めがねコンプレックス

水乃流

第1話

 子供の頃から、目が悪いことがコンプレックスだった。正確に言えば、視力が低いためにメガネを掛けなければならないことが、コンプレックスだった。

 子供というものは残酷なモノで、メガネを掛けているというだけで(自分たちだって、メガネが必要になるかも知れないのに)いじめの対象になった。特に、勉強も運動も凡庸だったボクは、よく虐められた。大人になってみれば、メガネ=頭がいいなんて単なる先入観というか思い込みでしかない。それでも、子供の小さな世界であっては、そんな思い込みがすべて――だからといって、いじめが正当化される訳ではないのだが。

 だからボクは、メガネのデザインに拘った。両親共にメガネを掛けていたので(両親もいじめに遭ったのだろう)、ボクの考えに賛同してくれて、デザインフレームだったり高価な素材のフレームだったり、もちろんできるだけ薄いレンズで設えたから、子供用メガネとしては高価すぎるものになった。

 小学校高学年になった頃、女子の中ではおしゃれに目覚める子もいて、ボクの格好いいメガネをきっかけに話が弾むこともあった。それが気に入らなかったのだろう。それまでは無視やらモノを隠したりといったいじめが、暴力に発展してしまった。結果、メガネが壊れ。激怒したウチの親が、相手の親に治療費とメガネの修理費(新調するより高くなる)を請求、相手の親が請求書を見て目を白黒させていたよ。そんなことがあって、小学校でのいじめはほとんどなくなった。

 中学になると、メガネを掛けている生徒も多くなった。メガネを理由に虐められることはなくなったけれど、特に秀でているところもなかったボクは、大勢の中に埋没していった。あいかわらず、というかよりメガネのデザインには拘りを持つようになったけれど。

 ある日のこと、気が付いたら教室に一人きりになっていた。帰らなきゃと思い席を立ったとき、名前を呼ばれた。声の方を観ると、一人の女生徒が教室のトビラからこちらへと近づいてくるところだった。彼女は、他の学校にもファンがいるくらいの美少女で、もちろんボクは話をしたこともなかった。彼女はボクの近くまで来ると、長い髪をかき上げながらボクの顔を覗き込んできた。ボクは何もできなくなった。そんなボクを見て微笑んだ彼女は、「いつも格好いいメガネしてるね」といった。

「う、うん」

「ね、ちょっと掛けてみていい?」

 ボクは手の震えがばれないかドキドキしながらも、メガネを外して彼女に渡した。お気に入りのひとつだった。

 彼女は、ボクのメガネをかけた。綺麗な仕草で。ボクは、なんて細い指なんだろうと思った。

「どう? 似合う」

 もちろん似合うに決まっている。ボクは、頷くだけしかできなかった。

「フフッ、ありがと。うれしいな」

 そういうと、彼女はその場でくるり、と廻った。

「あっ!」

 ボクのメガネを掛けていたからだろうか、彼女はバランスを崩してしまった。倒れそうになる彼女を、ボクは咄嗟に支えた。彼女の身体がボクの腕の中に。目と目があった。彼女の瞳に吸い込まれそうだった。

「あ、ご、ごめん」

「なんで謝るの? 助けられたのは私の方」

 ボクの腕を支えにして起ち上がると、彼女はメガネを外してボクの顔に掛けた。と、同時に、ボクの頬に柔らかい感触が。

「じゃぁ、また明日ね」

 残り香だけを残して、彼女は教室から出て言った。残されたボクは、彼女の唇が触れた頬を手で押さえながら、今のはボクをからかったのだろうかと、頭の中がグルグル回っていた。

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