エピローグ クリスマスは大切な人と 1

ようやくメガネのトラブルを終わらせて、ひと段落したから、あたしと紅美花はクリスマスイブには予定通り2人で遊ぶことにしたのだった。


「ねえ、カラオケで6時間はさすがに歌いすぎたんじゃない?」

カラオケ店の外に出て冷たい風に身を縮こまらせながら紅美花に話しかける。

「なんか楽しすぎて思ったよりも時間経っちゃったわね……」

紅美花もあたしも苦笑いをし合った。


すべてが無事に終わったという安堵感と、クリスマスイブに一緒に過ごせるという事実のせいで、あたしたちはテンションをあげてはしゃぎすぎて、ひたすら歌っていた。2人なのに、タンバリンやマラカスまで持ち出して、お互いにかつてないくらいに盛り上がってしまったのだった。


おかげで、カラオケ店から出るタイミングを大幅に遅らせてしまい、当初の予定にあった美味しいケーキを食べるというプランがちょっと難しくなってしまった。


「ケーキは真沢さんも一緒に明日食べたらいっか」

「そうね。真沢に美味しいケーキを買ってあげたらいいわ」

すでに時刻は20時を回っていて、すっかり暗くなってしまっていた。


「適当に晩御飯でも食べようかしらね」

「うーん、適当はやだなぁ。せっかくだからクリスマスデートって感じものが食べたい」

「じゃあ、ここ入る?」


流れるように紅美花が指差した店は高級フレンチのお店。明らかに、お金持ちの大人が入るようなお店だから、あたしたちが入るような場所ではない。


「いやいやいやいや……。あたしたち高校生だよ」

入り口のメニュー表にある本日のディナーコースの値段、12000円って書いてるけど……。慌てて否定したのに、紅美花は気にせずあたしの腕を引っ張った。


「良いから。わたしが全部出すから入りましょう!」

楽しそうな紅美花とは違い、あたしは胃が痛くなってくる。


「そういうわけにはいかないから、あたしがちゃんと自分の分は出す!」

「良いわよ。舞音は今度ジュースでも奢ってくれたら良いわ。それでおあいこ」

「全然おあいこじゃないよ!」


ジュース100本くらい奢ったらおあいこになってくれるのだろうか。


気が重い中、重たそうな扉を開けると、スーツ姿の背筋の伸びた男性店員が「いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか?」と丁寧に声をかけてくれた。


