第9話 推しとの遭遇(2)

 そんなこんなで流石に両国とも、市民が疲弊してきている。そしてそれが皇族の後継者争いの道具として使われていることから、民の不満は溜まり始めていた。何故なら帝国民は今の生活に満足しているからだ。しかも、サブリミナル王国が自ら攻めてくることがないことも分かっていた。

 100年前の、まだ領土も少なく、未開拓の土地で暮らしていた民達は協力的であった。だが、潤った現在の帝国民からすると、もう十分。害のないよその国を侵略する為に自分の家族が徴兵されることを嫌うようになっても当然、である。また、それが皇族の継承権争いに起因しているのであれば、なおさらだ。


 その国民感情を上手く利用したのが、宰相のサイモンであった。

 サイモンが第八皇女、第四皇妃の派閥である公爵家の名と共に、宣言したのだ。

「既に過去最大に繁栄している帝国を治める次期皇帝に求められるものは、武勲だけではない。栄えた帝国をどう繁栄させ、統治するか、民を思う心があるか」という考え方を打ち出したのだ。

 それは、爆発的に国民の支持を得た。時勢を読むことに関しては、宰相を推す公爵家派閥は完全に抜きん出ていた。勿論陛下は激怒して直ぐにサイモンの首を刎ねたけど、それもまた第八皇女側としては予想していたことで、体のいい尻尾切りであった。

 ……切られたのは首だけど。


 一時でも帝国民の感情を味方につければよい。その一瞬の隙を利用して、ヴィオランテが王国に和平の使者として嫁がされることがあっという間に決定したのだ。ヴィオランテからみてもそれは見事な手際であった。帝国議会にもすべて派閥の力で手を回してみせたのだ。

 その手腕に陛下もとうとう「このような戦い方もあるのか。ふん、よかろう! 見事なり!!!」と認める程だったのだ。


 そして、私の命を狙うのはまた別の派閥だ。王国と戦争を再開したくてたまらない、第二、第三、第四、第六、第九、第十四皇子派閥である。それらがあらゆる筋を使って王国に刺客を送り込んでくることになる。立場でいうとヴィオランテは戦争賛成派なのに、その賛成派からも利用される。味方からも、敵からも命を狙われることとなるのだ。


 まさにロンリネスプリンセス。たった一人で他国に売られ、その地でさえも敵視され。だが、気丈に振舞うしかない。だけど、彼女にも不安は当然あったに決まっている。


「王太子殿下はどうなのですか? 今の状況をどうお考えで」

「私も……皇女殿下と同じ考えです。私達が結託しなくては、ゴルド大陸の平和は守られません」

「では、やはり私達は一蓮托生。運命共同体、ということですね。それはそれは仲睦まじい婚約者であり、明日の婚約の儀が行われた半年後には盛大な結婚式を挙げて、両国の平和の礎を築きましょう」

 そう、私がいうと、フィンセントはようやく小さく笑った。

 婚約の儀を行い、半年後に結婚する。これは王国の古くからの仕来りである。

 政略結婚であろうが、ひとめぼれで見初めて結婚をするにしても、王国では婚約期間がなくてはそもそも結婚をすることが出来ない。

「神の承認によって認められたサブリミナル王国」特有の文化である。

 婚約の儀により建国神ベローチェから半年の承認期間を得なくてはならない、と定められているのだ。


「あーあ、これが帝国でしたら、敵国の領地だろうが略奪だろうが、相手を奪って無理矢理にでも初夜を迎えてしまえばその瞬間にでも夫婦となれますのにね」

「!? ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィオランテ姫。なんということを」

「ああ、これは失礼致しました。流石にここで私がフィンセント王子殿下を奪ってしまっては、嫁ぐ身とはならないですよね。あ、でもそのまま帝国に連れ去ってしまえばサブリミナルを属国に出来ますし。なんだかんだで一番手っ取り早い気もしますね」

「なななな、何を仰るんですか……。ここは王国ですから、あまりそのような野蛮、いえ、物騒なことは口にしない方が、よろしいかと、お、おおおお、思います」

「うふふ。冗談です」


 真っ赤な顔で注意するフィンセント様を私はただ笑ってあしらう。私は筋書通りの台詞を口に出しているだけである。そう、この作品の主人公、ヴィオランテは「魔眼の戦姫」と謡われる、男勝りも程があるじゃじゃ馬ヒロインなのだ。

