第21話 ちゃんとわたしを見なさいよ! 3

少し時間が経ってから、紅美花が小さく息を吐いた。


「けど、本当は、こんな舞音が弱っている時に言いたくなんてなかったわ」

「え?」

あたしが聞き返すと、紅美花が小さく笑った。


「舞音のこと愛してるって、もっとちゃんとした時に言いたかった」

「あたしは嬉しかったよ。紅美花のキス、すっごく気持ちよかったから、大事な思い出にするね。ただ、紅美花はちゃんと彼氏さんのこと大事にしてあげなよ……」


彼氏がいるのにあたしにキスをしてまで大好きだって言ってくれた紅美花には、ちゃんと彼氏と幸せになってほしい。あたしは泣きながら笑ってでも、紅美花と彼氏の仲を応援するんだから……! 


あ、でも、心の中では嫉妬心だしちゃうんだろうな。紅美花の恋人なんて立場、羨ましすぎて泣きそう。


紅美花は「気持ち良いって……」と手を繋いでいない方の手で恥ずかしそうに唇を押さえてから首を横に振る。


「ごめん。あたし、舞音に嘘つてたのよ……」

「嘘?」

「あたし、嘘つきだから……。舞音のこと好きってことも全然言わなかったし、本当はいないのに彼氏がいるなんて言っちゃったし……」


「彼氏いなかったの!?」

思わず目を見開いて紅美花を見つめた。


別に嘘をつかれたことはいいけれど、普段あたしに嘘なんて全然つかない紅美花がそんな嘘をついたのが不思議だった。


「なんでそんな嘘ついたのさ……?」

「だって、そうでもしないと舞音がわたしのこと見てくれないと思ったんだもん………」

「ってことは、そんな前からあたしのこと好きでいてくれたんだね……」


紅美花があたしに彼氏がいるって言ってくれたのは半年前だから、少なくとも半年以上の間、紅美花に愛してもらえてたんだ。嬉しいな。


でも、それに気づけなかったあたし、鈍すぎる気がする……、と自分のことながら呆れてしまう。


紅美花があたしのことをずっと好きでいてくれた嬉しさと、全然気付いてあげられなかった申し訳なさと、その両方の感情があった。ずっと一緒にそばにいてくれた紅美花があたしのことここまで愛してくれていたなんて、全然思いもしなかった……。


でも、ちゃんと感情がわかって良かった、とホッとしたし、メガネで数値を見たところで、わからないものはわからないんだな、と理解した。だから、ちゃんとあたしもメガネの数値ではなく、自分の言葉で伝えよう。


メガネで見た数字は恋じゃなかったかもしれなけれど、あたしの紅美花への本当の気持ちは、78とか79とか、そんな小さな数字じゃないよってことを。


「あたしも好きだよ、紅美花のこと」

「親友として好きなのはもうとっくに知ってるわよ」

紅美花が苦笑いをしたから、あたしは首を横に振る。


「もし紅美花が男子だったら紅美花と付き合いたいってずっと思ってたよ。けど、女子同士で付き合うなんて言ったら、紅美花が困るって思ったから言えなかっただけ」

「舞音は優しいから、わたしの気持ちを無下にしたくないってだけでしょ?」

紅美花が諦めたように笑った。


「そう思う?」

あたしは少し身を乗り出して、紅美花の正面に顔を持っていく。いきなり顔を近づけたから、紅美花は不思議そうにしていた。

「どうしたのよ?」


首を傾げた紅美花の唇に、今度はあたしの方からソッと口付けをした。あたしが顔を離した時には、紅美花はさっきよりももっと顔を赤らめていた。


「な、何のつもり?」

「あたしたち、今から彼女でしょ?」

あたしがクスッと笑うと、紅美花が俯く。


「だ、だから、舞音は優しいから、気を使ってオッケーしてくれてるんでしょ?」

「じゃあ、紅美花の方からあたしのこと振る? 好きじゃないんだったら振っていいよ」

「そ、そんなことできるわけないじゃない! 大好きな舞音のこと振るなんて絶対に無理!」

「じゃあ、どっちも好き同士なのに、付き合わない理由はないんじゃない?」

「……舞音はそれでいいの? 今メンタル的に弱ってるんだったら、そのせいで、わたしの告白聞いて、好きだと勘違いしてるんじゃ……」


なかなか素直になってくれない紅美花の高い鼻先をあたしはツンと触った。紅美花は驚いて一瞬目を瞑ってから、大きく目を見開いて、ジッと見つめてくる。


「しつこいよ。あたしが好きって言ってるんだから、もういいじゃん。それに、あたしの気持ちは紅美花が恋人になってくれたら、弱らないんだから、メンタルが弱ってるとかは関係ないんじゃない?」


「じゃ、じゃあ、本当に舞音はあたしの彼女になってくれるってこと?」

「そう言ってるじゃん。あたしたちは親友から恋人になったんだよ」

あたしは繋いでいない方の手を紅美花の背中に回しながら、座っている紅美花に抱きついた。


「嬉しい……」と言ってくれている紅美花の声は涙声だった。

「あたしも嬉しいよ。これからもずっと、あたしのこと愛していてね。あたしも紅美花のこと、ずっと愛してるから!」


そのまま首筋にキスをしたら、紅美花の髪の毛が口に入ってしまった。あたしの唾液で綺麗なサラサラ髪を汚しちゃってごめんね、と心の中で謝りながらも、ちょっと咥えてみてしまった。無機質なはずなのに、ほんのり甘い味がするように思えた。


なんだか、紅美花の全部が好きだな。あたしのこと今から紅美花にメガネをかけて見てもらったら数値はカンストしてるかも。


「数値見てよ」

「見ないわよ」

「ずっと低い数値見られてたから、ちゃんとあたしが紅美花のこと好きだってこと見て欲しいのに」

「そんな数値見なくたって、わたしは舞音のこと信じてるから大丈夫よ。……だから、舞音もちゃんとわたしのことを信じなさいよ?」


「わかった」とはっきり口にした。紅美花の感情は疑わないようにしよう。大事な彼女のことは疑わない!


そうして、紅美花からの感情をはっきり理解した今となっては、紅美花からの好感度95という数値は紅美花があたしを愛してくれているという意味だったんだなということが確実にわかる。


それに、あたしが紅美花のことが大好きなのに、78とか79だったのは、あたしにとって、紅美花のことは恋愛対象に入れてはいけない子だと思っていたから、友情と恋愛のボーダーである80を超えてくれなかったということも理解した。紅美花のことを恋をしてはいけない相手と思い込んでしまっている間は、80はきっと超えてくれなかったんだと思う。


あ、でもそう考えたら告白してくれた斉藤くんは85だったから、本気で恋してくれていたんだ。ちょっと申し訳ないことしちゃったかも。もちろん、あたしは紅美花が大好きだし、紅美花の方があたしのことを大好きだから、これが一番いい形なのだけれど。


「ねえ、舞音……」

紅美花が申し訳なさそうに声をかけてくる。

「ん?」と呑気に返事をした。

「そろそろ手離していい? わたしの手汗だくになっちゃってる」

恥ずかしいそうに俯きながら紅美花が言う。


「あ、ほんとだ。べちゃべちゃだ」

紅美花の手が緊張のせいでかなり湿っているのが、可愛らしかった。


「しょ、しょうがないでしょ! さっきからずっと心拍数が大変なことになってるんだから!」

「ご、ごめんって。ちょっと揶揄っただけだよぉ」


拗ねかけていた紅美花を慌てて宥める。でも、拗ねた紅美花の顔も、とっても可愛らしかった。

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