スイッチめがね

蔵樹紗和

第1話

 めがね。それは、僕にとってスイッチのようなものかもしれない。


本当は、めがねをせずとも生活できるだけの視力はある。


それでも僕は、公私を混同させないようにめがねで切り替えをしている。


「川村君! ちょっと良い?」

「はい、大丈夫です」


会社の屋上で景色を眺め、ぼーっとしていた僕に会社の同僚が声をかけてくる。


休憩時間だったため、めがねを外していた僕。しかし、仕事に戻らねばならないので歩きながらめがねを付け直した。


「それで、用事ってなんですか?」


同僚のパソコンの前に連れてこられた僕は、同僚へ向けて質問を投げかけた。相手は頷いてから画面を僕に見せてくる。


何か重要な仕事なのかと僕は一瞬身構えたが、返ってきた返事は予想外のもので——。


「ごめん、作業してたらパソコンが固まっちゃって。川村君、色々得意でしょう? だから、直してくれると助かるんだけど……」


先程の表情とは打って変わって申し訳なさそうな表情になっている同僚。


僕は、心の中でまたか、と思いながら作業を始める。


近頃、パソコン関連で頼られる機会が増えた。幼い頃からの親友に言わせると、それは僕に近づこうとしてくる女性たちの策略の一環らしい。


モテてうらやましいとも親友に言われたが、正直僕は困っている。だって、僕は結婚しているのだから。


「はい、出来ましたよ」

「ありがとう! さすが川村君! 助かったわ」

「いえ。お役に立てて何よりです」


これ以上話が進まないよう、仮面の笑顔を浮かべながら僕はこの場を去る。


5歳ほど年の離れた奥さんは少し不器用だけど可愛らしい人だ。


彼女は以前、僕が他の女性高校のときの同級生と話していたとき、嫉妬で頰を膨らませていた。


そんな彼女の表情を独り占め出来るのはうれしいことだが、彼女を怒らせるのは不本意だ。


だから、僕はめがねを使う。あれがあれば、奥さんにも公私を今度させていないと証明できる気がするから。


そして今日も、めがねを外してから家の敷地に入るのだった——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スイッチめがね 蔵樹紗和 @kuraki_sawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