第3話 マテハン、冒険者ギルドに行く

 王都の冒険者ギルド。

 そのやたらでかい建物の、これまたでかいホールに入ると、そこは冒険者や依頼者でごった返している。

 カウンターの前には依頼者と冒険者の行列。

 近場の椅子やテーブルでは軽食や軽い酒をつまんで冒険談義をぶつヒマな冒険者。

 その間をするすると縫うように動いて、ギルド職員の売店員が給仕している。


 ホームである王都の冒険者ギルドは今日も賑わっている。

 ついこの間来た時も賑わっていたし、先週も賑わっていた。

 多分明日も賑わっている。多分な。


 そんな適当な事を考えつつ、賑いの間を抜けて、カウンターの一番端に向かうと一般的でない用件を申し込む時のカウンターがある。

 カウンターの前で書類に瞳を落としたまま背筋を伸ばして座っている受付課の職員は、俺が前に立つと顔をあげて微笑みを返してくる。


「ご用件はどういったものでしょうか?」

「職員への面会を。ギルド総務課のオスティン=ヒルズベリー氏を呼び出して欲しいんですが」

「ご面会ですね。確認致します。お客様のお名前などを伺ってもよろしいですか?」

「リカルド=シュレイドと申します。登録冒険者で、等級はアイアン。面会内容は、鑑定依頼でお願いします」

「鑑定でしたら総務課でなく、解体・識別課で請け負っておりますが今回は職員本人からの申し入れでしたか?」

「ハイ。古代遺物を発見したら持ち込むように依頼をうけております」


 よくある張り出し形式の依頼状ではなく、紹介状の類になる金属板を取り出して提出する。

 女性職員はそれを確かめてからサラサラと端正な字で申し込み内容を記載すると、金属板を返却してくれた。


 確認の後に呼び出すのでしばらく待つように言われ、カウンターを離れて待合用のテーブルにつきながら、近場を通る店員に声をかけて飲み物を注文する。


 先ほど呼び出したオスティンは同じ下宿、というか倉庫の隣人だ。

 何をやっているのかわからないやつだったが、ギルド職員だと聞いた時は驚いた。

 ギルド職員といえば一端以上の官吏だ。

 魔物のなにか良くわからないものや魔導書、触媒などで溢れた倉庫に住んでいる在野の研究者っぽいあいつがそういうものだとは夢にも思わなかった。

 俺が各地の洞窟や遺跡に潜っているマテリアルハンターだと知ったら、嬉しそうに『面白いもん見つけたら俺んとこに持ち込んでくれ』と紹介状を渡してきたもんだ。


 注文から数分も立たずあっと言う間にやってきたハーブエールを飲みながら待っていると、カウンターの奥からオスティンが出てきてこっちに歩いてくる。

 ギルド職員にしては身のこなしが随分機敏で、どことなく職員よりも冒険者寄りの雰囲気だ。

 他の職員が疲れた顔をしてたり微笑みはするが歩いてる時は仏頂面だったりするのと比べると、ぺかぺかと笑いながらこっちにやってくるあいつはやっぱり雰囲気がそれらしくない。


「よぉリカルド! なんだ何見つけた? 化石か? 遺物か? 魔物は──お前あんまり狩りしないから、やっぱり遺物か?」

「あー、遺物? 多分、遺物だ。」

「詳しい話は研究室<ラボ>で聞こう。来いよこっちこっち」



 カウンター脇の通路を抜けて中庭に出ると、解体・識別棟の脇にある階段へ案内される。馴染のある解体・識別棟の粗野な雰囲気と違って、こちらはやや事務的というか小綺麗で落ち着かない。

 冒険者ギルドといえばホールと解体・識別棟という冒険者が殆どであり、俺もその一人だ。

 その他は出入り禁止区域が殆どで、コイツに案内されるまではいつも出入りしている荒っぽい解体場の上に部屋があることすら知らなかった。

 ホールの奥にある執務棟なんかは、銀級が稀に呼ばれたり、金級が出入りしてたりするらしい。つまるところ、高級冒険者の連中なら縁があるのだろうが……俺のような名が売れているわけでもない人間には別世界だ。


 研究室<ラボ>のドアを開けると、下宿とほぼ同じ風景が広がっている。

 魔獣の骨や皮、瓶類に入れられた臓器や謎の液体瓶、鉱物片や植物かなにかのツル、魔獣のツメや牙などなど。

 見渡す限りごちゃごちゃと何くれか置いてあるところの奥に、ちんまりとした応接用のスペースがあるのだが、これも荷物にほぼ埋もれている。


「あいっかわらず、お前はものを片付けねえなあ。ごちゃごちゃとよお」

「いいんだよ~。俺はどこに何があるか分かってんだから。触んなよ!」

「触んねえよ。研究者様の荷物漁って出禁なんて言われたら俺だって困る」

「研究職じゃないけどな俺。ハッハー!でも俺より詳しいヤツいないからいいんだ」


 バァン!とドアが開いて、解体・識別棟で見たことのある解体屋の若いのが駆け込んでくる。


「先生!! ミミックのミソ!! 親方がオスティン先生んとこに持ってってやれって!!」

「おおおお!! ミソ!! 美味いから食いたいって言ってたんだよ。親方はなんて?」

「キノコ食ってたヤツじゃねえかって」

「分かってるぅ親方ァ!」


 オスティンがバンバンと肩を叩くと、そこらの冒険者よりはるかに頑健そうな若者は豪快に笑いながら素手で持っていたそれを近場の瓶に入れると、オスティンが蓋をして髑髏印のラベルを貼る。


「とりあえず具合は?!」

「やぁ、親方が舐めてみて大した事ねーなって言ってましたし。俺にも効かないんで、大した毒じゃないッスね。ピリピリするかなーってくらいで。あ! でも味はいいッス。」


 ッス、じゃねえよ。普通に毒じゃねーか。食う前提で話すなよ!?

 オスティンが慣れた手つきで職員に解毒魔法を掛けると、職員の手元あたりに光が舞い散って、すぐさま消える。

 職員は手を数度開いたり閉じたりして確かめたあと、無事だというように親指を上げてみせ、それからざっぱざっぱと手を洗い、頭に巻いていたタオルも洗って、元気よく階下に駆け下りていった。

 瓶の蓋を開けて中の香りを嗅いだりしていたオスティンは、蓋を閉じて近場の収納庫に入れるとこっちに戻ってきた。


「漬けとけば食えるようになるから、いつもの粉混ぜて寝かせとくか……」

「お前そんなもん食ってるのか。大丈夫なのかよ」

「ん? ウチで飲むときのツマミでよく食ってるだろ。プレッツェル食うときのディップ」

「マジかよ。知りたくなかったなぁ。あれがミミックのミソだってこと……」

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