第34話 決戦 3
「紅美花、行こ」
怯えながら、珠洲の命令に従うために紅美花の手を引っ張ってみたら、紅美花が慌ててその場に両足で踏ん張ってあたしを止める。
「ちょっと、今日解決するんでしょ? 珠洲に数値をリセットしてもらわないといけないのに!」
「無理だって。珠洲様に嫌われたら、あたしもうダメになる」
「何言ってるのよ! なら、この場から離れようとしたらわたしが舞音のこと嫌いになるわよ! ねえ、珠洲とわたし、どっちにきらわれたくないのよ!」
心の中では紅美花だって、そう答えたんだよ。あたし、そう答えるつもりだったんだよ。だって、そんなの悩むまでもないし。
「珠洲様……」
ぼんやりとそう発した気がする。
周囲にいるみんなのシルエットが遠くなって、声が水中で聞いているみたいにぼんやりとして、はっきりしない。そんなあたしに畳み掛けるみたいに、珠洲が伝える。
「ねえ、今すぐ紅美花から離れてよ」
「わかりました」と反射的に答えてしまう。嫌だよ。離れたくないよ。そう思うのに、体が紅美花を振り解こうとする。
「ちょっと、離れないで!」
紅美花は必死にあたしの体を抱きしめてくる。
「紅美花、離れて。暑苦しい」
嫌だよ、紅美花から離れたくない!
心で思っていることと、実際に口から発される言葉が乖離していた。
「いい加減離れてよ。あたしが珠洲様に嫌われちゃうじゃん」
ごめん、紅美花、あたし思ってることと全然違うこと言ってるよ。
どうしよう。内面と外面が噛み合わない。どうしたらいいのかわからなくなって、涙が伝う。頬に涙が伝っているけれど、その感触すら曖昧なものになっている。
ごめんごめんごめんごめんごめん。
あたしが心の中で必死に謝ると、紅美花がとても強く抱きしめてくる。強すぎて、背骨が折れちゃうんじゃないかと怖くなるくらい強い力で。
「わかってるから、落ち着きなさい。大丈夫、洗脳状態で力の入ってない舞音の可愛らしい力じゃ、わたしには敵わないわよ」
耳元でクスッと笑う、紅美花の声が脳内に直接聞こえてきたような感覚になる。
「もうめんどくさいから、さっさとわたしを愛しなさい。珠洲のことが気にならなくなるくらい、わたしを愛しなさい」
紅美花はあたしの耳元で囁いたかとおもうと、たくさんの生徒たちが下校している中で、あたしの耳をゆっくりと舐め始めたのだった。
あたしの耳を舐めてくる音も、感触もしっかりと聞こえてくる。
少しずつ現実に戻ってきて、今度はほんのり恥ずかしくて顔が熱くなってくる。
なおも紅美花は、時々吐息を織り交ぜながら耳を軽く噛んでくる。
「ちょっと、紅美花? みんな見てるんだけど……」
通りすがりの生徒たちがこちらを怪訝な目で見てくる。
「あの子達学校前で盛ってんの?」
「ヤバっ」
「場所考えた方がいいよね」
変な目で見られて恥ずかしいんだけど……。
「ねえ、紅美花。さすがにこれは……」
「良いから。わたしのこと以外は何も考えないで」
紅美花はようやく耳舐めを終えたかと思うと、制服の下から内側に手を入れて背中を直に這わせてくる。優しく撫でられて、ゾクッとしてしまう。それだけですでに紅美花に気持ちが戻ってきていたけれど、紅美花がさらに顔を近づけてくる。
「ひゃっ!? ちょ、ちょっと、紅美花!?」
もうかなり意識戻ってきてるんだけど……。
そして、いつものようにキスをしてくる。今日は口内に舌をいれて、あたしの舌と絡ませあってきた。何のつもりだろう……。
「何もかも忘れて、今はただわたしと一緒になっていれば良いのよ。これが本当の攻略法」
なるほど、相手のことを考えざるを得ない状況を作ることが攻略法か。
ふわふわした感じは変わらないけれど、逆にふわふわした感じのおかげで、普段以上に紅美花とのキスが気持ち良かった気がする。あたしたちのキスに困惑していた凛菜がようやく重たい口を開いた。
