第24話 返却前のちょっとしたトラブル 3
「今のわたしの数値はいくらなのかしら?」
「95だよ。今まで一番いっぱい見た紅美花の数値のまま」
「なるほどね。でも、このままだと、わたしの数値ずっと95な気がするわ」
「ずっと?」
「そう、もし舞音ととっても酷い喧嘩をしても、わたしは舞音のことを大好きでい続けてしまう。まあ、それは良いことかもしれないけれどね」
「でも、ちゃんと嫌なことは嫌って言ってもらわないと困るよ」
「そうね、じゃあやっぱり無理に好きの感情を固定してしまうのは良いことではないわね。でも、問題はそれだけじゃないわ。わたしはこれからもっと舞音のことが大好きになって、正しい意味での最大値100の好感度を持って舞音を愛したくても、それができなくなってしまう。今だって、きっと本当は95どころの好感度ではないはずなのに、95で止められてしまっていて、なんだか気持ち悪いわ。まるで真っ二つに別れた腰の上に胴体をのっけて、それを持って元通りって言われてるみたい。なんだか変な感じなのよね」
「例えが怖いんだけど……」
あたしは苦笑いをする。
でも、たしかに人の好感度を勝手に固定してしまっているのは良い状態ではないだろうな。紅美花があたしのことをこれ以上愛してくれないのは嫌だ。
「どうしよ……」
「とりあえず、メガネを貸してもらえるかしら?」
紅美花に言われるがまま、メガネを渡す。
「あたしの好感度も操作するつもり?」
「そんなわけないでしょ……。2人揃って偽りの好感度で付き合い続けるカップルなんて悲しすぎるわ」
そう言って、紅美花はメガネをかけずに、手元で触れてダイヤルを触っていた。
「なんだかここ、押せそうね。試してみる価値はありそうだわ」
そう言ってから、紅美花がまたあたしにメガネを返す。
「そのつまみ、回すんじゃなくて押してもらえるかしら?」
「わ、わかった」
さすが、秀才の紅美花。一瞬でそれっぽい戻し方に気づいたみたい。そう思ってホッとしたけれど、不安な気持ちも湧いてくる。
これでもし、好感度がゼロにでもなったらどうしよう……。ボタンを押そうと思った指先が震えた。一瞬とはいえメガネの効果で好感度が急落した紅美花を一度見てしまっているから、なかなか押す勇気が持てなかった。そんなあたしの不安を紅美花は自然に汲み取ってくれる。
「大丈夫よ」
顔を見合わせたまま、そっと手を伸ばして、震えながらつまみに触れるあたしの手の上から、手を添えてくれた。
「わたしと舞音が一緒なら、何が起きても絶対に乗り超えていけるから」
優しく微笑む紅美花を見て、ホッとした。
「わかった。好感度ゼロになっても嫌いにならないでね」
「無茶なこと言うわね」
そう言って笑ってから頷いた。
「でも、わかったわ。好感度ゼロになってもわたしは舞音のことを愛し続けるわ」
紅美花があたしに顔を近づけてきて、ソッと口付けをしてからまた離れた。
「ありがと」
あたしは小さく息を吸ってからメガネの横についていたつまみを押す。
カチッと音がして、自動的に紅美花の数値が99に上がった。それを見て、ドキドキしながら尋ねる。
「ど、どう?」
「大丈夫よ、ちゃんと舞音のこと好きだし、さっきまであった感情の違和感みたいなのも無くなってるわよ」
長い髪の毛を風で揺らしながら紅美花が答えてくれた。
「良かったぁ……」
体の力が抜ける。その場に膝から崩れ落ちてしまった。
でも、これで本当にいつもの紅美花に戻ってくれた。それがあたしにはとっても嬉しかった。
まだまだクラスの子たちの好感度の不安はあるんだろうけれど、それでも紅美花と一緒なら乗り越えられる気がした。
あたしが安堵していると、カバンの中でスマホが震えた。
「真沢さんからだ!」
学校をサボったからお叱りのメッセージだろうか。少しドキドキしながら確認する。
『どこにいるのですか? 大丈夫ですか? 何かトラブルですか? 心配ですので無事なら連絡くださいね(T ^ T)』
