第2話 マテハン、謎の遺物を拾う

 ズ、ズズ……という音と共にスケルトンは這い出して来ているように見えた。

 ヒビが大きくなり、崩れてくる砂礫が地面に小さな山を作り、上半身が壁から出てくる。


 ステップを踏んで、一気に間を詰める。

 敵の関節部に狙いを定めて剣を振り下ろそうとした瞬間。


 どぢゃっ


 という、なんともマヌケな音と共にスケルトンが落っこちた。

 足元に落ちているスケルトンを前に、振り上げた剣の行き場をなくした俺は力なくそれを下ろした。

 ずかずかと歩み寄って、地面に落っこちたまま動かないスケルトンをじーっと観察する。


 ぼろぼろに朽ちた外装や構造。崩れた手足らしき部分。関節部はなにかの管がいくつか出ているが、中身が漏れ出てくる感じもない。

 全くもって、動く気配ゼロである。

 むしろ一瞬光ったのがなんだったのかというほど、どう見てもこれは壊れている。

 

「脅かしやがってよォ」


 スケルトンを剣の先でコツコツと叩いてみる。

 金属と石の中間のような不思議な音がする材質で、これはこれでマテリアルハンターとしては気になる。


「ブゥォン!! とか、鳴って起動!! とかは──なさそうだな。マジこれ壊れてんなぁ。さっき光ったのは気のせいか?」


 しかし、このスケルトンが自力? で壁から這い出してきたのは事実だ。


「とりあえず持って帰って、鑑定だ」


 薄めの布地の上にスケルトンを運んで軽く包む。できるだけはパーツ類も集めて中に放り込み、ひとまとめにしたそれをザックに収納しようと持ち上げる。


「見た目より軽いな。持って帰れそうで何よりだ」


 ザックの中には道中で採掘したエレクトラムがいくつか入っている。

 今日の収穫のメインたちだ。

 それらよりも随分かさばる割にはやたら軽い遺物をザックに入れ、留め具をカチャカチャと締め、荷物の座りを良くするために持ち上げて揺する。


 出口へと足を向け、やや慎重に歩き出した。

 探索は帰るまでが探索だ。

 これは、よくあるデートは帰るまでがデートだとかいうような軽い話じゃない。

 知性あるなにかがダンジョンに置いたものを持ち出す時は、罠を大いに警戒しなければならないのは鉄則だ。

 一定の範囲を出たらいきなり動いて追いかけてくる石像だとか、出入り口が塞がるとか、それくらいは序の口だ。

 果てはダンジョン自体が完全に変質することすらある。

 そういう一通りのトラブルはもう経験済みだ。


 マテリアルハンターである俺は、鉱石が得意分野だが、それ意外を見落とすようなマヌケではない。土だって植物だって魔獣の素材だってハントしてきた。

 もちろん、ガーディアンがいるトレジャーだってハントしたことはあるのだ。

 

 が、入れた気合は見事に空振りし、帰り道の道中ずーっと、何も起こらなかった。


 洞窟から出て、入口を振り返っても追手がかかっている様子もない。

 これはこれで、なんだか手に入れたものを『あ、勝手に持ってってイイッスよ』と言われているようでなんだか複雑だ。

 そういうものは得てして大したものではないことがほとんどなのだから、なおさら複雑だ。



◇◆◇



 今回の探索はひとまずこれまでとなったので、ホームに戻る算段をつけ始める。


 この山奥の洞窟から、最も近い都市まで通じる街道までは、歩いて一日。

 街道にでて上手く馬車が拾えれば、そこから一日もせずに都市に着く。乗れれば御の字だが、よしんばダメでも街道を進んで行けば三日もあれば都市に辿り着ける。


 今回潜った洞窟は幸いながら登山に岩登りにと身体を酷使するような険しいところには位置しておらず、森と山岳との境目のようなところにあったので帰りもそこまで体力を考えなくていいのが気楽だ。


 それに、入口で見立てた通り鉱物も採れたので今回はまずまずのアガりになりそうだ。エレクトラムには金や銀が含まれているので、一個当りの価値も鉄や銅とは雲泥の差だ。

 それに珍しい……ことは珍しい、謎の遺物も拾えた。

 価値があるかはなんとなく期待値が下がっているが。

 全体的に考えればまずまずな探索に終わりそうだ。

 そういうことを考えながら、斜面を下りていって森の中に張ったベースキャンプを目指す。


 さほど苦労せずにベースキャンプに戻れた俺は、背負った荷物を降ろした。

 木漏れ日から察するに、まだ昼を少し過ぎたころのようだ。野営の準備をさっさと整えてから一仕事するくらいの時間はあるだろう。

 毎度毎度のことで、あっという間に準備は済んだので、仕事に取り掛かる。

 改めての鑑定だ。


 まだ火をつけていないランタンをぶら下げた天幕の中、ヘルメットに付いたランプで鉱石を照らしたり、ルーペで構造を確認したりしつつ、詳しく鑑定をしていく。

 拾ったときにアタリを付けていた素材の種類を特徴に照らして再度確かめながら、それがどこに需要があるものなのかも一緒に考える。

 まだ持ち帰っていないものを今のうちから算段するのは気が早いように思われるかもしれないが、帰るまでにどこに何を売りにくかアテを考えておくのはわりと大事なことだ。

 海千山千の購買屋と渡り合うためには先に手札を用意しておかなければ勝てない。相手はこっちの手札が少ないのなんかすぐ見破ってくる。

 うちくらいしか買わないよなどと言われながらふっかけられて、焦って安値で出したら負けなのだ。

 『おたく買わないの?じゃあ、よそ行くから。後悔しても知らないよ?』という空気で行かなければ渡り合えない。

 

