第26話 楽しい初デートとほんの少しの違和感 2

「2人でプリ撮るの久しぶりじゃない?」

プリクラ機の筐体に入ってから、あたしが尋ねると、紅美花が頷く。


「中学の時以来かしらね」

「そうだね。高校に入ってからは凛菜と珠洲と4人で撮ってばっかりだったもんね……」

そう言って、ほんのり寂しい気分になる。凛菜と珠洲はまるであたしと紅美花を避けるようにした学校生活を送っていたから。


「凛菜と珠洲、何か怒ってるのかな――」

そう尋ねた瞬間に、紅美花があたしの両頬を手で固定してから、唇を塞いできた。まさか、本当にチュープリを撮ろうとしてくるなんて。


あたしはその場で動けなくなった。プリクラ機が陽気な声でカウントダウンをしてから、パシャリとシャッターが光って、紅美花が口を離した。


「付き合っていきなりチュープリとかレベル高すぎない……?」

「舞音がデート中にわたし以外のことを考えるからでしょ? だから口を塞いでおいただけよ。舞音は、わたしのことだけを考えておいたら良いって、ずっと言ってるのに、約束破るからいけないのよ」


紅美花がクスッと微笑んだから、あたしは苦笑いをした。今日の紅美花は随分と嫉妬深くてかわいかった。


次の写真はキスをせずにただハグをしているだけのポーズ。あたしがペンギンを抱きしめた上から紅美花が思いっきり抱きついてきたから、ちょっと苦しかった。紅美花は中学時代にバスケ部だったからか、ちょっと力が強いんだよね……。


あたしたちはできあがった写真を確認する。あたしも紅美花も嬉しそうに撮れていて、とても良い感じだ。

「良いの撮れたねー」

ええ、と紅美花も頷いてくれた。


『初デート』とか『ラブ』とかシンプルな言葉でお互いの愛を書き連ねていって、余ったスペースにはお互いに相手のことを好きな分だけハートマークで埋めよう、という話になった。そうして、気づいたらハートだらけになっていたプリクラ写真をお互いに分け合ったのだった。


「次どこ行く?」

「どこでも良いわよ。舞音が行きたいところで、やりたいことしましょうよ」

「じゃあ、アイスでも食べる?」

「今12月よ……」

紅美花が苦笑いをする。


「でも、新しく駅前にアイスの専門店できたじゃん。あれ、めっちゃ気になるんだけど」

「こんな冷え込んでくる時期に新店舗作る方のも変わってるわよね。舞音はアイス食べたいのかしら?」

尋ねられて、わたしは小さく頷く。

「じゃあ、わたしも食べたいわ。いきましょう」


結局、紅美花もあたしに合わせてくれた。そんな優しい紅美花が大好きだけれど、いつもあたしに合わせてくれるから、ちょっと申し訳なくなるな。今度は紅美花の行きたいところ、ちゃんと聞き出さないと。


そうして、あたしたちは少し歩いて、駅前に向かった。やってきたお店は、ワンルームアパートくらいの狭いスペースにショーケースがあって、アイスクリームディッシャーでアイスを掬ってもらうスタイルのお店だった。シンプルなお店だったけれど、アイスの見た目は美味しそう。


「わたしはいちごとバニラとチョコのトリプルにするわ」

「紅美花って、やっぱりお金持ちだよね……」

「どこがよ?」

「あたし、チョコ単独にしたのに……」


「シングルとトリプルの値段そんなに変わらないじゃない?」

「変わるよ! これだからお嬢様は!」

「わたしが出すわよ?」

「いい! ダイエット中!!」

あたしが頬を膨らませると、紅美花が店員さんから受け取ったばかりのアイスをスプーンで掬ってから、あたしの口に押し込んできた、


「あ、美味しい」

あたしが満足気なのを見て、紅美花が頷いた。


「さ、席に座って食べましょう」

狭い店内に2つしかない二人がけのテーブルのうちの1つを使う。冬だからなのだろう、お客さんはあたしたち以外にはいなかった。向かい合った瞬間に、また紅美花がこちらにプラスチックスプーンの上にアイスを乗せて、身を乗り出してくる。


「はい、今度はバニラね」

「ちょっ!?」

まだ貰うとも言っていないのに、勝手に口の中にスプーンを突っ込んでくる。奥の方までつっこまれたから、咽せてしまった。


「ちょ、ちょっと紅美花!」

そう言っている間にも、紅美花はまたいちご味のアイスをスプーンに乗せてこちらに持ってくる。

「ストップストップ!」

慌てて紅美花の手首を持って、止めた。


「わんこそばじゃないんだから……」

ていうか、わんこそばでも口に直接は押し込まないのに……。


「舞音がわたしがアイス3つ買って羨ましがってたから」

「羨ましいけど、別に欲しがってたわけじゃないよ!」

「羨ましいんだったら、分けたら良いじゃない、と思っただけよ」

「だとしても、そんなノンストップで入れてこないでよ!」


「アイスは溶ける前の方が美味しいでしょ?」

「だったら、美味しい状態で紅美花が食べなよ……」

「舞音に美味しい状態で食べさせてあげたいじゃない」

「あたしだって紅美花に美味しい状態で食べてほしいよ」

だから、あたしも自分のシングルのアイスを掬ってから、紅美花の口に運んでいく。


「別に良いのに」

「あたしが納得できないから」

紅美花の口に押し込むと、スプーンが舌に触れた瞬間に、紅美花が口を閉じてアイスを舐め取った。紅美花の舌が触れている感触が、スプーン越しに伝わってくる。


「ほんと、美味しいわね」

満足した紅美花は、またあたしの口に自分のアイスを押し込んでくる。結局、紅美花はアイスのほとんどをあたしの口に入れたから、あたしが実質トリプルのアイスを買ったみたいになってしまっていた。


「あたしばっかり食べて、なんかごめん……」

「動物園の餌やりだって、お金を払って食べさせて、それを見るのを楽しむでしょ?」

紅美花が冗談っぽく笑った。


「舞音が食べてるの見るのかわいいから、わたしは大満足だわ」

紅美花が満足してくれてるならまあ、良いのかな。あたしはもちろん紅美花にアイスをいっぱい食べさせてもらえて大満足だから。


こうして、あたしたちの初デートは無事に楽しく終えることができたのだった。ほとんど普段と同じようなことをした気がするけれど、紅美花と一緒なら何をしても楽しいから、問題ない。


こんな楽しい日々がきっと、これからも当然のように続くと思っていた。このときには、月曜日になって紅美花が学校であたしと会話をしてくれなくなることになるなんて、想像もしていなかった……。

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