言葉は通じても意味が通じねぇ異世界転移
晴坂しずか
言葉は通じても意味が通じねぇ異世界転移
「寝耳に水、とは何だ?」
金髪に上等な衣装を着たいけすかない顔立ちのイケメン王子が、心底理解できないような顔でオレを見下ろした。
「え? いや、えーと、何だ、というのは?」
おそるおそる聞き返すと王子は言う。
「どういう意味だ、と聞いている」
「ああ、なるほど! って、そのまんまびっくりって意味ですよ!」
と、思わず大きな声を出してしまったが、王子は「ほう、おもしろい言葉だ」と、うなずいていた。
結論から言おう、オレは異世界転移に巻き込まれた。いつものように妹とゲームをしていたら、突然知らない場所に召喚されてしまったのだ。
そう、いわゆる「聖女召喚に巻き込まれた」というやつである。
いらないオレはすぐに妹から引き離され、何故か広大な
「つまり、お前は急にこの世界へ来てしまってびっくりしたと」
「は、はい、そういうことです」
「聖女とはどんな関係だ?」
「どんなって兄ですよ。あいつは妹、兄妹です」
どうやら
「では、聖女の兄だと言うのか」
「そうです」
王子の表情が
「何か特技はあるのか? 聖女の兄君なら特別な力があってもおかしくはない」
「えっ」
なんて無茶ぶりだ! そもそも妹が聖女っていうのが信じらんないんですけど!?
冷や汗が出てきたが、王子だけでなく様子を見守っている兵士たちまでオレに注目している。
「そ、そうですね……えぇと、一応作家志望なので
我ながらひどい能力だ。しかし、唯一
すると王子がまた言う。
「語彙力、とは?」
「は?」
どう説明したものだろうか。
「えっと、言葉をたくさん知ってるんです」
「ほう、それは素晴らしい!」
と、褒めてくれる王子。さっきから何だか様子がおかしくないか? もしかしてこの王子、馬鹿なのでは?
「それで、その語彙力とやらをどう使うんだ?」
「えっ……うーんと、小説を書きます」
「書くのか。強いな」
どういう意味で強いのか、まったく分からない。この世界では言葉が書けるだけで魔物が倒せるのか?
「さっきもちらっと言いましたが、小説家志望なので」
「小説家、とは?」
「……」
どうしよう、否、もしかしてこの世界には小説家がいないのか!?
「えーと、文字をたくさんつなげて物語にする人のことです」
「ふぅん? よく分からないな」
理解されなかった。やっぱりこの世界、おかしいかもしれない!
「あの、本は存在しますよね?」
「紙を重ねたものだろう? それくらい、私でも知っている」
「その本に物語を書くのが小説家です」
「ああ、
「違いますっ」
説明が難しい。言葉は通じて会話もできるのに、まさか単語の意味をいちいち説明しないとならないとは! なんたる悲劇!!
「もういいです。話を進めてください」
と、オレは冷静に
「他に能力は持っているか?」
「……いえ、ないです」
話を進めなければよかったと即後悔した。
運動も勉強もできないオレが唯一できそうだったのが、物語を書くことだったなんて口が
「そうか。ちなみに聖女の語彙力とやらはどうなんだ?」
「妹の、ですか? うーん……あいつは昔から本を読むのが好きで、すぐ難しい言葉使うんですよね。勉強もできるから才女なんてもてはやされたりして」
「もてはやす、とは?」
今度はそこに引っかかりましたか、王子。
「ちやほやすることです」
「なるほど。さすがは聖女様だ」
妹が褒められるのはちょっと
「語彙力で言えば、オレと同じくらいですかね」
つい劣等感がよけいな仕事をしてしまった。
王子が目を丸くして問う。
「それは本当か?」
「あっ、いえ、はい、本当です」
嘘をついてしまった。妹の方がめちゃくちゃ頭いいのに! 語彙力だってありまくりなのに!!
「となると、聖女が二人いるようなものではないか」
マジで? これ、帰れないパターンでは?
「よく来てくれた、聖女の兄君。我が国はお前を聖女同様に歓迎させてもらう」
先程までの疑われていた雰囲気から一変し、王子が明るい表情をするのを見て、オレは耐えかねて白状した。
「すみません、やっぱり嘘です! 本当にすみません、今すぐ謝罪します!
と、その場に正座をしたところで、王子は言った。
「土下座、とは?」
ああ、この世界に土下座はないんですね、そうですね。土下座って日本のものだったもんなぁ!?
