第8話 推しとの遭遇(1)

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 私は思わず大声をあげてしまった。うおおおだなんて。

 その青年は、垂れ目がちで、どこか雨に濡れた寂し気なイヌっぽさを感じさせる。だが、高貴な佇まいと共に世間ずれのなさを窺う上品な印象も併せ持っていた。篠宮君のキーホルダーと同じ、サブリミナル国の紋章が入った服を着た。ああ、一瞬で分かった。この方は。この御方は……。


「あ、あの、すいません。この度はサブリミナル王国にようこそお越し下さいました。私は、この国の王太子、フィンセントです」


 いや、名乗らなくても分かるわよ。うわあ、目の前にフィンセント・ファン・サブリミナルが立っている。

「フィン様……」

「え?」

「あ、いえいえ。あ、あの。こちらこそ、挨拶に上がりませんで失礼致しました。グランセイバー帝国第三皇女、ヴィオランテ・マーガレット・グランセイバーと申します」

 ぽんぽん飛び跳ねていたベッドの上からそそくさと降り、スカートの端をつまんで爽やかに翻し、私は優雅に挨拶をする。

 なんとなく、こういった作法やこの世界のしきたりは私の中にいるヴィオランテが完全に補正してくれるようで(というよりも、私にもヴィオランテの生まれてから今までの経験が記憶されている。つまり、これは「転移」ではなく「転生」で、つい先刻、私は転生前の記憶を取り戻した、ということに違いないようだ)、身体が動くようになっている、みたいだ。いやはや、なんとも便利な仕様である。


「………………」

 しばらく、私の顔をじっと見つめているフィン様。知ってる知ってる。ここでフィン様はヴィオランテの顔に見惚れてしまうってことを。


「…………………………」

「…………………………」


 いや、これ、知っていた方が照れるね。「今、目の前のこの美青年は、私に一目ぼれ中です」なんて、分かっていながら待つなんて。原作通りだけど、そこまでマジマジと見なくてもいいんじゃないの? 原作やアニメでは感じなかったけど、これ実際にやられると変な間だし、変な人だよね。

「……ええと、フィンセント、王太子殿下。あの、その、あまりみられると恥ずかしいです。失礼ですが、どの様な御用件で?」

「ああ、そうでした。この王国ににやってこられて早速で誠に申し訳ないのですが、明日の昼には王城にて婚約の儀がありますので、その説明をさせて頂こうと……」

「ああ、そうでしたね」

 婚約の儀。その為に私ははるばる帝国から、王国へとやってきていたのだ。簡単に言うと政略結婚。

 そこでフィン様がコホンと咳払いをした後、ゆっくりと語り出す。


「この世界オズワルドには、大きく分けて八つの大陸が存在し、その大陸の一つに、ゴルド大陸があります。そこには三つの国があります。ヴィオランテ皇女殿下の父君である皇帝クレイジーウォール・ダンデライオン・グランセイバー34世陛下が治める、グランセイバー帝国。そして、私の父エクシード・ファン・サブリミナルが収めるサブリミナル王国。更にその上に移民が作りしイフセン共和国があります。中でもグランセイバー帝国と我がサブリミナル王国、この二つの国は隣接していて、昔から戦が絶えなかった。数年前にも、大きな戦があり兵も民も疲弊してしまいました。今は停戦状態ではありますが、ようやく和平の一歩手前までやってきております。その条件として帝国側からの、ヴィオランテ皇女殿下の輿入れの話が持ち上がったのです。二国の情勢からいいますと、この提案に王国全土が驚愕を覚えました。といいますのも、人質としての我が国、王国からの輿入れならまだしも、帝国からの輿入れなのですから。王太子という身分でありながら、こう言ってはなんですが。今でも不安視する者は国内にもいますが、私達二人の結婚で二国に平穏が訪れ、勢力を広げるイフセン共和国の脅威を軽減する為には、ヴィオランテ皇女殿下も、不安かとは思いますが、どうぞご自身の立場を理解された上で、この婚姻を成功させましょう……」


「は、はあ……」

 待ってましたのすごい長台詞。説明台詞。


 これで完全に理解した。ああ、やっぱり、これ、この世界の地盤はゲーム世界かも。完全にゲーム内での説明台詞だもの。突然過ぎるこの感じがゲームっぽくて良いわ。好き。

 だって、私とフィン様なんて完全にこの世界の、この大陸の、この出来事の当事者なのに、こんな二人きりの状態で今一度状況説明なんてする訳ないわけよ。完全にプレイヤーを俯瞰で意識した説明台詞だもん。まあ、こういうのってゲーム序盤によく入るお約束の世界観設定だもんね。

「この世界、オズワルドには……」なんて普通言わないよね。怖いもん。私が元の世界で友達に「ねえ、銀河系の地球にある、日本という国の祐天寺駅の改札を出た所のラーメン屋に行こうよ!」なんて言い出したら絶対気持ち悪いし、頭おかしくなったって思われるもんね。



 説明を終えたフィン様はどこか満足そうな表情を浮かべ、宝石の様にキラキラとした輝く瞳をまばたきさせ、頬を赤らめて私の反応を待っている。その様子がご主人様の反応を窺う子犬みたいで最高に萌えた。

 ええと、本当は頬ずりしたいくらい感激しているんだけど、流石にそんなことをやってしまっては世界観を壊してしまう。

 一応、ここは原作に則った行動をとらなくちゃいけない。

「フィンセント王太子殿下のお言葉、有難く頂戴いたしました」

「はい」

「ご自身の立場を理解……と仰られましたね。そうですよね。私達、完全なる政略結婚ですからね」

「あ、いえ! あの。そ、そう、ですね」

 私が歯に衣着せぬ言い方でそう答えると、フィン様は狼狽えた表情を浮かべる。実際のゲームでもヴィオランテは似たような台詞を言うことになっている。


 先ほどフィン様自身が説明してくれたように、要は今私は自分の国、グランセイバー帝国からこのサブリミナル王国に嫁いできた、という訳だ。この二つの国はつい先日まで戦争をやっていた、仲の悪い国なのだ。停戦状態とは言っているが、その言葉の通り「戦争が停まっている」だけで、休戦状態でもない。


「サブリミナル王国側からの輿入れではないことに驚かれていたようですが、それに関しては?」

「いえ、拮抗している、とは言いましても、国の戦力、武力に関しましては確実に帝国が群を抜いておりますので。今起きている戦争を進めるのも、辞めるのも、主導権を持っているのは確実に帝国です」

「ふふ。よろしいのですか? 王国の王太子様がそんな弱気な発言をされて」

「弱気でしょうが真実は真実ですから。私の父である陛下からは、見栄や外聞で己自身を大きく見せようとしても家臣も民も誰もついてきてはくれない、と常日頃から言われております」

「流石は名君と名高い、サブリミナル国王陛下ですね」

 だが、賢王に忠臣が集まる訳ではない。

 王国は騎士や兵士達は国の為に帝国や、魔物と日々戦っているが、それ以外の身分の者がまったくもってよろしくない。

 王宮官吏や商人の癒着に汚職、三大公爵家からそれに連なる門閥貴族の派閥間での謀略等、ドロドロの化かし合い騙し合いを、国が滅ぼされるかもしれない危機の中、身内同士で行っているのだ。陛下を支える宰相の優れた采配がなければ、とっくに身内争いで瓦解しているだろう。


 それなら私、ヴィオランテの祖国、グランセイバー帝国はどうなのか。王国の中枢がそこまで破綻しているのなら、攻め滅ぼすのも簡単だと思うだろうが、そうでもない。

 帝国は帝国で次期皇帝の座を巡っての争いが行われているのだ。その競争の優劣を決める指針が「敵国をどれだけ攻め滅ぼすのか」という「武勲」であるから近隣諸国としてはたまったものではないだろう。


 だけど、それは父上、皇帝陛下の考えで、実際は王国と同じく、謀略策略の影が渦巻いているのだけど。

 その証拠に、戦争強者であったヴィオランテは、今ここにいる訳である。


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