「そんなはしたないことも珠洲がさせてるの?」
「そんなわけ――」と珠洲が慌てて否定しようとしたけれど、紅美花はきっぱりと「そうよ。酷いメガネでしょ」と言い切った。
「え? ちょっと、紅美花……?」
あたしが小声で困惑していると、凛菜がもっと困惑した声で呟く。
「珠洲はなんでそんな意地悪してるわけ……?」
「意地悪って、そんな……!」
「こんなところでキスって、まるで紅美花達が変態みたいじゃん、可哀想……」
それに関しては本当は珠洲のせいじゃないけれど、凛菜はメガネの効果だと信じてしまっていた。間接的にあたしたちが変態だと言われてしまっていて、恥ずかしくてこの場から逃げたくなってしまう。
とはいえ、すっかり命令どころじゃなくなったから、紅美花の突拍子もない行動がうまく功を奏したみたい。
「凛菜が意地悪されたから、わたしは……」
珠洲が悔しそうに呟いた。
「凛菜が紅美花に意地悪されたってこと?」
あたしが尋ねると、珠洲は珍しく声を荒げて否定した。
「違うっ! 紅美花じゃなくて、あんたよ、舞音によ!」
「あたし!?」
心当たりが全然無い。ていうか、凛菜があたしに意地悪されたのに、そのお返しを紅美花にするの? あたしが困惑していると、その横から紅美花が声を出す。
「とりあえず、場所を変えましょうか。ここじゃ無駄に目立っちゃうわ」
紅美花が促す。好感度操作をされ続けているにも関わらず、冷静な紅美花はカッコ良かった。
「紅美花は辛くないの? 好感度操作って思っていた以上にヤバいね……」
「そうかしら? 体くっつけておいたら、案外キツく無いわよ。舞音のことで体の中が満たされるから」
「離れたらもっとヤバいのかな……」
「わからないわ。もしかしたらわたしが舞音のことを好きすぎて、効いていないだけかもしれない。舞音さえいれば、後のことは何も気にならないから。多分普通の好感度の舞音に嫌われてしまうことの方がよっぽど怖いもの」
あたしたちの会話を聞いて、凛菜が珠洲に言う。
「ねえ、なんかヤバそうだし、戻してあげたほうが良いんじゃない?」
凛菜の言葉を聞いて、珠洲が「うん……」と小さく頷いて、メガネのリセットボタンを押した。その瞬間、頭がスッキリと冴え渡るような気分になった。
「あ、やっぱり全然違うなあ」
あたしが感心していると、その横で、紅美花の体がふらついたから、あたしは慌てて支えた。
「だ、大丈夫!?」
「なんとかね……」
そうだよね、紅美花はあの気持ち悪いぼんやりとした感覚で24時間以上過ごしてたわけだから、あたしとは負担がまったく違ったのだと思う。
あたしが心配していると、紅美花が大きく息を吐き出した。
「なんとか解放されて良かったわ。かなりスッキリしてる。でも、困ったわ。舞音で頭がいっぱいになっちゃってる」
「ちょ、ちょっと! あたしも紅美花で頭がいっぱいだよ!」
「ううん、わたしの方がずっといっぱいだわ」
「あたしの方が――」
あたしが紅美花のブレザーの袖を掴んで腕をブラブラさせながら言っていると、珠洲が苛立った声を出す。
「あんまり鬱陶しくいちゃつかれたらまた好感度上げちゃいそうになるから、さっさと場所移そ」
そんな様子を見ても、凛菜は不思議そうに首を傾げていた。
「2人とも、なんかこの1週間くらいで随分仲良くなったんだね」
「そりゃ紅美花と付き合うことになったからね」
「2人とも付き合ってんの!?」
「あれ? 知らなかったの? あたしたち、付き合ってるんだよ」
「嘘!? 凄っ! おめでとうじゃん!」
凛菜が驚いていた。
「えへへ、ありがと」
紅美花はまだ珠洲たちに対して警戒心を持っていたから、あたしだけお礼を伝えた。こんな状況でも呑気に祝ってくれる凛菜って、なんだかんだ優しいんだよね。
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