第22話 返却前のちょっとしたトラブル 1

あたしはベンチから立ち上がり、地面に投げ捨てられたメガネを拾った。

「これ、お店に返しにいくのついてきてもらってもいい?」

あたしが尋ねると、紅美花が「もちろん」と頷いた。


あたしにはもう絶対的な愛があるし、迂闊に他の人の数値を見て傷つくのも嫌だし、何よりあたしの大好きな紅美花がこのメガネをかけて欲しくないのなら、もうかけないでおく。大好きな紅美花がそう言ってるんだもん。ちゃんと従うよ。


「今までごめんね」

「何がよ?」

「あたし、紅美花が嫌がってたのにずっとメガネの数値に頼り切ってたから」

あたしが気まずそうに笑うと、紅美花が首を横に振る。


「使いたくなる気持ちもわかるし、過ぎたことはもういいわよ」

そう言ってから紅美花も立ち上がり、あたしの方にしっかりと顔を向けてきた。


「た、だ、し! もうこれからは好感度なんて気にしないこと! わたしの舞音への好感度はいつだってとっても高いんだから、それだけを信じること!」

強い口調で言ってくる紅美花に苦笑してしまう。それだけあたしに真剣に向き合ってくれてるんだろうな。


そんな大好きな紅美花の数値を、返却前に最後にもう一度だけ見ておきたかった。紅美花からの全力の愛を、数値としてもきちんと確認をしておきたかった。


あたしがメガネをかけると、紅美花が「あ、ちょっと!」と慌てて取り返そうとしてくるから、サッとかわして紅美花の頭上を見た。


「ねえ、使わないって言ったじゃん」

紅美花が呆れたようにジトっとした瞳でこちらを見てくるから、両手を合わせて謝っておいた。


「ごめんっ! 最後に後1回だけ! 大好きな紅美花のあたしへの愛を目に焼き付けときたいっ!」

「大好きな、って……」

紅美花がにやけ顔を見せてから、ため息をついた。


「ほんとにあと1回だけだからね?」

「はーい」


少しだけ頬を膨らませて冗談っぽく怒っている紅美花の頭上を見ると、数値はなんと99。あたしが満面の笑みでピースサインを紅美花に向けると、紅美花も笑ってくれた。


「満足した?」

うん、と大きく頷いてメガネを外そうとした時に、今更だけど耳にかけるテンプル部分の付近に、変なつまみがあることに気づいた。


「なんだろ……?」

メガネにダイヤルなんてあるわけないし。まあ、そんなことを言ったらメガネに好感度がわかる機能があるわけないんだけど……。


不思議に思いつつも、紅美花の方を見ながらつまみを回してみる。


「何してんのよ? 早くしなさいって」

「あれ……?」


なぜか紅美花の頭上の数値が急激に落ちていく。99だった数値が凄い勢いで落ちていって、15にまで下がってしまった。


「な、なんで……? もしかして、メガネかけたの、本当はめちゃくちゃ怒ってるの……?」

あたしは息が止まりそうなくらい怖くなる。数値的に、今の紅美花は怒ってるとかそんなレベルじゃなさそう。


「あ、あんた……。何したのよ……?」

紅美花がジッとあたしを睨んで、辛そうに肩で息をしている。その瞳が明らかに大嫌いな人を見つめるものだから、怯えながら、3歩ほど後退りをしてしまった。


一体紅美花に何が起きているのか、訳がわからなかった。


「ねえ、あたしのこと嫌いになっちゃったの……?」

「ええ、大っ嫌いだわ……。顔も見たくないくらい……」

紅美花の言葉がナイフみたいにあたしを刺してきたから瞳が潤む。


「な、なんで……。紅美花が一瞬であたしのことを嫌いになっちゃった……」


わけわかんないんだけど……。


あたしはその場に膝から崩れ落ちてしまった。瞳から落ちる涙が、ボトボトと砂の上を濡らしていく。


そんな様子を見て、紅美花が自分の頭を思いっきり手のひらで叩いてから、首を横に振った。


「違う! 大好きに決まっているわ。それなのに、なぜかわからないけれど、大好きな舞音の顔見たくないくらい嫌いになってる……。違うの、好きなの。助けて欲しいのはわたしなのよ! 何が起きてるのよ!」


紅美花自身も何が起きているのかわかっていないらしい。あたしがわけもわからずに黙って泣いていると、紅美花が思いっきりこめかみを抑えて「ああ、もうっ!」と苛立った声を出した。


「何したかって聞いてんのよ! 泣かないでよ! 絶対におかしいわ。舞音のことが大好きって感情が上から無理やりマジックで塗りつぶされたみたいだもん!」

紅美花はあたしの胸ぐらを掴んで必死に尋ねてくる。


「ねえ、ほんっとに早く答えなよ。わたしに早く舞音を愛させなさいってば!」

「わかんないよ……」

そう答えてから、紅美花の態度が豹変する直前に、メガネのつまみを回したことに思い当たった。


「このメガネのつまみを回したの……」

「つまみ?」

紅美花が舌打ちをして、あたしが耳の付近を指差した先にあるつまみを見た。


「なによ、それ?」

「わかんないよぉ」

あたしがわんわん泣いてしまっていると、紅美花がパシッと頭を叩いてくる。


「ねえ、ほんとにやめてって。大好きな人を勝手に大嫌いな人に変えさせたくせに、あんたの方が泣かないでって! 泣いている暇があったら、一刻も早く戻してよ、鬱陶しい!」

「でも、戻し方が……」

「つまみ、とりあえず逆方向に回してみなよ、鬱陶しいわね、バカ……! ……バカじゃない、鬱陶しくない、愛してる!」


紅美花が顔を歪めて苛立ちながら愛してくる。情緒がめちゃくちゃになっているみたいだ。そりゃそうだよね。好感度99が突如15になったんだもん。言うまでもなく、紅美花の方が辛いに決まってる。


とりあえず、紅美花に言われた通り、つまみを逆方向に回してみた。

「あ、増えてる……!」

紅美花の頭上の数値が一気に上がっていく。


「早く元に戻さないと……!」

一刻も早く元の好感度の数値に戻したいあまり、大急ぎで回したら、回しすぎたのか止めた後も紅美花の頭上の数値は増えていく。

「あ、あれ……?」


増え続けた数値が止まった時には、頭上の数値が560というヤバい値になってしまっていた。紅美花はハートでも浮かべていそうなトロンとした瞳で、あたしのことを見つめてきていたのだった。

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