第12話 婚約の儀(3)

 私はフィン様に手を取られて大階段をゆっくりと降りていく。そして、その踊り場、といっていいのか、中間にある広いスペースで立ち止まる。そこは陛下達と同じ高さで、他の貴族達は私達を見上げている状態のままである。

 踊り場には下に降りる部分と、更に枝分かれして上がる階段があり、そこを上ると、彫像が飾られているスペースに行き止まる。真ん中に長いローブを来て、杖を持った初老の魔法使いのおじさんの彫像がある。

 サブリミナル王国を創る際に承認と加護を与えてくれた、建国神ベローチェである。

 その彫像の向かいには二体の鎧騎士の像が立つ。右側が白い鎧、英雄騎士ラファエロ、左が黒い鎧、覇道騎士ガステラ。どちらも建国神ベローチェに仕えたと言われている伝説の騎士である。それを私はしっかりと観察する。その腰元に佩いている剣を、特に。

 というか、私はこれからの流れを知っているから段取りもふくめてこうやって確認することが出来る訳だけど、実際のヴィオランテ姫様は、まあ、よく対応出来たものよね。だけど、そうか。本当にロンリネスプリンセスなら、常にこれぐらい警戒していないと命がいくらあっても足りないわよね。

 帝国でも何度も暗殺されかかっているわけだし。披露宴だろうが婚約の儀だろうが挙式だろうが、油断は禁物、というわけだ。


 まず、ベローチェ像を仰ぎ見る形で、王太子が一礼をして、その後私を振り返り、手を差し出す。私が恭しくその手を取り、息を合わせて足を踏み出すと同時に、宮廷音楽隊が音楽を鳴らし始めた。

 建国神の前でお披露目する、儀式のダンスの時間だ。


「ヴィオランテ皇女殿下。お上手です」

 昨日の練習通りのステップをこなす私にフィン様が囁く。

「あら、そこは『お綺麗です』じゃありませんこと?」

 原作通りの台詞を私は返す。その言葉で一瞬でフィン様は顔を真っ赤にして俯き、小さく「お、お綺麗です」と呟くのだった。

 …………可愛すぎだろ殺す気かこの犬王子。ほれほれ、頭撫でてあげるから、くううんと鳴いてごらんなさい。


 普通なら起きるのか、婚約者が私だからなのか、元来婚約の儀とはそういうものなのか、分からないが、会場では拍手すら起きない。私達のダンスを見上げ、ただ眺めている。

 聴衆など関係ない、私達は段取りを遂行し続ける。ていうかこの曲は一体いつ終わるのだろうか。

 昨日の練習でもそうだったけど、ダンスなんて習ったことないけど踊れる。やはり、ヴィオランテ補正として、彼女が原作で出来ることは私にも引き継がれているんだわ。真眼も魔眼も使えるのもその証拠だ。

 そもそも彼女の半生は私の記憶としても存在する。つまりこれは転移ではなく、転生なのだと思う。彼女の中の「私」が昨日記憶を取り戻しただけなのだ。


 二人、息を合わせてステップを踏む。このダンスは建国の神ベローチェへ二人の愛を証明する為にある。なので、サブリミナル王国では王族だけでなく、貴族でも平民でも婚約の儀では愛し合う二人はダンスを踊り、ベローチェに承認を委ねる。それはなんだか面倒くさいけど、だけどなんだか素敵なことだな、と思った。

 フィンセント王太子は真剣な面持ちでステップを踏む。彼の緊張が触れ合った手から伝わってくる。幼い頃から王国の貴族派閥から品定め、粗探しをされてきた彼にとって、公の場での失敗は絶対に許されない。

 普段優しい表情を浮かべている彼の、硬い顔もまた、良い。


 ――さて、タイミング的にはそろそろだと思うんだけど……。


 そう思った、まさに次の瞬間だった。ガラスの割れる音が大広間に響き渡る。


「曲者!!! 曲者だ!!! であえであえ!!!!!!」


 ああああ、これも聞けた!!! これも、原作ファンが大好きな台詞。さっきの「おなーりいいいいーー」と同じく。

 西洋風な世界の護衛騎士なのに、突然の時代劇風台詞回し。


 感動しているのもつかの間、黒いマスクに黒い鎧を着て、靴からなにまで真っ黒な、サスペンス漫画の犯人役みたいな人物。いや、犯人ではあるんだけど、そんな真っ黒な奴らが王宮大広間のガラスをぶち破って現れる。

 その姿だけではどこの手の者かは分からないけど(私は知っているけど)、飛び込みで私とフィン様の婚約を祝福に訪れた友人がサプライズのフラッシュモブを披露してくれて、なんてことではなさそうだ。


 どこからどうみても「刺客」。

 彼らは一体誰を狙っているのか。私なのか、フィンセント王太子殿下なのか。


 それは――――私だ。


 賊は真紅のドレスの私を見つけるやいなや、脇目も触れずに駆けてくる。

 私は青ざめた表情を作り、後ずさりをする。階段を上がり、建国神ベローチェの横にある鎧人形、覇道騎士ガステラの腰の前で膝をつく。

 ガラスが割れ、賊が侵入してきてから30秒も経っていない。

 風の様に駆けながら、一番手が私の元に辿り着く。


「蛮国の悪姫、ヴィオランテ皇女! お命頂戴いたす!!!」

 そうして、刺客は私に襲い掛かってきた。

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ミュージカル転生~大好きな乙女ゲームの世界に転生したと思ったらどうもミュージカル版みたいで、登場人物が突然歌い始めて怖いです~ 朱雀 @jackwilljumping

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