第30話 メガネの弱点 2
とりあえず、あたしは口をゆすいでから、紅美花と一緒に帰ることにした。重たそうな足取りで紅美花が歩いていたから、あたしも紅美花のペースに合わせて、のんびりと歩く。
「真沢には明日謝るわ。舞音のこと頼んでおいて、放って帰るなんて、いけないことなのはわかっているけれど、今は舞音と2人だけでいたいの。100%のわたしのわがままよ」
「ううん、あたしも紅美花といたいから、50%ずつのわがままだと思う。だから、あたしも一緒に謝るね……」
真沢さんには謝罪のメッセージは送っておいたら、『気にしないでください。鈴川さんと青梅さんが一緒にいるのが私の幸せでもありますので』と返ってきていた。真沢さんの優しさにずっと甘えておくのも申し訳ないから、今度は真沢さんも一緒に交えて3人で遊びに行きたいな。
『今度は真沢さんも合わせて3人でデートしようよ』
『私だけ場違いじゃないですか😱』
『場違いじゃないよ笑 今度紅美花と一緒にお礼させてほしい。ていうか、させてくれないと気が済まないから!』
『そこまで言うのなら……。でも、今はとにかく青梅さんのトラブルを解決することを最優先してくださいね! 青梅さんが鈴川さんのことを考えられないのなら、その分鈴川さんは青梅さんのこと中心でいてください! もちろん、私もできる限りの協力はしますから😤』
『ありがと』
あたしはネコのキャラクターがお辞儀をしているスタンプを送っておいた。
「真沢さん、優しいね」
「そんなこと、言われなくても知ってるわよ」
「元々険悪だったくせに」
「それは、わたしの大事な舞音にばっかり突っかかってきてたからよ。それさえなければ、あの子はただの真面目な優等生じゃない」
紅美花がクスッと笑ってから、続ける。
「ねえ、今日わたしの家に来てもらっても良いかしら?」
「もちろん良いけど……」
一緒に遊んでくれる余裕があるのかな。無理してるんじゃ無いだろうかと心配になる。もちろん、本心から余裕があるなら、それに越したことは無いのだけれど。
「もしかして、数値元に戻してもらってたりする?」
期待を込めて尋ねたけれど、紅美花は首を横に振る。
「残念ながら」
「そっか……」
じゃあ、今も紅美花の頭の中には珠洲のことでいっぱいになっているということか。そこにあたしはいないんだ……。冬至が近づき冷たい風の吹いている夕暮れ時に、この感情はキツすぎるな……。
あたしが無意味に乾いた笑みを浮かべていたら、紅美花があたしの腕を掴んで、体をくっつけてきた。寒かった身と心が一気に温かくなる気分だった。
「あのメガネは確かに厄介だわ……」
紅美花が小さくため息を吐いてから続ける。
「でもね、幸い、わたしの舞音への大事な感情そのものは弄れないのよ」
紅美花があたしの腕を引っ張って、体をもたれ掛けさせながら歩く。こめかみの辺りをくっつけてきたから、あたしたちの髪の毛同士が混ざり合っていた。
「帰るまで、体くっつけとくわね」
「電車乗る時どうするのさ……」
あたしは苦笑いをしたけれど、紅美花は真面目な顔で「くっつけとくに決まっているじゃない」と答えてきた。
「なんだか今日の紅美花、ビックリするくらい積極的だね……」
「学校から離れている間は、少しでもわたしの心を舞音でいっぱいにしておきたいのよ」
「そっか……」
ちょっと嬉しい。いや、紅美花はメガネのせいで精神的に不安定になっているのだから、あんまり喜んじゃダメなのはわかってるけどさ。
そうして、本当に電車の中でも体を密着されながら紅美花の家の前についたのだった。大きな庭のついている二階建ての家は、周囲の家の倍くらいの土地に建てられている。
「青梅御殿だね」
「バカなこと言わないでよね」
「呼び鈴押したらメイドさんとか出てくるんだっけ」
「そんなわけないでしょ。ママが出てくるだけよ」
紅美花は呼び鈴を押すことなく、カバンの中に入っている鍵を使って、家に入る。あたしの腕をひっぱり寄せたまま、鍵を開けるから、開けづらそうだった。
「開けづらくない? 離したら?」
そう言うと、紅美花がフフッと楽しそうに笑った。今日一日ずっと憂鬱さを備えている紅美花が久しぶりに心の底から笑っていたように見えた。
「ど、どうしたのさ。何か面白いこと言った?」
「違うのよ。わたし、ずっと舞音の腕を掴んで、体をくっ付けてたら気付いたのよ!」
嬉しそうにあたしに顔を近づけてくる。一体何に気付いたのだろうか。紅美花の言葉の続きをまった。
「舞音にたっぷり触れてる時は、舞音のことだけ考えてられるみたいなの」
「なにそれ、効果が薄れてるってこと!? もしかして、メガネの弱点見つけられたってこと!?」
あたしも興奮気味に言うと、紅美花があたしの頭に鼻先をくっつけながら、答える。
「かもしれないわね。あのメガネはすごい機械かもしれないけれど、それでもまだ人の心を完全には支配できるほどの高性能なものではないってことかしらね」
そういう紅美花がとっても嬉しそうで、あたしが知らない間に瞳が潤んでた。なんでだろ。紅美花の心が逆らえないはずの力に抗ってまで、あたしを求めてくれてるからかな?
紅美花があたしの頭に顔をくっつけていて、こっちを見ていないから、今の隙にバレないようにソッと涙を拭った。
「でも、これならずっとひっついておけば、対策できるんだね」
あたしが嬉しくて紅美花にギュッと手を絡ませて握ってみたけれど、紅美花は不満そうだった。
「そうだけど、授業中にはずっと引っ付いておくことはできないから、やっぱり舞音のことをずっと思い続けることはできないのよね……」
「授業中は授業聞いた方が良いんじゃない……?」
あたしが言うと、紅美花がハッとしたような顔をあげた。
「そ、それもそうね」
しっかり者の紅美花らしからぬうっかり発言だな。
「でも、そのくらいずっと舞音のことは考えていたいわ」
耳元から聞こえる紅美花の声が普段以上に愛らしく感じられた。そんな嬉しい気持ちの中、あたしたちは紅美花の部屋に入ったのだった。
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