めがね
玄栖佳純
第1話 めがねをかけねえ
学校へ行こうとドアを開けたら、めがねが落ちていた。
家の人間でめがねをかけている者はいない。みんな視力は良い。
誰の落とし物だろう。
ギリギリ家の敷地内。外から置けるかもしれないけれど
何のために?
めがねがこっちを向いている。
こっちを向いて拾ってくれと訴えている。
でも触りたくない。
正体がわからなすぎる。
めがねに白いタグのような物がついていて、文字が書いてあった。
『かけねえ』
書けねえ?
何が?
めがねをかけないという意味か?
じっとめがねを見ていると、『かけてくれ』と訴えているようにも思えてきた。
しばらく考える。
もしかして『めがねをかけろ』という意味ではないか。江戸っ子みたいな話し方なのでは? 『食いねえ』とか『飲みねえ』みたいな?
……これ、指示通りに動いてはいけないヤツではないか?
物には何かの想いが籠る気がする。それが何だかよくわからないけれど。
そういう何かが念を込めた物を持ったら、それが手から伝わって汚染されそうな気がする。
日本は財布を落としても戻ってくると聞くけれど、たぶん、この感覚が染みついているのではないか。善人が多いから財布が戻ってくるのではない。
財布に染みついている邪悪な思念が気持ち悪いから持ち主のところにしか財布は戻れない。持ち主にとっては心地のよい財布であろう。しかし他者にはそうではない。だから触らない方が良い。
不用意に触って何モノかの思念を招き入れたくない。
こんのようにめがねが置いてあるのは罠に違いない。
他にどんな理由があるというのだ。
だからめがねには触れないようにして通り過ぎ、道路へ出た。
自分には何もできないけれど、誰かが何とかしてくれるだろう。
未知の物に触れてはいけない。
触れなければ、災いもふりかからない。
そして学校へ行き、授業を受けた。
退屈な授業を受けながら、あのめがねは何だったのかと考えた。
かけたら世界が変ったのだろうか。
でも、地面に置いてあっためがねを顔にかけたくない。
めがねが生き物だったら怖いし。持ってみてぶにょっとした手触りだったら嫌だ。その場合、芋虫のような柔らかさなのではないか。
いろいろと怖い想像をしてしまった。
気になって放課後に家にすぐに帰ってめがねを探したけれどなくなっていた。
家の人間にも聞いたけれど誰も知らなかった。
かけなくて良かったのか悪かったのかわからなかった。
行動を起こせば何か変わったかもしれない。
変わらなかったかもしれない。
行動を起こしていれば、それがわかっただろう。
起こさなかったから謎は謎のままだった。
でも、それまでと変わらない生活は送れている。
それでよい。
めがね 玄栖佳純 @casumi_cross
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