Ⅲ
第25話 楽しい初デートとほんの少しの違和感 1
金曜日に真沢さんも一緒に遊びに行くか確認したけれど、「初デートなんですから、2人で行ってきてくださいよ」と笑われてしまった。
「ところで紅美花、デートって何するの? あたし恋人できたことないからよくわかんないんだけど」
「知らないわよ。わたしも初めての彼女なんだから」
紅美花が呆れたように笑う。そっか、あたしにとっても紅美花にとっても初めての恋人なのか。だったら、ちょっと安心かも。間違ったことをしても、どっちもわからないし。
「とりあえず、付き合ってからはまだ撮ってないし、プリ撮ろうよ」
「良いわね。賛成」
紅美花が頷いてくれたから、あたしたちはゲーセンに行くことになったのだった。
普段紅美花と学校帰りに遊びに行くゲーセンに行くんだから、ほんと、普段遊ぶ時と全然変わらないな。ちゃんとデートできてるのかな、とちょっと心配になる。
「ねえ、あたしたちちゃんと付き合えてるのかな?」
「当たり前でしょ。そんな変なこと聞かないでよ。一緒にいて楽しいんだったら、ちゃんと付き合えてるわよ」
「じゃ、付き合えてるか」
実際、紅美花の言う通り、そんな心配は杞憂だった。あたしたちは初デートをたっぷり楽しむことができたのだから。
ゲーセンに行った紅美花は普段以上に楽しんでくれていた。あたしたちはクレーンゲームの前でかれこれ30分ほど盛り上がっていた。というか、紅美花がめちゃくちゃ必死にクレーンに向き合っていた。
「ねー紅美花ー、まだやるの?」
「取れてないんだから、やるに決まってるでしょ?」
紅美花はショーケースにおでこをくっつけながら、向こう側にいる可愛らしい大きめのペンギンのぬいぐるみをジッと睨んでいる。
「もう1万円くらい使ってるじゃん」
さすがにお嬢様の紅美花でも1万円の出費は痛いんじゃないだろうか。
「大丈夫よ。取ったら元がとれるわ」
「あのペンギン、絶対5千円もしないよ。もう元取れる段階超えてるじゃん……」
紅美花の腕を引っ張ってみて、無理やり引き剥がそうとしたのに、ペンギンから目を離さないし、まったく動く気配もなかった。
ゲームセンターのクレーンコーナーに来て、迂闊にペンギンのぬいぐるみを欲しがったのがいけなかったな。あたしが欲しがってしまったから、紅美花が本気になってしまっている。
「大丈夫よ。取れた後の
紅美花は真面目な顔をして、手元のボタンを押して、クレーンを操作しながら言う。
「もういいよ。ぬいぐるみが無くてもいっぱい笑顔見せるからさ!」
そう言って紅美花の横で満面の笑みを浮かべたのに、紅美花はクレーンゲームに夢中で、こちらを全く見てくれない。
「ちょっとは見てよねー」と不貞腐れてみる。
「ペンギン取ったら、ご褒美としていっぱい見せてもらうわ」
ダメだな。もう紅美花はすっかりクレーンゲームに集中し切っている。
必死な様子の紅美花に店員さんが言いづらそうに声をかける。
「あの……、取りやすいように位置調整しますよ?」
もうかれこれ3回くらい店員さんが位置の調整の申し出をしてくれているけれど、紅美花はまったく受け入れようとしない。
「大丈夫ですから! わたしが自力で取らないと、ペンギンちゃんのためにも彼女のためにもならないので!」
いや、ぬいぐるみもらえたらそれで嬉しいし、あたしたのためも何もないと思うけど……。
「ねえ、紅美花、そろそろ……」
そう言った瞬間に、ついにクレーンがペンギンを出口へと運んでくれた。
「あ……!」
重たそうなペンギンが、ゴトンとクレーンの取り出し口に落ちた音が聞こえた。
「やったじゃん!」
あたしが声に出すと、紅美花が「よっし!」と声を出して、あたしに抱きついてきた。そんなあたしたちの様子を見て、後ろで店員さんも小さく拍手をしてくれていた。
「やったわよ! これで舞音も満足でしょ!」
「もうとっくに満足だったよ……。でも、ありがと!!」
今日何十回目の挑戦かわからなかったけれど、確かに紅美花は自力でペンギンのぬいぐるみを取ってくれた。そうして、あたしから離れた紅美花が、ぬいぐるみを両手で抱えて渡してくれた。
「はい、プレゼント!」
ツッコミどころはいくつもあったけれど、それでもあたしのために真剣に取ってくれたのが嬉しかった。
「ありがと」ともう一度お礼を言ってから、ペンギンを抱きしめると、紅美花は満足そうに微笑んだのだった。
「また、何か返すね」
さすがに1万円かけて取ってもらったものをそのまま受け取るのももうしわけない。もちろん、受け取らない方がもっと申し訳ないので、ありがたく受け取るけど。
「気にしないでよ。わたしが舞音に取ってあげたくて取ったんだから」
フフッと紅美花が笑う。
「それはもちろん嬉しいけど、さすがに1万円分も頑張ってもらったら気が引けちゃうから……」
あたしが苦笑いをしたら紅美花が首を横に振った。
「良いのよ。本当に気にしないで。わたしに取っては1万円よりも舞音の嬉しそうな顔の方がずっと大切なんだもの」
「嬉しいけど……」
なんだか申し訳ないなぁ、と思っていたら、紅美花が少しトーンを下げて伝えてくる。
「だから、言うまでもないけど、わたしは舞音のことが本当に好きだからね? 舞音のことだけが、ちゃんと好きなんだから……」
「わかってるって。こんなとこで真剣に言われたら恥ずかしいって」
あたしは苦笑いをした。クレーンゲーム機の前で言われたら恥ずかしいな……。
それなのに、紅美花が続ける。
「もし、わたしに何かあったら、その子をわたしと思って大事にしてあげて」
今度はなんだか不安になりそうなことを言ってくる。
「なんか怖いんだけど……。ねえ、何か悩み事でもあるの……?」
「ないわよ。わたしは舞音と一緒に出かけられて、すっごく嬉しいわ」
周りから聞こえてくる無駄に明るいクレーンゲームの筐体から流れている音楽や紅美花の話してくれている内容と、ほんのり暗めの紅美花の声のトーンが合わなくて、不協和音みたいになっていたから、ちょっと怖かった。
ただ紅美花はあたしへの愛を伝えてくれているだけなのに、その裏に何か別の意味がありそうだと思ってしまうのはあたしの考えすぎだろうか。
最近好感度に振り回されすぎてしまっていたから、こんな些細な会話すら不安になってしまうのかもしれない。やっぱりメガネは返しておいてよかったな。
一人で勝手に気落ちしてしまいそうだったから、よくない考えを打ち消すみたいに、普段以上に明るい声を出した。
「そんなことよりさ、早くプリ撮りに行こうよ! チュープリ撮ろ、チュープリ!」
もちろん冗談。さすがに付き合ってすぐにキスしてプリクラ撮る度胸はないし。
あたしはペンギンを抱きながら紅美花の手を取って進む。
はいはい、と笑う紅美花はやっぱりいつもの気品溢れる紅美花でホッとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます