ドラゴンと少女と時々オトン

『『『ネギャァァァァァン!!!』』』



 父はその咆哮を聞いて一瞬で立ち上がり、娘を背中に背負い、一瞬遅れて立ち上がった母の手を握り脱兎のごとく走り出す。荷物は捨てる、片づける余裕なんてものはない。最早公園は逃げ惑う人が四方八方に走り出し大混乱状態だ。逃げる途中で転倒してしまい他の人に踏みつけられる男性や、はぐれた子を探して叫ぶ母親らしき女性、蛮勇でネギドラゴに近づきアリルブレスや噛みつき、尻尾の薙ぎ払いで大けがを負うバカな若者たち。


 正しくモンスターパニック。人間の日常が最悪の形で壊された。



 走る。走る。走る。走る。走る。明日はもう筋肉痛などと言っていられない、全力であの脅威ドラゴンから距離を置く。そして逃げた先にあった大きなテントウムシの形をした中に入れる遊具に三人で逃げ込んだ。


 この混雑の中自分の車のところへ走れば、先ほどの男性のように人にぶつかって倒れて踏まれたり、家族とはぐれてそのまま二度と会えなくなったりもあり得る。さらにあのドラゴンは宙に浮いておりさらに翼のような器官もあった。一度狙いをつけられたら間違いなく逃げ切れない、陸路と空路では障害物がないので圧倒的に空路が有利だ。だからこそ公園の敷地内に隠れているわけだが、正直どんな行動をしても正解を選んだとは言い難い。ドラゴンという生ける自然災害に直面して生き残るためには幸運が重なるしかないのだ。




 遊具の中は風通しが悪いのか蒸し暑く、だがそれなりに広かった。息を整えていると他にも数人ここに逃げ込んでいたことに気付く。居たのは娘よりも小さな数人の子ども達で、全員外の異様な雰囲気に怯えていた。遊んでいる途中だったのだろう、父は驚かさないようにそしてドラゴンに気取られないように小声で子どもたちに話しかける



「ゴメンね、ちょっとだけ一緒に隠れさせてもらえないかな?」

「う、ウン、いいよ……」

「そと、どうなってるの? なんかスゴいこえしたけど……」



 緊急事態を感じ取り怯える子たちを怖がらせないように、刺激しないように膝立ちになり目線を合わせる。今でも外からはドラゴンの鳴き声と何かを破壊する音、そして人間の悲鳴が小さく聞こえてくる。こういう小さな子どもに説明するときは少しづつ、かみ砕いて情報を相手に咀嚼させるのだ。



「大丈夫。今リアモンが現れた、ってニュースになってるよね?」

「うん。え、りあもんがいるの?!」

「シッ」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「いいよ、大丈夫。今外にいるのは強くて狂暴なドラゴンのリアモンなんだ」

「え、えいがでみたよ……いっぱいひとがケガしたりしてたよね?」

「そう、それだね。あぁいう生き物って、元々狂暴なのもあるけど騒がしいと興奮して余計に狂暴になったりするんだ。時間が経てば落ち着いてどこかに行くと思うから、スキを見て外に出るか、アイツがどこかに行くまで大人しくしていよう」



 小さな子どもたちだが物分かりがいいようで、神妙に頷いた後静かにその場に座った。子どもたちを安心させるように頭を撫でた後、そっと父は遊具の穴から顔を出して周囲を確認する。少し離れた場所で衝撃音と怒号が聞こえるので、この音が遠ざかったり小さくなったら改めて偵察することにする。






 しばらく待つが、一向に衝撃音が鳴り止まない。静かに耳を澄ませ、音の方向を探ろうとするがドーム状の遊具故に音が反響して音の出所がわかりづらい。遊具に空いている穴もいくつかあるものの一定方向しか見えないため不安を煽る。


 と、衝撃音が鳴り止んだ。刹那、あのネギドラゴの強烈な咆哮が周囲一帯に響き渡り、遊具の中にも反響して響いた。小さな子たちが必死に声を出さないように蹲り耳を塞ぎながら恐怖に耐えている。父も母も見ず知らずとはいえそんな子たちを放っておけず、両脇に抱き寄せ頭を撫でて落ち着かせる。娘も「だいじょぶだからね」と一番小さな子の頭を撫でて慰めている。場違いながら我が娘の成長を内心喜んでいると、刺激臭が鼻を突いた。



 それほど強い臭いではないが、先ほどは臭ってこなかった臭い。それは丁度母がタマネギを切っているときに臭ってきたソレと非常に似ていて。そして丁度真上・・・・に何か大きな気配がズシンと腰を据えるように座る音



『ギギギギギギ……』

『クアァァ……グルル』

『ガフッ、グググググ……』


 遊具の中の者全員が恐怖に震える。暴れ回っていたドラゴンが、今。自分たちの真上にいる。



 子ども達も完全に怯え切り、音を立てないように口を手で覆ったまま泣き出した。彼らが隠れているのを知らないのだろうが、ドラゴンは手持無沙汰なのか尻尾で遊具を軽く叩いたり、あくびをしているようだ。それでも尻尾がハンマー状なので遊具は中々に大きな音を内部に反響させる。






「クシュン!」






 音の出どころは自分の娘だった。さっきからうっすら臭ってくるネギの匂いにやられたらしい。時が止まったように静かになる周囲。自分たちの息遣いが聞こえてしまいそうなほどに静かだ。聞こえていた尻尾による打撃音も止まっている。機嫌よさそうに唸っていたドラゴンの声も。



 そして父の背後にあった穴から、口元を三日月のようににやりと釣り上げたドラゴンの顔が覗いていた。

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Re:Aライブs! モンスターショック 優暮 バッタ @zaregotobatta8390

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