とりあえず正座したままでいるのが辛いので立ちあがる。
「元いた世界で謝罪の意味をこめて行う、礼のようなものです」
「ほう、謝罪か。だが、そんなもの必要ないぞ」
「えっ? でもオレ、さっき嘘を……」
「お前は私の知らない言葉をたくさん知っているではないか。それだけで十分だ」
嘘だろ? オレ、帰りたいんですけど! 今日の夕飯ハンバーグなんですけど!!
「ちょっと待ってくださいよ、王子様! オレ、ただの聖女の兄です! 特別な力なんて持ってませんし、妹に比べたらオレなんて無能ですよ無能!」
「無能、とは?」
「能力が無いって意味です! いちいち説明させないでくださいよ! 何なんですか、ここは!? 王子様のくせに言葉を知らないんですか!?」
言ってしまってからはっとする。しかし王子は言った。
「かまわん、続けてくれ」
「えっ、えぇと……」
続けろと言われても非常に困るのだが、どうやら王子はオレが発する未知の言葉に興味
「そもそもここはどんな世界なんです? 異世界転移によくあるパターンだとしたら、魔王とか魔物とかがいそうなもんですけど」
「よく知っているではないか」
「マジっすか!? 魔王いるの!? っつーか、オレの妹に何させようとしてんすか!?」
「魔王を倒してもらうのだ」
「倒すってどうやって!? 妹はまだ十五歳ですよ! この前高校生になったばっかなのに、魔王と戦わせるって言うんですか!?」
「ああ、そのつもりだった」
「だった!? 何で過去形ですか?」
「お前がいるからだ。二人でなら確実に魔王を倒せる」
「うーわー、そのパターンか! あああー、最悪っすね。ガチで
がくっとその場に両手と両膝をついてうなだれる。
王子は予想通りの反応をしてくれた。
「青天の霹靂? 四面楚歌? 袋のネズミ?」
マジで何なんだよ、この世界。それとも王子が特別馬鹿なだけか? 特別な馬鹿って、ある意味うらやましいぞ。それだけでキャラが立ってるじゃないか!
「あー、義務教育ろせ……いや、この世界にはそもそも義務教育がないのでは? そうだ、ここには国語教育がないんだ! そうでしょ、王子!?」
「国語教育、とは?」
「そこから!?」
いや、でも国語教育がないことは確実になったぞ。なるほどなるほど、そういう世界ね〜。
「って、言葉のレベル低すぎません!? 今気付いたけど、王子様の使う言葉、
「平易、とは?」
「分かりやすいってことですよ! 普通は
「私は堂々としていないか?」
「してるけど使う言葉がやさしすぎて、すっげー親近感わきます! 近づきがたい感じが一切ない!」
「そうだったのか……」
さすがに言い過ぎたのか、王子がしょんぼりしてしまった。素直すぎるだろ! ちょっと可愛く見えてきちゃったじゃないか!!
「すみません、さっきのは言い過ぎました。ごめんなさい」
「ああ、気にしないでくれ。それより、これからのことを話そう」
と、王子が話を進めてくれて、オレはひとまずほっとした。
「で、何でお兄ちゃんまでいるわけ?」
「成り行きだ。王子に妙に気に入られて、帰らせてもらえなかった」
「ふーん、実はあの王子、BL系の登場人物だったりして」
「違うと言ってくれ……魔王と戦う準備が整うまでの間、マジで毎晩物語をねだられたんだぞ。オレの作った話を聞いてるとよく眠れるとか言って」
「よかったじゃない。万年一次落ちだったお兄ちゃんの小説、役に立ったじゃん」
「嬉しくねぇ……でも、王子は素直で可愛い」
「お兄ちゃん、ああいうのがタイプだったんだ」
「そういう意味じゃねぇ」
「まあ、いいわ。さっさと魔王を倒して、元の世界に帰ろう」
と、聖女が一歩前へ進み出た。
「おう」
返事をしてオレは彼女の隣へ並ぶ。
オレに何ができるかちっとも分からないが、聖女の兄として妹を守ろう。魔王を無事に倒せたら、きっとこの物語はハッピーエンドで幕を閉じるのだから――。
あ、幕を閉じるっていうのは終わるって意味だからな?
言葉は通じても意味が通じねぇ異世界転移 晴坂しずか @a-noiz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます