第23話 返却前のちょっとしたトラブル 2

「ま、舞音さま……。一体何をなさったのですか……?」

恐る恐る尋ねてくる紅美花の口調が敬語になっていてなんだか怖い。明らかに通常の様子ではないことが、さっきよりもはっきりとわかる。今にも跪いてしまいそうなくらいの低姿勢である。


「えっと……、数値が今度は大きくなりすぎたみたい」

「ど、どうしてそのようなことを……!」


困ったな、紅美花がめちゃくちゃ怒っているのはわかるのだけれど、口調も丁寧だし、表情もあたしを完璧に慕いすぎていて、全然怒られている感じがしない。


「紅美花のこと早く戻さないといけないと思って、慌てて回したら止まらなくなっちゃったみたいなんだよね」

「どうしてくれるのでしょうか。わたし舞音様のこと好きすぎて、おかしくなってしまいそうなのですけど! 舞音様に触れていないと、苦しくて仕方がないのです!」


紅美花はあたしの元にやってきて、力一杯抱きしめてくる。

「く、紅美花、苦しいよ……、ってひゃぁっ!?」

紅美花が突然首筋を舐め始めたから、変な声が出てしまった。


「ちょ、ちょっと、ここ外だよ!」

「わかっていますよ。そう思うのでしたら、一刻も早く数値を元に戻してください。本当の感情の上に布でも被せられて、別の感情が塗りたくられているみたいで、とても気分が悪くなってしまっているのですから」

「い、急いで戻すから、早くいつもの紅美花に戻ってぇ!」


紅美花の舌が音を立てながらわたしの首を這うから、背筋がゾワゾワして、変な気分になってしまいそう。外でそんな気持ちになるのは明らかに危ない。慌てて戻そうとしたのだけれど、紅美花があたしに完全に密着してきているせいで、頭上がうまく見られなくて数値が表示されない。


「ねえ、紅美花、ちょっと離れてもらって良い?」

「嫌です。舞音様から距離を取ったら、わたし寂しくてどうにかなってしまいそうです」

「別にほんの2、3歩ほど離れてくれるだけでいいんだよ?」

「無理です。舞音様から体を離すなんて、どうしてそのような酷いことを言うのでしょうか? まさか、わたしのことが嫌いになってしまったのですか!?」


見た目も声も紅美花なのに、話している内容が紅美花ではなさすぎて、混乱してしまう。どうしようかと考えている間にも、紅美花はあたしの頬にゆっくりと舌を這わせてから、唇で優しく挟んでくる。わたしは公共の場で紅美花に好き勝手されてしまっていた。


「舞音様、早く戻していただけませんか?」

「あたしも早く戻したいんだけど……」

好感度500超えってことはもはや洗脳に近い信者ってことだよね……。多分今紅美花に頼みごとをしたら、どんなことでもしてくれると思う。


「ねえ、紅美花、離れてくれないと紅美花のこと嫌いになっちゃうよ?」

もちろん、本当に嫌いになんてならないけれど、効果は抜群だったらしい。そう言った瞬間、紅美花が泣き出してしまった。

「そ、そんな……。舞音様に嫌われてしまったらわたしは……」


あたしの頬に顔の半分をくっつけながら、鼻を啜って泣き出すから、あたしの顔は紅美花の涙まみれになってしまう。メガネの効果で泣くほど感情が昂ってしまっているのだろう。可哀想になってしまい、この作戦はあたしが耐えられなかった。


「と、とりあえず、嫌いにならないから……。あたしの手でも舐めておいて」

何言ってんだろ、あたし……。でも、今の紅美花をあたしから離れさせるには、体に密着させずにできる愛し方を頼むのが正解だと思う。

「畏まりました。舞音様のご指示通りにさせて頂きますね」


そう言ってあたしの人差し指を口に含み出した。紅美花は嬉しそうにあたしの指を舐めている。恥ずかしさと申し訳なさと、指に触れる舌の心地良さが混ざり合って、変な気分になってしまう。正直紅美花に指を舐めてもらうのは嬉しかったけれど、メガネの効果で無理やりさせてしまうのは申し訳ない。


あたしはとにかく腕を目一杯伸ばして、紅美花から距離を取る。そうして、ようやく紅美花の頭上の数値が確認できたから、急いでメガネのつまみを回す。ゆっくり数値を下げていき、今度は下げすぎないように気をつけた。


「……これで95になったから、っと」

数値が元に戻って、紅美花は一瞬固まってしまっていた。

「紅美花……?」


初めはメガネで無理やり感情を弄ったせいで紅美花が壊れてしまったのではないかと怖くなったけれど、その次の瞬間にはあたしの指を慌てて口から離して顔を真っ赤にし出したから、別にバグというわけではなかったらしい。


「ねえ、舞音……」

紅美花が顔を赤くしている。

「ん?」

「わたし、もしかして公園で舞音の首筋とか顔とか必死に舐めてたりした?」

「え? うん。」


「嘘よね……?」

「本当だよ」

まだ乾ききっていない紅美花の唾液に風が吹きつけて、頬が冷たく感じられるのがその証拠。

「おもいっきり舐めてたけどなんでそんなことわざわざ確認してくるの?」


メガネの効果があったとはいえ、紅美花が意図的に舐めてきていたのだから、どうしてそんなことを聞いてくるのかが不思議だった。


「あんまり記憶がはっきりしていないのよ。まるで、舞音のことをたっぷり舐める心地良い夢を見ていた感じ? で、数値を戻されたら現実感が一気に脳内に流れ込んできて、我に返ったわ」

「そんなことになるんだね……。このメガネ、なんか思ったよりも怖いものかも……」


ただ好感度がわかるだけのメガネだと思っていたけれど、こんな洗脳に近い効果もあるなんて、危険すぎる。一刻も早くメガネをお店に返してしまおう。


「でも、紅美花が元に戻ってくれて本当に良かったよ」

「うーん、それが、元には戻っていないかもしれないのよね」

「ん……?」

なんだろ、凄く不安だ。

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