第10話 婚約の儀(1)

 そして、次の日、婚約の儀当日。


 婚約の儀というのは王国で略式的に行われる儀式であって、要は結納、に近いのかしら? いや、結納もやったことないから知らないけど。

 この婚約の儀が行われ、正式な日数(半年)が経った後、結婚するまでは、私は帝国の皇女として、来賓として扱われる。

 それがまあ、色々とややこしい。

 早く身内になってしまえば王国としても内輪になるので処遇も定めやすいんだろうけど。要は「帝国の皇女が王国に半年滞在する」というだけで結構な悪だくみが成立してしまうのだ。

 ああ、つまりこの「婚約の儀」というものは、ゲーム開発者の都合なのだわ。

 と、自分がその中心物となってから私は気が付いた。


 私こと、ヴィオランテ皇女はというと、真紅を更に赤く染めたような、真っ赤なドレスを身に纏っていた。

 ああ、ファンの間で「ヴァイオラレッド」と呼ばれるこの赤いドレス。どれほど憧れたことか。これを私自身が、しかもヴィオランテ本人として、着る日が来るなんて! コスプレでもない。普通に100万でも買うわ、このシチュエーション。100万円でも安い。

 ただ、これは王国側が用意したものなのだけれど、そもそもこのドレスのチョイスはとんでもない侮辱なのよね。

 王国では、婚儀の際の赤いドレスはとても縁起が悪い、と言われているのだ。勿論華やかな舞踏会等では問題ないのだが、結婚式で着用するとしては、品性がないドレスだと思われる。

 我が母国グランセイバー帝国だったら……まあ、あんまり気にしないかな。でも、どちらにしろ私の元いた世界の通り、花嫁は白いドレス、というのが帝国、王国とも共通してのセオリーではある。

 そんな、王国では不吉とされる赤いドレスをわざわざあつらえる、ということは、まあ私、ヴィオランテがどれほど王国の皆様から歓迎されているのか、お分かりいただけるだろうか。


 朝目覚めて、セバスチャンヌと数名の侍女が部屋に入ってきて、侍女頭がこのドレスを私に見せつけてきた時、他の何人かの侍女が嫌らしい表情でクスクスと笑った。

 私への侮蔑的態度を隠そうともしていない。

 これから私が王太子妃となった場合、付き従わなくてはならない主人になる、という考えには及ばないのだろう。まあ、それならそもそも赤いドレスなんて準備するわけもないか。それは、つまり彼女達の後ろには私を恐れない大きな勢力がいる、ということなのだ。

 それも誰か知っているけど。

 公爵家筋のサフランス家である。サフランス公爵家は王国内の商人ギルドを牛耳っており、貴族、王族、神聖職に至ってまで、殆どが公爵家の賄賂によって支配されている。実質、王国を支配しているのはサフランス公爵家と言っても過言ではない。

 そしてなにより、元々フィン様の婚約者がサフランス公爵令嬢のサマンサ様だったわけで、そりゃあ突然どこの馬の骨とも分からない、いや、分からない馬の骨ならまだマシだったかもしれない。帝国のじゃじゃ馬姫が相手方の議会の決定だかなんかで突然現れて時期王太子妃、ひいては王妃の座を奪ってしまうなんて、絶対に許せないだろう。


 ていうか、なんで公爵家ってこうも策略を巡らす役割で登場するものかね。まあ、これも勉強して得た知識だけど、西洋でもそうだしファンタジーでもよく出てくる爵位。

 公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵って順番で偉いんだけど、他の爵位は戦争での武勲や功績なんかで与えられたりするものなんだけど、公爵家は元々王族との血縁関係だったりが多いわけ。

 だから、公爵は貴族というか、王族、皇族側の地位を狙っていることが多いんだよね。とはいっても、横暴な王様なんかを蹴落とすのも公爵家が多かったりするから、それは描かれ方次第でもあるのかな、とは思ったりして。


 あ、そうだ。いけないいけない。原作だとここで侍女を魔眼で気絶させるんだった。


 なるだけ原作に近い流れで進めていこうと考えている私は早速実行しようとする。

 私にも出来るだろうか。ええと、魔眼は左目だから、その箇所に魔力を集中して……。

 当然魔力や魔法なんか、現世では一度も使えたためしはない。だけど、今私にはヴィオランテ自身の経験や記憶も備わっている。なので、魔力の使い方も分かる。

 集中して魔力を練ると、左目に赤いオーラが集まってくるのが分かる。


 ――出力的にはこれぐらいで、いいよね。あんまり力を籠めると、死んじゃうし。


 そして、私がスンと睨みつけるとその侍女は苦しむ様子も見せずに、バタリと気絶した。 

 代わりと言ってはなんだが、すぐ隣にでその様子を見ていた侍女がひいいと悲鳴を上げる。


 凄い。本当にヴィオランテの能力が全て使えるんだ。まあ、私=ヴィオランテだから、当然なんだけど。これが魔眼の力である。そう、例えるなら〇ンピースの〇王色の〇気と全く同じ感じである。

 だけど感謝してもらいたい。私が気絶させるのが遅ければ、次の瞬間にはセバスチャンヌにボコボコにされていたのだから。


 ゲームでも魔眼の発動が遅かったらセバスチャンヌが侍女をボコボコにするCGが貰える。要はヴィオランテの魔眼発動イラストかセバスチャンヌのボコボコイラストかの、CG差分イベントである。どちらにしても失礼な侍女が気絶させられる顛末は変わらないから、スカッとはするわけです。


 私自らが仕置きをしたのを見たセバスチャンヌは、小さくため息を吐くと、提案する。

「お嬢様、代わりのドレスを用意させます」

「構わないわ、セバスチャンヌ。」

「でも、婚儀に赤なんて」

「赤が不吉なんて、古いしきたりじゃない。それに、実際に帝国と王国の婚儀ですもの。縁起が良い訳ないでしょう。このコーディネートは妥当、おあつらえ向きってやつよ」

「もう、姫様ってば。またそんなことを言って……」

 それが投げやりでもなく、私が本気で面白がって言っていることを、セバスチャンヌは理解して、それ以上は何も言わなかった。

 そして私はネグリジェをスルリと落として、セバスチャンヌと残った侍女に着替えを手伝わさせた。


 私がその屈辱のドレスを身に纏った姿を見て、周囲がハッと息を飲むのが分かる。思わず吐息が漏れてしまったのだろう。そう、皮肉で用意されたその真っ赤なドレスが、まさに皮肉、こんなにも似合うなんて。流石よヴィオランテ。

 ああ、素敵すぎ。鏡に映った完璧な美貌の姫様を見て私は蕩けそうになる。ビジュアル、スタイル共に、最高に美しいわ。惚れ惚れしてしまう。

 先程までの陰鬱な気持ちなど吹き飛んでしまった。

 この姿を、早く皆に見せたい。


「さて、まいりますか」

「はい!」

 気が付くと、ヴィオランテの美貌に目を奪われた侍女達が目を潤ませて返事をしてしまっているのだった。


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