エピローグ クリスマスは大切な人と 2
あたしは紅美花とのキスを済ませて、ホッと息を吐き出すと、今度は紅美花が両手を頬に当ててきた。
「冷たっ」
「さっきまでアイス触ってたからね。ちょっとくらい我慢しなさいよ。その代わり、舞音もわたしの頬触ってもいいから」
「わかった……」
あたしも紅美花の頬を触ると、紅美花が「冷たいわね……」と小さな声を発した。紅美花の頬が冷えた代わりに、あたしの手は温まる。
「なるほど。たしかにこれは触りたくなるね」
冷たい世界に温かさが差し込む。あたしと紅美花がお互いに温かみを共有している状態がなんだか楽しかった。二人で互いの頬に手を当てながら、ジッと見つめあっていると、紅美花が小さく笑った。
「こうやって舞音と一緒にいられるんだから、あのメガネのせいで酷い目に遭ったけれど、全部が全部悪いことじゃなかったわね」
「あたしもそう思う!」
あのメガネが無かったら、多分あたしたちはまだ親友のままの関係性で止まっていたから。
「でも、一個残念なことがまだ残っているのよ」
「何?」
「メガネ壊しちゃったから、もう舞音の好感度が見られないのよ……」
紅美花はとても残念そうに嘆いているけれど、あたしには紅美花が嘆く理由がわからなかった。
「今更好感度なんて見なくても、あたしは紅美花のこと大好きだから大丈夫なのに」
「そう言うわけにはいかないわよ。わたしだけ98なんてとんでもない数値を晒したのに、わたしは舞音の数値が90を超えているところすら見たことないんだから、わたしへの愛が少ないんじゃないかしら?」
「だ、だって、その時はまだ紅美花に恋しても良いかどうかわからなかったから……」
自分の中で無意識に感情にセーブをしていた結果の数値だから、以前は好感度の数値は明らかに低くなっていた。でも、今見てもらえたら、今度こそ紅美花への感情の数値は90どころか100に限りなく近い数値になっているはずなのに……。
あたしが心の中で悔しい思いを抱いていると、紅美花はカバンの中から真っ二つに折れたメガネを取り出した。
「この間壊したやつじゃん。まだ持ってたんだ」
「一応持ってたのよ。もしかして、奇跡的に最後に一回くらい舞音の数値が見られるんじゃないかなって思って。なんとか舞音の今の数値を見てみたかったから……」
そう言って、紅美花はすでにかけられる状態じゃなくなったメガネを両手で持ったまま、装着する。中から出ているコードは完全に切れてしまっているから、かけても無駄だろうに……。
もはやただの壊れたメガネにしか見えないけれど、それはそれとして、赤いメガネは紅美花によく似合っているんだよね。同じような柄のメガネ買ってあげたくなるくらい似合ってる。あたしは紅美花に見惚れてしまいそうになりながらも、恐る恐る尋ねた。
「どう……?」
「……ダメね」
残念そうに首を横に振っていた。
「そっかぁ……」
当然だけど、やっぱり壊れたメガネでは好感度は見られないらしい。紅美花にあたしの好感度、なんとかして見せてあげたいんだけどな……。絶対100だと思うから。
そう思ってから、良いことを思いついた。あたしは財布を取り出して、小銭を漁る。
「何してるのよ?」
紅美花が不思議そうに尋ねてくるけれど、気にせず百円玉を取り出して、頭上に掲げた。
「いや、だから、何してるのよ……」
一瞬怪訝そうに紅美花が尋ねてきてから、あぁ、と納得してあたしのことをジッと見た。
「これがあたしの好感度! メガネかけたら同じように見えるはず!」
好感度が100であるということを表したかった。
「百円玉でやられても、小さくて見えづらいわね」
「そこは我慢してよ……。紙とペンがないんだから……」
あたしが申し訳なさそうに言うと、紅美花がクスッと笑った。
「わかったわよ。そうやって表現してくれるだけで十分嬉しいわよ」
紅美花がまたメガネをカバンの中にしまい、あたしたちはまた横並びに座り、夜景を見る。
「ねえ、紅美花」
「ん?」
「これからもあたしのこと好きでいてね」
「言われなくても好きでいるわよ。わたしはメガネで好感度弄られている状態でも、舞音のこと好きだったくらい大好きなんだから」
「それもそっか。すっごい頼もしいな」
機械にすら負けなかった紅美花の言葉はとても説得力があった。
「それより舞音の方こそ、メガネくらいに負けないでよ」
「……善処します」
あのメガネ、結構効果凄かったからな。あたしはあっさりやられそうになっちゃったから、なおのこと紅美花の凄さは理解できる。それだけしっかりと愛してもらえて、あたしはとても幸せなんだと思う。
「次わたしのこと好きじゃなくなりそうになったら、またわたしへの感情を思い出すまで、舞音のこと好きにするから。思い出すまで、口の中べちゃべちゃになるまでキスして、顔中舐め回してやるわ。それで、ずっとエッチなことしてやるんだから」
紅美花が真面目な顔で言うから、あたしは恥ずかしくなる。
「ねえ、紅美花ってそんなこと言うキャラだっけ……」
「そのくらい言いたくなるわよ。わたしへの愛が足りなくて機械に屈した恋人がいるんだから。だから、もうこれからはわたしのことを嫌でも愛してしまうくらい、舞音にわからせてやるわ」
「なるほど……。なんか面白そうだから、今度やってもらおっかな。紅美花に好きなように愛してもらいたいし」
チラリと横目で目配せをして催促するみたいに視線を向けた。
「変なこと言うんじゃなかったわ」
紅美花が呆れたように笑ってから、そっとあたしの頭を撫でた。紅美花の手があたしの髪を走って気持ち良い。あたしの彼女は撫で方がとても上手みたい。
紅美花に撫でてもらって心地良くなっている時に、スマホにメッセージが入る。
「誰からよ? 空気読んで欲しいわね」
紅美花がムッとするから、あたしは「ごめんごめん」と謝ってから、スマホの画面を見る。
「真沢さんからみたい」
「真沢から? 何かしら?」
紅美花も不思議そうにしていた。
『まだデート中だったらごめんなさい。明日の予定時間をまた教えてもらってもよろしいですか?』
「ヤバっ! 明日の集合時間まだ送ってなかった!」
「何してるのよ……。真沢困ってそうだから早く送ってあげなさい」
紅美花が呆れたように笑う。
「やっちゃったよ……。真沢さんごめーん」と呟きながら、慌てて明日の待ち合わせの時間を書いてメッセージを送る。
「明日もまた舞音と一緒に遊べるのね」
「明日だけじゃなくて、明後日もその次の日も一緒にいよ。で、一緒に年を越して、初詣も一緒に行こうよ」
「何それ、最高すぎるわね」
ギュッと紅美花があたしの首元に抱きしめてきた。
「やっぱりあのメガネは悪いものじゃなかったわ。こうやって、ちゃんと両思いで舞音といられるのだから」
紅美花は心底嬉しそうにあたしに伝えてくれた。
寒い日だって、紅美花がいてくれたら全然温かいな。あたしたちは、これからもずっと2人で一緒にいれば、どんなに苦しい時でも冷たい心を温め合えるに違いない。少なくとも、メガネによるピンチを乗り切ったあたしたちの関係性は無敵だ。
「大好きだよ、紅美花! ずっとラブだから!」
あたしも紅美花を抱きしめ返したら、紅美花はくすぐったそうに笑っていた。
そんな抱きしめ合っているあたしたちのことを、綺麗な星空はずっと照らしてくれていた。ほんのり冷たい空の下、あたしたちはしばらくの間、愛を確かめ合ったのだった。
好感度のわかるメガネをかけたら、なぜかあたしに厳しい委員長からの好感度がカンストしてたんだけど…… 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji
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