第27話 危険すぎるメガネ 1
月曜日、紅美花のおかげでまたいつものように学校に通えるようになったあたしは、いつものように横の席の紅美花に、後ろから抱きつきながらお願いをする。
「ねー、紅美花さまー、宿題見せて〜」
紅美花のふわふわロングヘア越しに、頬同士をくっつけて頼みこむ。
「あんたね、宿題くらい自分でやりなさいよ……」
ちょっと照れくさそうな声で文句を言いつつも、ノートを手渡してくれた。
「わからないところは教えてあげるから、明日からはちゃんと自力でやりなさいよ」
「はーい」
なるほど、紅美花と勉強会という名目で家に上がり込むのも良いかもしれない、なんて呑気なことを考えて、紅美花との楽しい勉強会に思いを馳せていた。
だけど、お昼休みに明らかに異常なことが起きて、それどころではなくなってしまったのだった。
「くみかー、今日の帰り勉強会しよーよー」
あたしが話しかけても、紅美花はツンとあたしからは顔を背けている。
「紅美花?」
聞こえなかったのかな。もう一度話しかけてみるけれど、やっぱり返事をしてくれない。
「怒ってるの?」
知らない間に何か怒らせることをしてしまったのだろうか。紅美花と仲良くなってから、これだけ無反応なのは初めてだ。紅美花は嫌なことは嫌とはっきりあたしに言うから、不機嫌で怒ることはあっても、無視することはなかったのに……。
「ねえ、紅美花! どうしたの?」
紅美花の体を思いっきり揺らしてから、真正面に回り込んで顔をジッと覗き込む。人形みたいに無表情なのに、瞳からは何かを訴えかけてきているような雰囲気を感じる。何かがおかしい。
「あたし、何かしちゃったのかな……?」
尋ねても、やっぱり何も答えてくれない。理由はわからないけれど、今紅美花はあたしとは話せない事情があるみたい。
「ごめん、また調子戻ったら話しかけるね……? って、紅美花、泣いてる?」
凍らされたみたいに固まっているのに、目からは涙がツーっと流れていた。
「紅美花、大丈夫!? どうしたの!!」
あたしが一人で騒いでいたから、いつの間にか周囲の視線がこちらに向いていた。
まったく状況の把握はできていないけれど、これ以上無視されているのに話しかけ続けていたら、あたしだけでなく紅美花も周りから変な目で見られてしまいそうだったから、話しかけるのは自重しておいた。
あたしが諦めたら、紅美花が立ち上がり、真沢さんの席へと向かって話しかけていた。
「真沢、ごめん、ちょっと舞音のこと連れて、今から一緒に校舎裏まで来てくれるかしら?」
真沢さんが不思議そうにしていたけれど、頷いて納得する。その会話を聞いていたあたしの元に真沢さんがやってくる。
「そういうことですので」と真沢さんが言って、あたしの手を引いた。事情は何もわからなかった。けれど、いずれにしても、それを知るには、真沢さんと一緒に紅美花の元に行くしか無いのだと思う。あたしたちは二人で紅美花の待つ校舎裏へと向かったのだった。
「ねえ、紅美花。一体どうしたの?」
あたしが尋ねても、紅美花は何も答えない。代わりに、紅美花が真沢さんに話しかける。
「ねえ、真沢」
「え? はい?」
紅美花があたしの言葉を無視して真沢さんに話しかけたから、真沢さんが驚いていた。
「わたし、お昼休みに入ってから、舞音と会話できなくなってるみたいだから」
「え?」とあたしと真沢さんが同時に驚いた。
「あのメガネって、悪用しようと思ったらいくらでも悪用できるみたいね……」
あたしの方を見ずに、紅美花が呟いてため息をついた。
「それって、紅美花のあたしへの好感度を下げられちゃったってこと?」
あたしが尋ねても紅美花は反応できないから、代わりに真沢さんが尋ねた。
「青梅さんの鈴川さんへの好感度が低くなっているということですか?」
「違うわ。あのメガネはかけた人しか好感度の操作はできないっぽいから、舞音からわたしへの好感度は操作できない。かわりにわたしは好感度を操作されて、999にされてしまってるの」
「えぇっ!?」
