第33話 決戦 2
とりあえず、あたしたちは正門の前で珠洲と凛菜のことを待っていた。制服姿だから、学校をサボってしまっているのがバレてしまいそうでヒヤヒヤした。先生が通りかかったらヤバいな、と思う。だから、早くホームルームが終わって他の生徒たちに溶け込みたかった。
「ねえ、緊張するね」
「そうね」
冷静に答えているけれど、触れている紅美花の腕は小さく震えていた。
その間に生徒が何人か外に出て来始めていたから、ようやくホームルームが終わった時間になったらしい。決戦のときはもう目の前まで近づいていた。
「大丈夫?」
紅美花が「ええ」と小さく頷いたけれど、あまり大丈夫じゃなさそう……。
「キスしよっか?」
「へ?」
紅美花が一瞬緊張感の抜けた声を出す。
「な、なんでキスなのよ!?」
「冗談だよ、こんなみんなが見ている前でやるわけないじゃん。紅美花が緊張してたから、リラックスさせようと思って言っただけで――」
そう言ったのに、次の瞬間には、紅美花がこちらに体を押し付けて来た。重みであたしは2歩程後ろに下がり、背中が壁にぺったりとくっつく。逃げ場を失ったあたしの方に、紅美花が顔をグッと近づけてきて、唇をソッと触れさせてきた。
暫くの間、あたしは口を塞がれてしまっていたから、何も言えなかった。紅美花があたしの方に何度も体を押し付けながらキスをしてくるから、背中が痛かった。触れるたびに乾いたリップ音がして、緊張してしまう。
帰り道に人前で戯れ出してしまったから、チラチラと帰っていく生徒があたしたちを見ていき、恥ずかしかった。紅美花は何も思わないのだろうか……。
「ねえっ、どういうつもり!?」
ようやく解放されて、慌てて声を出した。紅美花の唇が唾液で濡れていたから、紅美花はサッと手の甲で唇を拭った。あたしも同じように唇を拭う。
「みんな見てる前で……」
「舞音が変なこと言うからじゃない。焦らされるの嫌いなのよ」
「じ、焦らしてたわけじゃないのにぃ!」
ただの冗談だったんだよ……? それなのに、ほんと、どういうつもりなんだろ。
「ああ、もうっ。紅美花あたしのこと好きすぎでしょ!」
「ええ、大好きだわ。あのメガネ奪い返したら、またあたしの好感度を見たらいいわね。今なら100超えてる気がするもの」
紅美花は真面目な顔でそんなことを伝えてきた。
「もう数値は見ないよ。紅美花があたしのこと好きすぎなのわかってるのに、わざわざみる必要もないし」
そう言って、真正面からギュッと紅美花を抱きしめて、耳元で伝える。
「あと、あたしも紅美花のこと大好き」
紅美花もあたしのことを抱きしめ返してきたのだった。結局あたしたちは人目を気にせずキスをしたり、抱き合ったり、完全にヤバいカップルになってしまっていた。
しばらく抱きしめていたら、紅美花が「あっ」と小さく声を出してから、ソッと体を離した。当然のように腕は絡めあって繋いだまま。紅美花の視線の先にいたのは珠洲と凛菜だった。
2人ともあたしたちのことを気にせず通り過ぎようとしたから、慌てて引き留めた。
「ねえ、珠洲、凛菜、待ってよ」
気まずそうに目を伏せる凛菜とジッと睨むようにあたしを見る珠洲。2人の反応は全く違った。
紅美花はあたしにギュッと抱きついたまま、珠洲を睨んだ。緊張で息が荒くなっている。
「大丈夫だよ、紅美花。あたしがついてるから」
ソッと耳打ちをしたら、紅美花が小さく頷いた。そんな様子を見て、珠洲は舌打ちをする。
「うざっ。こんな道の真ん中でイチャつきだして、気持ち悪い」
普段声が小さくて感情をほとんど表に出さない珠洲にしては珍しいくらい苛立っている。
「ねえ、珠洲。何か怒ってるの……?」
あたしが尋ねると珠洲がまた舌打ちをした。
「怒ってなかったら、こんな性格終わってることしないから」
「性格終わってること?」
珠洲の横にいた凛菜が不思議そうに首を傾げていた。凛菜はこの状況のことを何も知らないのだろうか。
昨日会って斉藤くんのことを尋ねてきてた時もメガネについての理解が曖昧な様子だったし、珠洲が一人で紅美花に嫌がらせをしてるってこと? 珠洲が紅美花のことが嫌いで、こんなことをしているのだろうか。