 それにしても、照れるフィン様のご尊顔最高ですね。俺様系じゃない、気弱な王子シチュ最高。

『ロンプリ』は普通の乙女ゲーに比べるとかなりヒロインが骨太なので、悪役令嬢転生やヒロイン転生でよくある、「処刑等の悲劇的なシナリオから逃れる」ことは必要ないのだろうが、ただ普通に行われるイベントが結構武闘派というか、ストロングスタイルなので、その部分に関しては生傷が絶えないことは覚悟しておかなくてはならない。


「フィンセント王太子殿下が来られた目的は、明日の婚約の儀の細かい作法に関してですね。それは私も帝国で予習をしてきましたので」

「それは助かります。ええと、ではおさらいとして確認してもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです」


 それから私はフィンセント様と共に王国流の作法に婚約の儀で必要な挨拶、所作などを、口頭とちょっとした身振りをふまえて、その場で一つ一つ確認する。


「……彫像前で二人でダンスを披露して、そして、最後は建国神ベローチェに口づけ後、指輪を取って自身の薬指に嵌める……。これで一通りいいんですよね。間違いありません?」

「完璧です。素晴らしい。練習が必要なのは、私の方かもしれませんね……」

「あら」

 私の完璧な所作を見てフィンセント様は感慨深くため息を吐く。私達は初めて、自然と笑いあった。

「あとは、先ほども仰った、婚約の儀の直前、私とヴィオランテ皇女殿下の二人で踊る、ダンスですね」

「王国伝統の婚約舞踏ですね」

 よくご存じで、とフィンセント様は頷いた。

 だから知っていて当然なんだって。設定資料集読み漁ってんですから。勿論、原作のヴィオランテもちゃんと知っていたしその知識も私は引き継いでいるから、二重に問題ない。


 それから私は原作通り、フィンセント様とダンスのステップの確認を行った。フィン様は私の手を取って、一つ一つの動きを説明、確認しながら踊る。私の銀髪が肩に触るだけで耳を真っ赤にさせて、可愛いったらないね。

 いや、だけど一国の王太子がこんなに初心っていうのも、良くないと思うんだけど。女性に慣れさせる為に専門の侍女にあれこれ、なんてことはないのかね。なんて考えるこの腐った脳みそをどうにかしてくれ……。


 私の兄、つまりヴィオランテの兄の第一皇子ヴィクトルなんて既に侍女と貴族令嬢なんかとの、私生児がわんさかいるんだから。まあ、それだけお盛んだから帝国は継承権争いがやばくなるんだろうけど。お父様(皇帝陛下)も子供30人以上いるしね。



「……あ、失礼」

 そんな不埒なことを考えて踊っていたら、フィン様の足を踏んでしまった。


「すいません。普段あまりダンスを踊ることがないので。舞踏会より戦場の方が板についているもので」

「いや、かまいません。長旅でお疲れのところにこんなに色々と覚えなければならないのですから。ですが、もう皇女殿下のステップも完璧に近いので、問題ないかと思われます。終わりにしましょう。今日はゆっくり休まれて下さい」

「はい。それでは、明日、本番で王太子殿下とダンスを踊ることを楽しみにしています」


「……僕もです」


「…………!!」


 でた、フィン様の「僕」!! 作中3回しか出さない「僕」! だけど薄い本ではことごとく一人称「僕」を使われている程、破壊力が凄まじいヤツである!! 

 私の目が突然大きく見開かれたのでフィンセント様は不審に思っているようだ。どうしました? と、私の顔を見つめている。

「ああ、失礼。明日は足を踏まないように、気をつけますね」



「あはは。分かりました。それではまた明日。おやすみなさ~~~い♪」



 そうして、フィンセント様は私の部屋を出て行った。なんか最後ちょっと変な印象を残していったけど。まあ、気にしないでおこう。



 だけど、私は分かっている。明日、本番で、彼とこのダンスを最後まで踊ることはない、ということを。


 さて、流石に眠たい。

 突然の異世界転生転移で興奮してしまっていたが、身体は長旅を終えたのと、精神的には前世で死を体感(?)したばかりなので、グッと疲れを感じて、私はそのまま直ぐに眠りに落ちていくのだった。


 そして普通なら、目が覚めたら現実に戻っていて、と願うところなのだろうけど。

 私は願った。



 願わくば、目を覚ましてもこの『ロンプリ』の世界のままでいて、と。


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