第32話 決戦 1

次の日、あたしはいつもよりも早くに家を出て紅美花の家へと向かった。まだ日が昇ったばかりだったから、いつもの朝よりもほんのり暗いように感じられたけれど、紅美花の家に向かっているうちに次第にいつも家を出るくらいの明るさになっていた。


「紅美花ー、学校行こー」

インターホンを押してから、できるだけ元気な声を出すと、インターホンのスピーカー越しに紅美花がえっ、と驚いた声を出す。


「何しに来たのよ?」

「何しにって、学校行くから迎えに来たんじゃんか」

「いや……、まあ、いいわ。ちょっと待ってて」

スピーカーからの音が止まった。2、3分程経ってから、慌てて準備をした紅美花が外に出てきた。


「なんでわざわざわたしの家まで来てるのよ……」

「前はあたしのピンチに駆けつけてくれたから、今日は紅美花のピンチに駆けつけたかったんだぁ」

ギュッと紅美花の腕に抱きつくと、紅美花がホッとしたように息を吐いた。


「別にわたしはピンチじゃないわよ」

「嘘だ! さっきまでだって、どうせあたしじゃなくて珠洲のこと考えてたんでしょ?」


あたしが冗談っぽく頬を膨らませたのに、紅美花は申し訳なさそうに「ごめんなさい……」と謝ってきた。


「ちょ、ちょっと! 紅美花は悪くないのにそんな真剣に謝られたら、あたしが悪いみたいになっちゃうじゃん!」

あたしは慌てて紅美花の頭を撫でた。


「紅美花は当然悪くないからね。その代わり、あたしがくっついている時にはあたしのこと考えてね!」

あたしがそう言うと、紅美花が静かに頷いてくれた。


「やっぱり舞音がくっついてくれてたら全然違うわね。一人の時とは比べ物にならないくらい楽だわ」

「じゃあもっとくっつくね」

体全体を密着させるために、後ろに回ってギュッとくっついて抱きしめながら歩いてみる。


「さすがに歩きにくいんだけど……」

「じゃあおんぶにしとく?」

「なんでわたしが舞音のこと運んで学校に行かないといけないのよ……」

「楽して学校に行こうと思ったのに、残念だなー」

「あんたね……」

紅美花がため息をついてから、優しく微笑む。


「まあ、何にしても大丈夫よ。腕に触れていてくれてるだけで、かなり効果あるから」

なら良かったのかな。あたしたちは引き続き紅美花の手を取って歩き続けていたら、紅美花がふと思いついたように、ポツリと呟く。


「今日もサボりたいわ……」

「え?」

「舞音がくっついてくれてたら全然気分が違うのよ……。舞音が触れてくれていないときは、まるで世界に一人ぼっちになってしまったみたいに、寂しい気持ちになってしまうのよ……。だから、今日はずっとくっついてて欲しい。授業中にくっつけないのは嫌だわ」


否定する理由はなかった。今は紅美花に寄り添ってあげたいし、何よりあたしも辛そうな紅美花の顔を見たく無い。


「よし、わかった! どこ行く?」

「悪目立ちしないとこ」

「りょーかい」


あたしたちはできるだけ存在感を消しながら道の端を歩いて移動した。みんなの活動時間に関係のない場所に向かう。何もすることはないし、行くべき場所もない。けれど、あたしたちは一緒にいるだけでそれで満足だった。


「放課後になったら、珠洲のとこ行くんだよね?」

うん、と紅美花は頷いた。


あたしたちは放課後までの長い隙間時間を、深く語るべき内容のあるようなことはせずに時間を潰した。いっぱいおしゃべりしたり、無言の時間があったり、コンビニで買ってきたサンドイッチを公園で食べたり、お昼からはファミレスのドリンクバーで時間を潰したり、いろいろなことをしていた。その間も、ずっと腕を組んでいた。時々紅美花の胸とかお腹とかを触って、怒られたりもした。


ファミレスにいるときにはわざわざ4人がけテーブルの同じ方向に集まっていたし、ドリンクバーを取りに行く時にも腕に触れながら一緒に歩いていた。そうやって、時間を楽しく浪費した。


「そろそろ行こうかしらね」

すでに15時半を回っていた時計を見て、紅美花が息を吐いた。あたしたちはいよいよ始まる決戦に向けて、ドキドキしながらお会計を済ませて店を出た。


授業を受けずに放課後だけ学校に行くなんて、初めてのことだった。学校に向かって歩いていると、少しずつ実感も湧いてくる。


「緊張するね」

「絶対に離れないように気をつければ、きっと大丈夫よ」

うん、と頷いたけれど、やっぱり腑に落ちないこともある。


「紅美花にひどいことしたのって、珠洲だったんだよね……」

紅美花はやっぱり何も答えてくれなかったけれど、あたしは続けた。

「なんでそんなことするんだろ……。あたしも紅美花も珠洲も、それに凛菜もみんなちょっと前まで仲良くしてたのにね」


ほんの2週間ほど前には、凛菜に彼氏ができたことで、ボッチクリスマスを過ごすのはあたしだけじゃん、と嘆いていた。あの時は、確かに4人で楽しく笑い合っていたはずなのに。あの楽しく雑談していた時間が、遠い昔のように感じられた。


あたしはなぜか紅美花と付き合い、凛菜は斎藤くんと付き合っていて、しかも別れたらしい。たった2週間でも物事は大きく動いた。


「多分、色々なことがちょっとずつズレていっちゃったんだと思うわ」

紅美花が今日一番重たいため息をついてから、続ける。


「でも、昔のことは今はどうでも良いのよ。とにかくわたしは早く解決して、舞音に気持ちを戻したいから」

「そうだね。あたしも」

紅美花の方にほんのりと体重を預けて、歩き続けたのだった。

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