第36話 決戦 5
「もう紅美花たちとは関わる気ないから、全部言うね」
珠洲が瞳に浮かべた涙を拭ってため息をついてから、吹っ切れたように顔を上げた。
「凛菜はせっかく彼氏ができたのに、彼氏が舞音に浮気したからすっごい落ち込んでたんだよ……。わたしはそれが許せなかった。わたしの大事な親友の凛菜を悲しませた舞音が許せなかったんだ」
キッとあたしの方を涙目で睨んできたから、思わず姿勢を正す。普段あまり表情を表に出さない珠洲が本気であたしを嫌っているんたということがわかる目で睨むから、怖くなってしまう。
そんな怯えてしまっているあたしの右手をソッと紅美花の温かい手が包み込んだ。二人には見えないように、テーブルの下で紅美花が手を絡ませて握りながら、ハッキリと言う。
「それ、ただ単にわたしの彼女に魅力があっただけじゃない。何も悪いことしてない舞音に当たるなんて、逆恨みにも程があるでしょ」
「そんなのどうでもいいよ。凛菜が舞音に傷つけられた。その事実だけで、充分舞音のこと嫌いになるだけの理由になるから」
珠洲がハッキリと断言した。あたしは明確に珠洲に嫌われているらしい。
同じグループなのに、明らかにあたしよりも凛菜を優先している発言をされたことが気にならなかったと言ったら嘘になるけれど、正直気持ちはわかる。
あたしたちのグループは4人で一緒だったけれど、その中でもあたしと紅美花の二人と、珠洲と凛菜の二人になんとなく別れることは多かった。もしあたしが紅美花か珠洲のどちらかを選ばなければならない状況になったとしても、恋人になる前から紅美花を選んでいたと思う。
だから、珠洲に敵対心を持たれているのは悲しいけれど、彼女のことを責める気にはなれなかった。
あたしは繋いだ紅美花の手をギュッと握り返して、次の珠洲の言葉を待った。
「だから、舞音が凛菜の彼氏取ったこと言いふらした。ちょっと誇張もした。凛菜が振られて落ち込んでること自体は事実だったから、クラスの子達が信じるに値するだけの条件も十分に整ってたから、スムーズに信じ込ませることもできたし」
そうか、だからクラスのみんなの好感度が低くなってたんだ。凛菜も困惑気な表情をして珠洲をチラリと横目で見つめていたから、一連の行動は珠洲が独断でやったらしい。
「そういうことだったんだね……」
とあたしは小さな声で納得した。
みんなの好感度が下がってたから、その当時はかなり傷つきはしたけれど、結果的に紅美花と付き合うきっかけになったからそれはそれで良いかな、とか呑気なことを思っていたけれど、紅美花が珠洲を思いっきり睨んで、繋いでいない方の手で机を思いっきり叩いた。
「クズね」
はっきりと珠洲に言う。
「凛菜と彼氏を別れさせた舞音の方がクズだから」
「だから舞音は何も悪くないって言ってるじゃない!」
紅美花が思いっきり舌打ちをしてから続けた。
「わたしの前で舞音のこと悪く言ったら、本気で許さないわよ」
そう言いながら、紅美花が手元の水を思いっきり珠洲にかけてしまった。勢いよく水が舞って、珠洲の頭にかかった。
「ちょ、紅美花! ダメだって」
テーブルの上も、珠洲の頭も水浸しになる。髪の毛からはポタポタと水が垂れていた。
「珠洲、大丈夫!?」と凛菜が珠洲の髪の毛をお手拭きで拭いていた。あたしも慌ててお手拭きで机を拭った。
珠洲に水をかけても、紅美花の怒りは収まらないみたいで、続ける。
「舞音が凛菜よりも魅力的だったからって、勝手に切れて悪評流してあげく恋人の好感度弄るってさすがにドン引きだわ」
さらに珠洲の手元のコップを掴んで追い討ちをかけようとしている紅美花のことを止めようとしたけれど、それより先に凛菜が「紅美花、やめて!」と止めに入ったから、紅美花はソッとコップを戻した。
それから、凛菜はあたしの方を見て、謝る。
「舞音、ごめん。わたしの勘違いのせいで、変なことに巻き込んじゃったみたいだね……」
「良いよ、気にしないで。あたしはおかげで紅美花と付き合えたし。ただ、紅美花の好感度勝手に操作したのは良くないと思うよ」
「紅美花もごめん」と凛菜が付け加えるように謝った。
「別に凛菜が謝ることじゃないでしょ? 珠洲がわたしに謝るべきだわ」
そう言われて、凛菜が珠洲の方をチラリと見た。まだ前髪から拭き取り切れていない水がポタポタと落ちていた。
紅美花が睨み続けるけれど、珠洲は口を開こうとはしなかった。そんな珠洲のことを、凛菜がソッと抱きしめる。
「ありがとね、珠洲。わたしのために」
凛菜が囁くように珠洲の耳元で伝えていたけれど、すでに珠洲は何かを話せる状態ではなさそう。
今日はこれ以上話し合っても何も起きなさそうなことを凛菜も察したみたいで、あたしたちに「ごめんね、もう今日はこれ以上珠洲のこと責めないでおいてあげて……」とだけ言って、珠洲の体を抱き起こして、一緒に立ち上がった。
「また落ち着いたら改めて2人で謝らせて。いろいろとごめん……」
凛菜が申し訳なさそうに言うから、紅美花も渋々ながらも小さく頭を下げた。
「わたしの方こそちょっと興奮しすぎたわ。大人気なくてごめんなさい」
紅美花の言葉を聞いて凛菜が小さく頷いてから、そのまま珠洲を連れて去っていった。テーブル席にはあたしと紅美花だけが残されたのだった。
ようやくメガネの騒動が収まって、ドッと疲れた気がした。あたしは大きく息を吐いて、椅子にもたれかかった。
「いろいろありがとね、紅美花」
「別に、わたしは何もしてないわよ」
ソファの上に手を重ね合って、紅美花の温かさを実感する。
ぼんやりと宙を見上げると、オレンジ色の温かいライトがファミレスの店内を照らしていた。たった半月の間にどれだけ紅美花に助けられたのだろうか。
ずっとそばにいてくれた大事な子が、恋人としてもって近くに存在してくれることがとんでもなく嬉しくて、頼もしかった。
「クリスマス、ちゃんと空けといてね」
「そんなこと、言われなくてもわかってるわよ」
紅美花があたしの手の上からギュッと手のひらを押さえつけてくる。
「イブの日は2人で過ごして、クリスマスの日は真沢さんも一緒に3人でクリスマスパーティしたいって言ったら怒る……?」
クリスマスの日も2人で過ごしたいかなとは思ったのだけれど、やっぱりここまでたくさん助けてくれた真沢さんのこと抜きでクリスマスパーティーをするのもよくない気がする。
「もちろん良いわよ。わたしも真沢にはちょっとくらいお礼してあげないといけないって思ってるし」
そんなあたしの提案を紅美花は当然の受け入れてくれたけど、お礼ってちょっと心配……。
「ねえ、真沢さんとキスとかしないでね」
真沢さん、紅美花のこと好きだから絶対喜ぶとは思うけど目の前でされたら絶対妬いてしまう。
「す、するわけないでしょ! なんで真沢にキスするのよ! 普通にクリスマスプレゼント渡すだけよ!」
「なんだ、良かった……」
「もうっ、変な心配しないでよね!」
とりあえず、あたしたちはもうすぐやってくるクリスマスの日を楽しみにしながら、手を繋いでお店を出たのだった。
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