第11話 婚約の儀(2)
私が到着して、寝泊まりしている場所は王太子妃宮。まだ王太子妃にはなっていないのだが、まあ、次期王太子妃なのでそちらに住まわせてもらっている。そこは王城からもほど近く、なんなら一本の廊下で繋がっている場所である。
セキュリティ上、国の二つの大事な場所が繋がっているのは如何なものかしら、と、今になって疑問が浮かぶ。俯瞰で原作をプレイしている時には、案外こういったことには気が付かないものだ。
王城が真ん中で様々な宮と繋がっているのがファンブックでは明かされている。まあ、デザイン的な様式美重視ってことだよね。マップ移動もやりやすいから、ゲームテンポ的なものも介在しているのだろう。
そして、フィンセント様はその王太子妃宮と王城の境目で私を待ってくれていた。
私の赤いドレスを見ると顔色を変え、誰が用意したのかを流石に怒った剣幕で言い募ろうとしたが、ここも原作通り私が止めた。
「まあ、私達の婚約らしくて良いではないですか。度肝を抜いてあげましょう」と。そう言うと、フィン様は呆れたような、諦めたような表情で私を見て笑うのだった。
「それでも、こう言ってしまうと不謹慎かと思うのですが、とても似合っています。美しいです。『戦姫』と呼ばれているヴィオランテ皇女殿下の、戦場での勇ましさが伝わってきます」
「そうでしょうそうでしょう。お褒めの言葉、身に余る光栄です。殿下も、お優しい性格が滲み出る、素晴らしいお姿ですね」
これは実際には猛々しさを誇る帝国男性に対しては侮辱的な言葉なのだが、フィン様は喜んで顔をほころばせた。
この時のヴィオランテはまだフィンセント殿下を信頼していなかったので、この言葉は無理もないだろう。ちなみに私は今、何の裏もなく、普通にフィン様の美しい、白い礼装姿を褒めたたえただけである。
そこから私はフィンセント様にエスコートされ、王城大広間の扉の前に立っていた。
扉を開けた先にある光景を、私は見なくても既に知っている。
扉の先には大階段があり、その下には国の宰相や門閥貴族、各地の領主等、国の中枢の人間が揃って参列している。敵国からやってきた花嫁のお披露目という訳である。
テーブルに食事やお酒も用意されていて、要は結婚式より先に行う披露宴って感じね。
多分、ゲーム序盤のイベントだから、厳か、というよりかは派手な、パーティー的なムードにしたのだと思うけど。
私の仕事はこれから扉を開けた先にある階段を降りて、王太子と二人きりでダンスを踊り、更に小上がりの階段の上にある、王国が崇める建国の神ベローチェの彫刻に口づけをしてその手の指輪を自らに嵌める。
それで、婚約の儀は終了。
ベローチェの神聖なる魔力が指輪に溜まるまで半年かかると言い伝えられている。半年経ったら神の承認を得たこととなり、結婚出来るってわけ。
今日は婚約の儀が終わったなら、あとは他の皆も踊っていいし、料理を食べてもいいし、すぐ帰ってもいい。まあ、やっぱりパーティーになるってことね。
「さあ、ここはプロローグの中でも大事な、物語のオープニングと言える場面だからね。気合入れなきゃ……」
「皇女殿下?」
「いえ、こっちの話です。では、いきましょうか」
気合を入れるぞ。
私は自分自身に言い聞かせる。
確かに昨日は突然の大好きなゲーム世界への転生に、舞い上がっていた部分があった。だけど、これから起こるイベントには、少し注意が必要だ。命の危険が伴うから。
私とフィン様が顔を見合わせて頷くと、それを合図として、一拍の間の後、近衛兵が扉を開け放つ。
「サブリミナル王国王太子フィンセント・ファン・サブリミナル殿下 グランセイバー帝国第三皇女ヴィオランテ・マーガレット・グランセイバー殿下の、おなーーーーりいいいいーーー」
でた!! 原作通りの「おなーーーりいいいいーーー」。
何故か突然時代劇みたいになるのがこのゲームの特徴なのだ。それがネット界隈で話題になり、しばらく弄られ、仕舞いにはネットミームとして扱われ、更にそれも作品が愛されることへと繋がっていった。シナリオ担当が徹夜で、まともにチェックも出来ずにそのまま発売してしまったのだと、プロデューサーの柳田諒氏が後の対談で語っているが、アニメ版でも漫画でもこのシーンは改変されることはなかった。
階段の下を見ると、純金に王国のシンボルが彫刻された紋様の手すり飾りがある。階段自体も大理石なのだろう、豪華にキラキラと光り輝いている。
そしてまず起こるのは、ヴィオランテのドレスを見ての聴衆のざわめきである。
……一体どういうことだ、花嫁が赤いドレスなんて。
……はしたない。ふしだらな。
……考えられませんわ。
まるで私が用意して、好きで着ているかのような視線はやめて欲しい。全て、王国の反帝国派の仕業じゃないの。本当に、なんていう視線なのかしら。
明らかに敵意を向けてくる騎士や貴族の視線。その中には当然ヴィオランテの美しさに見惚れる者も何人かいるけど、基本的には好奇と嫌悪の視線である。祖国から売られたも同然に王国に嫁いできた戦地を駆ける野蛮な皇女とはどのようなものか。そこには誰一人味方はいない。これがロンリネスプリンセス。
聴衆から外れて、他の者のように階段の下ではなく、小上がりのバルコニーの様な場所で、玉座に座っている方々が見受けられる。
あれが王様、フィン様のお父様。エクシード陛下。穏やかそうな瞳の、ちょっとふくよかな男性。この人は原作でも結局良い人だったよね。善王だし。家来の暴走を止めることは出来ないから、良い王様、とも違うけど。王妃もまあ、悪い人じゃないのよね。気が強そうな美人で、目つきとか鋭いから、なんとなく悪いキャラっぽいけど。まあ、当然か。愛息子がにっくき帝国の皇女を嫁に貰うんだから。心配よね。
あ、隣に宰相がいる。
もう、細くてなんだか卑屈そうな出っ歯なんだけど、実はこの人作品の中で一番優しい良い人だからね。彼がいなきゃサブリミナル王国はとっくに滅んでいるってぐらい政治に長けている大人物。
たった一人で敵国に嫁いだ姫のこと気遣ってくれるし。
だけど、いちいち、行動とかカットインとか演出が胡散臭いから最後まで黒幕を疑られる悲劇のキャラなんだ。
まあ、演出が良くない。
トイレ行くだけのシーンを背景真っ黒で「フッフッフッフッ……期が熟したようですぞえねえ」と笑いながら暗闇のワープゲートに溶けていく、とか。
普通に催してトイレに魔法使ってダッシュで駆けこんでいるシーンをそんな感じで妙に怪しく描くから、ゲームでは最後の最後まで黒幕だと疑われたものよ。
「クリアしてから好感度が一番上がったキャラ」が宰相なのは、面白い。攻略キャラに加えて欲しいなんていうとんでもない意見も生まれたぐらいだった。
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