この間580にしてしまったときも、大変なことになったけれど、それよりももっと大きな数値。ていうか、多分今度こそ本来の意味でカンストってことだよね。
「恐ろしいわね。わたしは舞音のことが大好きなのに、今わたしの好感度を弄った子のことしか考えられなくなっているわ……。その子に舞音と話をしないでって言われたら、勝手に従ってしまうみたいだわ」
この間も紅美花に指を舐めてって頼んだら素直に従ってたもんね……。あのメガネの効果はかなり絶大みたい。
「嫌だよ、紅美花もあたしのこといっぱい考えてよ……」
あのメガネの効果を目の前で見たのだから、それが無茶なことは知っている。でも、あたしは紅美花のことで頭がいっぱいなのに、紅美花はあたしのことを考えてくれないのが寂しかった。それも、本当は紅美花もあたしのことをいっぱい考えたいはずなのだから、なおさら。
あたしはソッと紅美花のことを後ろから抱きしめた。ただ、何も言わずに紅美花のことを抱きしめ続けた。
紅美花は小さく頷いてから、動かなくなった。ジッとしたまま、綺麗な髪の毛だけが風にそよそよ揺られている。
まるでお人形みたい。でも、これは本物の紅美花だし、もしお人形になっても、あたしは紅美花のことを愛し続けるよ。
そんなあたしたちの様子を見て、真沢さんが呟いた。
「許せませんよ……」
あたしも頷く。
「せっかく鈴川さんと青梅さんの思いが実ったというのに、そんな酷いこと許せません! 一体どこの誰がそんなことをしたのですか! 私が文句を言いに行ってきます!」
「残念ながら、それも口封じされているの。言えないように命令されてるわ」
紅美花はため息をついて、首を横に振った。髪の毛が頬に触れてくすぐったかった。
「どうしよう……」
紅美花のことを後ろから抱きしめたまま、考えを巡らせたけれど、いいアイデアは浮かばなかった。
「誰もメガネ変えた人もいなかったし……」
口止めされてるくらいだから、当然人前でメガネをかけたりもしないんだろうな……。
「ねえ、真沢、ごめんだけど、今日は舞音を連れて、先に帰ってもらって良いかしら?」
「え? 良いですけど……。青梅さんは……?」
「わたしは今日は一緒には帰れない」
「え、ちょっと嫌なんだけど……。紅美花も一緒じゃなきゃ心配。話せなくても、そばにいるだけで良いんだよ? せめて紅美花に触れさせてよ!」
あたしの声を聞いて、真沢さんからも紅美花に伝えてくれた。
「鈴川さんも一緒に帰りたがっていますし、帰ってあげたら良いのではないでしょうか……」
「ちょっと、舞音には来てほしくないところに行くから……。ちゃんと話つけてこないといけないし」
「そんなこと言われたら余計気になっちゃうよ!」
そう言うと、紅美花があたしに抱きついてきた。そして、無言で後頭部を撫でてくる。優しく撫でてきている紅美花が、あたしに直接言葉を発したいのは良くわかった。紅美花があたしに心配をかけさせたくない気持ちも良くわかった。
「……したくなくても、納得しないといけないんだよね」
あたしはため息をついてから、続ける。
「紅美花のこと信じるから、下足室で待っとくね」
そう言うと、紅美花が真沢さんに話かける。
「真沢、あんた舞音を連れてさっさと学校から出て行きなさい」
「え?」と呟いたのは、あたしも真沢さんも同時だった。
「学校で待ってたら何かあった時嫌だから、安全な場所にいて」
「何かあったら、って不安すぎるんだけど! 嫌だよ。あたし紅美花の近くで待っておきたいんだけど!」
あたしの言葉を聞かずに、紅美花が続ける。
「真沢はあたしの大事な舞音が絶対に傷付かないように頼むわよ!」
もう傷付いてるよ、と思いつつも、紅美花があたしのことを得体の知れない何かから必死に守ろうとしてくれているのだから、そんなこと冗談でも口にはできなかった。
「ありがと、紅美花……」
あたしがギュッと抱きしめると、紅美花が鼻を啜った音がした。
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