ああ君よ、メガネをはずすなかれ!

太刀川るい

第1話

「うおおおお!!メガネばんざーい!!!!」

突然の雄叫びと共に、男たちが突撃してきた。

ラグビーのタックルのようにまっすぐに僕に向かっていく。


「乗って!」

その時、土埃を上げながら、黄色のクロスカブが現れた。メガネを日光にきらりと輝かせながら、乗っているのは幼馴染のカリンである。

慌てて後ろに飛び乗ると、カリンはそのままアクセルを全開にして、前輪を上げながら、走り去った。

「助かったよ。なんだったんだ。さっきのは……」

ああ、そう言えば、ヘルメットをしなくてよかったっけ。と思いながら僕は髪の毛をいじる。警察に見つかる前に早く降りたい。


何が起こったのか、自分でもよくわからない。家に帰る途中で、突然あの男たちに絡まれたのだ。僕の名前を呼び、確認すると突然のタックルである。

最近はああいうのが流行っているのか?

「あなたに言うことがある」

いつもと変わらない、冷静な口調でカリンは言った。

「なんだい?」

「彼らは未来から来た、メガネ好きのための組織、その名もメガネ同盟なの」

「なんてこった。未来から? なんで?」

「その原因はあなた」

カリンの声にはふざけている様子は一切見えない。

「あなたは、未来で、ある発明をするの。その名も、『メガメッチャヨクナール』という薬で、これによって人類は近視、遠視といった目の障害を克服するの」

「未来の僕、小林◯薬に勤めているの?」

「……」

「否定して!? 怖いよその間は! ……まあ言いたことは分かった。つまり彼らは僕のお陰でメガネが消えたことを恨んで僕を消しに来たってわけ?」

「その通り」

そういうと、カリンは、路地に曲がり込んでカブを停めた。

僕は、荷台から腰を下ろす。


「そして私はあなたをメガネ好きにするために未来から送り込まれたアンドロイドなの」


👓️👓️👓️👓️👓️👓️👓️👓️


「本当だったんだ……」

カリンの部屋のクローゼットの下から抜けられる隠し部屋に入った時、僕は思わずそうつぶやいた。

周囲には何やら未来的なペカペカ光るガジェットがやたらと並んでいる。なんていうか部屋全部がゲーミングしている感じ。


カリンの部屋にはなんども来たことが合ったけど、こんなところがあったなんて知らなかった。


「私はずっとここであなたを監視していた。幼馴染としてね。私の計算によると、あなたは私との関係により、メガネ好き指標が優位に上がっているはず」

そういうと、カリンは、メガネを直してみせた。

「私の計算によると……って実際に言っているセリフを聞くと、結構バカっぽいね」

「変な所で感動しないで頂戴」

「しかし、そう考えると、君もメガネ派なんだよな。あいつらとは何が違うの?」

「彼らはタカ派。私は穏健派ね。私はF県S市のふるさと納税で作られたけど、彼らは全世界から集まっている」

「未来にもふるさと納税残っているんだ」

「いわば、私はメガネの最高傑作と言ってもいいわ。かける方のね」

そういうと、カリンはまたメガネに手を当てた。


確かに……カリンはめちゃくちゃメガネが似合っている。メガネに似合うように人間の方を作られたのだから、当たり前か。顔の一部というか、人格の一部にすらメガネがかかっている気がするのだから不思議なものだ。


「で、未来からきたアンドロイド君はこれからどうするの?」

「あなたを守るわ」

「でも、僕がいなくなったほうが、メガネ派閥としてはいいのでは?」

「そうだけど、でもあなたがいなくなっても、別の誰かがメガメッチャヨクナールを開発するから」

「だったら、なんで彼らは僕を狙ってるのさ?」

「ただの八つ当たり」

「最悪だ!」


僕がそういった時だった、ズシン。と音がして、大きな音が響いた。

「なになに何?」

「もう来たのね」

モニターには、大型トラックが写っている。カリンの家の門柱にぶつかったらしい。


「あなたを逃がす。いいわね? そこから裏口に出れる。ここは私が食い止める」

僕は無言で頷く。

そう言えばいつもカリンはこうやって助けてくれた。記憶をたどる。幼稚園で初めて出会ったときも……

「私はカリン、あなたメガネに興味ある?」


小学校で一緒の班になったときも

「この班の社会見学は、メガネやさんにいかない?」


中学校で隣の席になった時も、

「新しい眼鏡に変えたの。解った?」


……いや、思ったより結構力技だな!!下手くそか!


だが、今になってわかる。カリンの存在の特殊さが。

アンドロイドのくせにメガネが必要なのは、カリンがそう作られたからだ。わざわざ目が悪くなるように設計されたいびつな存在。

メガネのために生まれ、メガネのために生きてきた。


それが僕の胸を締め付ける。


僕はカリンの手を握ると、裏口に向かって走り出した。


「あなた、何を?」

「ねえ、カリン。僕、思うんだ。きっといつか、目が悪くなくても人間はメガネをかける時が来るって。ただのファッションになるんじゃないかって」

「そんな日が?」

「うん、きっとそうしてみせるよ。こんなところで、死んじゃだめだ。君はその光景を見ないといけないんだ。逃げよう。」

「……はい」

カリンは、少しうつむくとそう言って、透明なレンズ越しに僕を見た。

それだけで、僕はなんだか嬉しい。

僕は頷くと、裏口のドアを乱暴に開け、夜の街に走り出した。



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