真沢さんはスマホ越しでも硬い文章を打ってきているイメージがあったから、絵文字を打つのが意外で、ちょっと微笑ましくなる。心配をかけてしまっているみたいだから、さっさと返さないといけない。
「真沢、超怒ってんじゃない?」
「ううん、心配してくれてる」
「良いとこあんじゃん」
紅美花が笑う。
『大丈夫だよ! 普通に元気! 紅美花も一緒にいるし! あと、いろいろあって、あたしたち付き合うことになったから!』
ついでに恋人になったことも報告しておいた。また詳細は学校で会ったときにでも話そうと思う。
「あたしたちが恋人になったことも言っておいたよ」
そう言うと、紅美花が視線を逸らした。
「それは言わないほうが良かったかも……」
あたしの頭にはてなマークが浮かぶ。
「真沢さんのことまだ苦手だから、ってこと?」
昨日は仲良さそうだったけれど、やっぱり苦手意識があるのだろうか。不思議に思っていると、紅美花が頬を人差し指で掻きながら、気まずそうに伝えてくる。
「いや……、昨日見たとき、真沢の数値83だったから……」
「83!? ……ってことは」
あたしが目を見開いて聞き返すと、紅美花がため息混じりに答えてくれる。
「そういうこと。大事な恋人に隠しときたくないし。わたしは真沢に靡くことはないってことも伝えとく。真沢自身も別にわたしへの恋よりも舞音たちとの友情を大事にしたいって言ってたから問題ないと思うけど、嫌だったら関わるのやめとくから」
そう言われて、あたしは首を横に振った。
「紅美花があたしを愛し続けてくれるんだったら何も問題ないよ。あたしも真沢さんのこと好きだから、絶対距離とか取りたくないし」
そう伝えてから、「好きって言うのは友達としてってことだからね……」と念の為に付け加えておいた。
「わかってるわよ。わたしは舞音の感情を信頼してるから、わざわざ言わなくても大丈夫よ」
あたしが微笑みながら頷いたら、紅美花が続ける。
「まあ、それに、そもそも舞音に感情カンストする子だから、あの子の場合は一概にメガネの数値が当てはまらないかもしれないし」
それも一理ありそう。真沢さんは今のあたしにも好感度はかなり高いし、まだ友情と恋愛の境目も曖昧なのかもしれない。でも、本当に恋だとしても紅美花のことは絶対に渡さないけど!
そんな一波乱がありつつも、あたしたちはメガネを雑貨屋に返しに行った。使い方によっては危険なメガネだから、壊してしまっても良かったのだろうけれど、こんな高性能最先端メガネを、あたしたちだけの判断で勝手にこの世から失わさせるわけにもいかない気がした。
「これ、返しますね。料金は要りません」
「やっぱりおもちゃだった?」
雑貨屋のお姉さんがあっけらかんと笑った。
「いえ、おもちゃどころか……、めちゃくちゃ高性能でした」
困ったように伝えると、雑貨屋のお姉さんがクスッと笑った。
「なのに返すんだ」
「あたしたちには、ちょっと荷が重すぎるメガネでしたし、それに、もうメガネなんか使わなくても好感度のわかる関係の子ができたので!」
ギュッと手を組んで繋ぎながら、腕をくっつけているあたしたちを見て、察してくれた。
「なるほどね〜。お幸せにだね」
お姉さんが微笑んでくれたから、あたしたちも笑い合った。
好感度のわかるメガネはもう無いけれど、あたしにとって一番大切な人の好感度はメガネなんてなくてもわかるからもう大丈夫なのだ。紅美花という大事な恋人ができて幸せいっぱいだから、わざわざメガネで好感度なんて確認する必要もない。
あたしは紅美花と手を繋いだまま、幸せオーラ全開で店を出た。
「これで、クリスマスは恋人と一緒に過ごせるの確定だ〜」
あたしが呟くと、紅美花が「楽しみね」と返してくれた。
そんな呑気な会話をしながら、ほんのり冷たい風の吹く中、道を歩く。
あたしたちがクリスマスに思いを馳せながら店を出た日の夕方、近頃険悪ムードの珠洲が雑貨屋に入ったことは、あたしと紅美花は知るよしもなかったのだった……。
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