「いいえ。当日参加。2人だけど大丈夫かしら?」

「大変申し訳ございません。当店はご予約の方のみになってまして……」

「ええっ!? ねえ、お願い、大事な彼女との初デートなの! お金ならいくらでも出すわ」


紅美花が縋るからお店の人が困ったように頭を下げている。あたしのこと大切にしてくれてる気持ちは嬉しいけれど、お店の人を困らせるのはよくないよ……。


慌てて紅美花のことを引っ張って外に連れて行った。


「晩御飯食べるところなんてどこでもいいじゃん。あたしは紅美花と一緒なら何食べても美味しいから!」

そういうと、ようやく紅美花も納得してくれたみたいで、素直に着いてきてくれた。


「いつものファミレスにする?」

「えー……」

あたしが提案したけれど、紅美花はちょっと渋っていた。


「嫌なの?」

「なんか悔しいじゃない。フレンチ食べられなくて、妥協して普段通りの食事っていうのは……」

「なんだか変わった価値観だね」

あたしが苦笑いをすると、紅美花が「そうだ」と呟いた。


「外でアイス食べない?」

「外……?」

「ええ。街のイルミネーションと夜景を見ながらアイス食べるの」


寒そう、とは思った。息も白くなってるのに。それに、晩御飯にアイスっていうのもなんだか変な感じがする。


そう思ったけれど、間違いなくクリスマスデートの思い出になると思う。忘れたくない大事な日ならのだから、そのくらいしてみても良いのかもしれない。


「バカみたい」

あたしは笑ったら、紅美花が頬を膨らませる。


「嫌ならいいわよ……」

「嫌じゃない。普段の紅美花っぽくなくて面白いから大賛成」

「何よ、それ……」

紅美花は苦笑いをしていた。普段のしっかりとしている紅美花からは離れた発想がなんだか面白かった。


あたしたちはアイスを買いに前に初デートの日に行った、できたばかりのアイス専門店へと向かったのだった。


「3段でいいわね」

3段は結構高いから一瞬躊躇してしまったけれど、フレンチに払うよりもは確実に安上がりだし、紅美花の要求を飲むことにした。

「わかったよ」


財布を手に取ると、紅美花が呆れたように首を傾げる。

「わたしが出すわよ?」

「良いって。そんなことされたら次から一緒にデートしづらくなっちゃうから。紅美花とは対等な恋人同士でいたいから」

そう伝えると、紅美花は納得してくれた。


今日はアイスをテイクアウトして、人気の少ない高台へと向かった。イルミネーションの見やすい場所とは言いづらかったけれど、街の夜景とピカピカ光っている大きなツリーが一望できるから名スポットには間違いなかった。設置してあるベンチで横並びに座りながら、あたしたちはのんびりと話しをした。


「よくこんな場所知ってたね」

「舞音と一緒にデートするのが楽しみすぎて、街中歩いて良い場所探したのよ」

「すごっ!?」


わざわざあたしのために申し訳ないな……、と思っていると、紅美花がそっとあたしの口元にスプーンを差し出してくる。遠慮なく口に入れてもらうと、チョコレートの味がした。


「チョコ美味しいよね」

「ちょっと甘いけれど、クセになるわね」

甘さ全開のチョコレートの風味が口の中に広がっていた。


「……、にしても寒いわね」

紅美花が苦笑いをする。

「そりゃ冬だからね」

やっぱりクリスマスイブの寒い季節に外でのアイスは予想通り冷たかった。


あたしたちは街から少し外れた人気の少ないところにいるからわからないけれど、きっと今頃街の中心ではカップルがたくさんいるんだろうな。そんなことを考えながらアイスを食べすすめていく。


チョコとイチゴのアイスを食べて、最後に薄い黄緑色のアイスがまた紅美花のスプーンに乗ってあたしの口元に近づいてくる。


「今日はミントにしたんだ」

紅美花がミント味を選んでるところ見るの、初めてな気がする。


「この後のことを考えたら、口の中サッパリさせた方がいいでしょ?」

紅美花の言うこの後のこと、の意味を考えて、ドキリとしてしまう。街頭に照らされた紅美花の綺麗な顔の中でも、唇に視線が向かってしまう。相変わらずの綺麗な艶やかな唇。


「この後のことって……」

唇を見ながらあたしはぼんやりと呟いた。そんなあたしの緊張なんて気にせずに、紅美花は今度は自分の口に残りのミントアイスを運んでいた。空になったカップを紅美花が置いてから、ぼんやりと呟く。


「なんだか不思議だわ。ずっと一方的な恋心だったから、こうやって一緒に恋人同士でクリスマスデートできる日が来たなんて、まだ信じられないわ」

「いつからあたしのこと好きだったのさ?」

「いつからって言われても……」

紅美花は少し考え込んでから、困ったように笑った。


「わからないわね。会ったばかりの頃から舞音はわたしの心の隙間に入り込んでしまっていたのだから」

ってことは中学生の頃にはもう紅美花はあたしのこと好きだったんだ。


「全然気づかなかった……」

「舞音が鈍感すぎるのよ」

「ごめん……」

何年も片思いを続けるのは大変だったに違いない。


「謝ることはないわよ。今好きでいてくれるのなら、何も問題はないわ」

紅美花の優しい言葉にホッとして小さく息を吐いたと同時に紅美花があたしの肩を両手でソッと触ってから、体の位置をずらしてきて、真正面で向き合うように、紅美花の方へと動かされた。


優しく微笑む紅美花の顔に見惚れていたら、次の瞬間にはこちらに唇を近づけてくる。紅美花の温かい舌があたしの舌と触れ合う。ミントの香りが鼻から抜けて、良い香りだった。


あたしがソッと紅美花の背中に手を回して抱きしめると、紅美花も抱きしめ返してくれた。寒い冬でも、お互いに身を寄せ合うと温かいらしい。全身で紅美花に触れている時間はとても温かくて、心地よかった。アイスで冷え切っていたからなおさら。


あたしたちは少しの間温まった後に、名残惜しむようにゆっくりと体を離したのだった。

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