「まあ、不要なほど勝っても仕方ないんだけどな。売ってヨシ、買ってヨシ、世間ヨシが商売商売」


 お互いにこいつは得した!と思って終わるのが一番いい。

 そのためには、テーブルで対等に話せるようにこちらも──


 視界の端で光った白い光に即座に顔を向ける。


「いまなんか光ったな」


 先ほど光ったところは鉱石といっしょくたに帆布の上に転がっているスケルトンの方だ。包んでいる布を開いてをみると、胸のような構造部分におぼろげながら光の点滅が見えた。

 洞窟内では壊れて何の反応もないように見えたそれだったが、今は白い光がぼやっと灯っては消えてを繰り返している。


「おいおい、いきなり動いたりしねえよなあ・・・?」


 俄然不安になってきたので、雨除け用の頑丈な帆布でぐるぐるに巻いていく。

 ギチギチに巻くとちょっとした棍棒のようにはなるが、所詮丈夫な布。

 だが、異変をきたしたときに全部放りだして逃げ出すくらいの時間はなんとか稼いでくれるんじゃないかという気持ちでいる。

 そして、グルグルに巻いたスケルトンはなんだか生々しく死体めいてきて正直言って不気味だ。


 生々しくなったその塊はテントの端のほうに追いやっておいて、焚き火をおこしてから、ゆっくりと翌朝まで休むべく寝床を作ったりして準備を整える。


 焚き火がしっかりとした熾火になったのを確認してから、水を汲みに近場の小川に足を伸ばす。

 山脈の麓だけあって、このあたりは小川もあり野営するのになかなか都合がいい。

 汲んだ水で顔を洗ったり頭を軽く流したりして土埃を洗い流すと、疲れまで洗い流せた気になる。

 さっぱりしたところで、近場の岩に腰掛けて煙草を喫いつつ川の流れをのんびり眺めていると、流れの中にちらほらと魚がいるのが見えた。


 じーっと水面に目を凝らしていると、悪くないサイズのものが何匹も泳いでいるのがわかる。俄然ワクワクしてきた。

 よォし……! 今から俺はマテリアルハンター改め、お魚ハンターだ!!

 早速、懐から糸と釣り針を取り出して手早く仕掛けを作り、餌のためにそこらに飛んでいる羽虫を捕まえる。

 近くにある若木を取って釣り竿代わりにしてから、上流から下流に針を流す。

 

 身体の力を抜いて周囲に溶け込むように意識する。

 魚は目がいい。水面から外まで見えるのかはわからないが、こちらが動いているのがわかれば警戒して餌を食わない。


 パッと糸が張ったところで竿を跳ね上げると見事なサイズ。


 まず一匹。釣り上げた魚は水が冷たい川によくいる、食味の良い種類のやつだ。

 エラ蓋から木のつるを通して、悪くならないように近場の流れに浸しておいて、次を狙っていく。


 都合三匹を釣り上げて大満足で小川から戻り、焚き火に薪をいくつか焚べてからそこらの木を削って作った串を打って魚を焼き始める。

 この種類の魚は骨も素直で、ヒレも尖っていないから、思う存分かぶりつけるし、味も良いので塩だけで十分うまい。

 身が乾いてしまわないうちに塩をすり込み、串を石の間に立てて火との距離を調整しながらじっくりと焼き上がるのを待つ。


 腹が減った。


 もう、ちょっとくらい生でもいいから食べちまおうかなぁ……。

 いやいや、魚はしっかり焼いてホクホクになってからがうまいんだ。


 腹の虫が今すぐ食わせろとぎゅるぎゅる鳴るのをどうにかなだめつつ、ようやく焼き上がった魚をいただく。


 しっかり目に焼いた身のホクホクした食感と、脂の乗った皮目のパリッとした食感。そして噛みしめるとじゅわっ滲み出るエキス。

 やっぱり魚はウマイ。干し肉では得られない自然の恵みかなにかを得られるような気がする。むしろこれ目当てにもう一日ここで野営してもいいんじゃないかという気にすらなる味わいだ。


 豪華な夕食に、ある程度期待できそうな収穫。

 周囲に敵の気配もなく、静かな夜だ。


 大変よろしい気分で夕食を満喫して、近場にあった木から摘んだ若芽を茶葉代わりにしたお茶を飲みほしてから、最高の気分で寝袋に潜り込む。


 そうだ、王都に着いたら馴染みの学者?研究者?にあのスケルトンのような遺物を持ち込んで見てもらおう。

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