好感度5だった凛菜があたしに嫌悪感を持つ意味はわかるけど、凛菜と紅美花が揉める理由はよくわからなかった。
あたしが疑問を抱いていると、凛菜が困ったように珠洲に尋ねる。
「ねえ、珠洲は何か意地悪なことしてるの……?」
凛菜が不思議そうにしていると、珠洲の代わりに紅美花が答えた。
「珠洲はわたしの好感度を操作して、洗脳してるわ」
「洗脳……?」
「なんか紅美花は今珠洲に操られてるみたいなんだよね」
あたしがサラリと説明しておいたら、凛菜が困ったように首を傾げる。
「洗脳? なんで……?」
凛菜が珠洲のほうに視線を向けたら、珠洲が一瞬眉間に皺を寄せてから、紅美花の方を見た。
「ねえ、紅美花。今すぐ舞音を連れて、どこか遠くに行って。じゃないと、紅美花のこと嫌いになるよ」
珠洲がジッと紅美花の方を見たけれど、あたしたちはすでにメガネの対策はしてある。本来なら、好感度がカンストしている人間に嫌われるなんて恐ろしくて、無条件で従ってしまうのだろう。
あたしは普段以上にしっかりと紅美花の背中に手を回して、抱き枕みたいにギュッと抱きしめた。一応対策はしてあるとはいえ、実際に珠洲の前で命令されたら効いてしまうんじゃないかと思って怖かった。
それでも、紅美花は動じなかった。あたしの頭をソッと撫でてから、フッと息を吐いた。
「悪いわね。わたしは舞音のことが大好きすぎるのよ。そんな命令意味をなさないわよ」
紅美花があたしのことを守るみたいに抱き寄せながら、珠洲のことを見た。
「そ、そんなわけ……」
珠洲が慌ててあたしの方を見て、メガネのつまみをいじった。今度はメガネであたしの好感度を操作しているのだろうか。でも、もう紅美花と攻略法を編み出したのだから、大丈夫。
そう思ったのに、何かがおかしい。
珠洲がメガネを触ったのと同時に胸の鼓動が早くなり冷や汗がでてくる。
明らかにおかしい。メガネの効果、多分あたしにだけ効いてるんだ……。
景色がぼんやりと靄がかかったように見えてくる。次第にあたしの脳内が紅美花から珠洲の方へと向いていく。
「ねえ、紅美花……」
「どうしたのよ?」
「あたしと触れ合ってたら無効化できるって言ってたよね」
「ええ、言ったわ。無効化できてるわよ」
珠洲はメガネをかけたまま、あたしをジッと見ている。今数値を弄られているのは間違いない。アドレナリンがかなり出ているのが実感されるもの。
「紅美花、あたし珠洲のことしか考えられなくなっちゃうよ」
あたしはこの防御策が効かないのだろうか。そう思ったけれど、紅美花は冷静にアドバイスをしてくれる。
「落ち着いて、ちゃんとわたしのことを見てくれたら、大丈夫よ、こっちを見て」
紅美花があたしのことを覗き込もうとするのに、あたしの視線は珠洲の方に向いていた。
「ねえ、紅美花。あたしこの対策できないのかも……」
「大丈夫よ。冷や汗とか、動悸とか、そういうやつでしょ? わたしも同じようなことになるから、気にしちゃダメよ」
「ねえ、待って。紅美花はこんな状況でもあたしを愛してくれてたの?」
あたしたちで体をくっつけ合う行為は、多分完全な攻略法じゃなかったんだ。紅美花の強い精神力だったから耐えられただけで、あたしみたいに弱い子では、とても耐えられない。
心が完全に珠洲に動いてしまいそうになってる。まるで、地面の重力が珠洲の方に向いていて、紅美花があたしを離してしまったら、今にも落下してしまいそうな、そんなイメージだ。少し油断したら、あたしは気持ちが傾いてしまいそう。
そんなあたしの心の内がバレてしまったのだろう。珠洲がフッと小さく笑ってから、あたしをジッとみる。
「ねえ、舞音。今すぐ紅美花のことを連れて、どこか遠くに行って。でなきゃ、嫌いになっちゃうよ?」
不本意だけれど、なぜだか珠洲に嫌われることがとても怖いことに思えてしまう。
「わかりました……」
あたしはあっさり頷いてしまったのだった……。
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