を指して早く広げろと促す。

 わちゃわちゃとした手の動きで、早く、広げろ、早く、早く、広げろ! この阿呆! と煽ってくる。

 動きがうるせえ! どこに広げろってんだこの散らかりぶりの中で!

 そう思いながら荷物から帆布に包んだままのそれを引っ張り出してどこか広いところがないかと探していると、オスティンが近場のテーブルのものをごっそり床に薙ぎ払って落としてからそこを指差す。


「お前なぁ、ものを大事にしてるのか大事にしてないのかわかんねえ動きするよなあ」

「早く早く」


 帆布に包まれたスケルトンを置いて、帆布を解くとオスティンはモノクルを取り出してそれをじっと眺める。

 荷物の周りをくるくると回りながら上から下から横からと検めて、そのたびにほう! ほう! という声を上げているが……。


「何もわからん。なんだこれは。どこで拾った?」


 わかんないかー。

 俺はこいつを拾った経緯や場所に関する情報を包み隠さずオスティンに説明する。 

 首を左右に傾けたり、眉を顰めたりしてそれを聞いていたヤツは、最後まで聞き終わった後に堂々と言い放った。


「おそらくこっちの世界のものじゃないな」

「あー。なるほど。アレか。変異物か」


 変異物。

 この世界は時折そういった変異が発生する。

 二つの月が浮かび天頂を<光帯>が走るこの世界は、この自称研究者サマが言うにはいくつもの異世界と隣接としているらしい。

 マナの世界である幽世と物質の世界である現世という意味の異世界ではなく、また別のものらしい。

 その異世界がこちらの世界に影響を及ぼすことを俺達は変異と呼んでいる。

 似たようだが違う、幽世がこちら側である現世に影響を及ぼすことは異界化と呼ぶ。

 変異が発生すると、あったものがなくなったり、なかったものが現れたり、持ち去られたものが再び現れたり、壊れた物が直ったり、ものの材質が変わったり、配置が変わったりといったことが起こる。

 まるで「別の世界にあった同じ場所と繋ぎ直されたように見える」のが特徴だ。

 どういった条件で起こるのかはわかっていない。

 もっぱら自然発生するダンジョンや放棄されて長い年月が経った遺跡で起こる事なので、人が住む領域では起こらないというのが定説になっている。

 が、例外が存在する以上はそれは正しい条件ではないのだろう。

 変異がまさに発生しているところに行き遭ったりしたらどうなるか、というのも明らかになっていない。

 一説には人間でなくなるとも、精神に異常をきたすとも、その異世界に行って帰ってこないとも言われるが誰も確認したやつはいない。

 そういう予想は全部酒場の与太話のレベルだ。


 オスティンが酒片手に説明してくれたことによるとそういうことらしい。


「わかんねえことはわかった。結局どうなんだ?使い道とか、価値とか」

「んぁあー……」

 

 うめき声なのか何なのか中途半端な声をあげながら慎重にあのスケルトンをいじくり回しているオスティンだが、最終的には首を振った。


「朽ちてるって言葉がピッタリ来るんだよな。たまにさ、ただの剣に見えてそれが丸ごとオリハルコンだとかミスリルになってるだとか、なぜか紙でできてるとか、パンで出来てるとかふざけたことが起こるのが変異だけどさ。こいつはものすごく真っ当に朽ちてるって感じ」

「外装とか構造を溶かして貴金属になったりしないか?」


 実験用の道具でコンコンと外装を叩いてみるが、返ってくる音は金属と石の中間くらいの音で、なんとも頼りない。


「未知の金属って可能性はゼロじゃないんだろうけどな。となると価値なんてないに等しいだろ?信頼のおけない金属で作った武具なんて身につけるトーシロはすぐ死ぬ。それに俺が触った感じではなんかこれ、焼き物っぽいんだよな」

「陶器だとか土器だとかか?そんなもんでこんな、立って歩きますみたいなもん作ったらコケて割れてガッシャーンでおしまいだろ?」

「先入観はよくないぜえ。俺達の世界でのソレはそういう扱いだけど、そうじゃないならそうじゃない」

「わかったようなわかんないようなこと言うなよ」


 応接用の椅子に深く持たれて天井を見上げる。

 目下の問題は、こいつをカネに換える手段の方だ。

 変異物は文字通りの変なものだ。

 遺物のようにこの世界に”あった”体系のものであれば復活を試みる連中は多い。

 だが、変異物は別の常識に則って作られているため、復活を試みるどころか再現しようにもめちゃくちゃになる。

 異世界がいくつあるかもわからない上、常識も異なるとして、それから体系だったものを読み取るには同じ異世界のものを集めなければ困難らしい。


「変異物かぁ……どこに売ったもんか……」

「これ拾ったときに何か変わったことはなかったか?」

「目が光った」


 オスティンのやつはスケルトンの顔あたりをじっと見ると、目に当たるところの構造をじっと確認する。


「それらしいっちゃ、それらしいな。ここは透明だから奥になにか構造があって光るんならまあ、そうなんだなって感じだ。あとはなんかあるか?」

「地上に持ってきたあと野営しているときに、白い光をこうあれだ、蛍みたいに点けたり消したりしてたな」

「蛍。光。地上。」


 やつは首をひねりながら、ブツブツと何かしら呟いていたが手にひらに魔力の光を浮かべてからスケルトンにふわっと当てる。

 スケルトンはその光を吸い込むように身体の中に取り入れて、白い光をぽうと放った。


「魔力が浸透してんのか?魔力親和性の高い素材かなんかなのか」

「マナを”吸収した”んだ」


 きっぱりと言われた。

 マナを吸収する、というこのスケルトンの機能に俺は驚愕した。

 このスケルトンは、マナの塊である魔法を吸収するのだ。なんということだ!


 つまりいまいちピンとこなかった。

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