第20話 ちゃんとわたしを見なさいよ! 2

「ここで良いかな?」

「どこでも良いわよ。舞音が行きたいところはわたしの行きたいところだから」


やってきたのは中学生の頃から学校帰りに2人でよく立ち寄った公園。あたしたちは誰もいない公園で手を握ったままベンチに座った。


普段は小学生が遊び場にしている公園だけれど、今はみんな学校に行っている時間。だから、あたしたちは2人きり。


もう手を離しても良いのかもしれないけれど、紅美花があたしの手を離したがるまでずっと繋いでおきたかった。


「なんだか世界にあたしと紅美花2人だけになったみたい」

それだと人の好感度なんて気にしなくても良い世界だから、良いなあ。でも、真沢さんもいてくれた方が楽しいから、3人だけの方が良いかな。


そんな気持ちと、今は紅美花と2人きりになりたい気持ちが混在していた。


「良い世界ね。わたしと舞音、2人だけ」

紅美花はあたしの方は見ずに、前をみつめながら静かに呟いた。


「ねえ、紅美花。あたしが弱虫なだけっていうのはわかってるんだけどさ、やっぱりみんなの数値が低くなってて、それがすっごく怖いんだよね……。別に実際に何かされているわけでもないのに、こんなんじゃダメだよね……」


「ううん、そんなことないわ。実際に数値が見えているのだから、気にしてしまうのは仕方の無いことだと思うわ。まあ、だからあれほどメガネを使いすぎないようにと言ったつもりなのだけれどね……」

紅美花が困ったように笑った。


「ごめんね、紅美花はずっと教えてくれてたんだから、使わない方が良いのはわかってるんだけどさ……」


紅美花の頭上の数値を伺うようにチラッと見ると96だった。普段よりも高いけれど、さっき玄関で見た時よりも下がっている。普段なら気にならないけれど、紅美花にも見捨てられてしまうのではないかという感情がやってきて、怖くなってしまう……。


「ね、ねえ、紅美花数値下がってるよ。怒ってるの……?」

「何言ってんのよ。普段以上に舞音のこと好きよ?」

「嘘だ、下がってるもん。さっき97なのに、今96。……今93になった」

「それは舞音が変なこと言ってるからでしょ……」


「紅美花、見捨てないでよ。あたし、紅美花にまで見捨てられたら……」

じんわりと瞳に涙を浮かべていると、紅美花が大きな声を出した。

「バカじゃないの!!!」


そう言って、紅美花はあたしの手を握っていない方の手でメガネのつるを触って、あたしの顔から外してしまう。そして、思いっきり放り投げてしまった。


「ちょ、ちょっと! 何するの!!」

砂の上にメガネが着地する。誰もいないからよかったけれど、一歩間違ったら誰かに踏んで壊されちゃってたかも。


「わたしの舞音を思う気持ちを舐めんな!!」

紅美花が至近距離で睨んでくるから、その真剣さに圧倒されそうになってしまう。

「く、紅美花……?」


「わたしは舞音のこと傷つけるのは何であっても許さないの。それがメガネであっても」

「だからって、捨てないでよ……」


あたしは急いでメガネを取りに行こうと思ったけれど、紅美花がしっかりと手を握ったまま座っているから、取りに行けそうにない。


「取りに行くから、離して」

「ダメよ。舞音の手は離さないわよ」

紅美花が握る手のひらにさらに力を加える。


「ねえ、誰か持って行っちゃうかも。気付かずに踏んじゃうかも」

「誰か持って行ってほしいし、気付かずに踏み潰してほしいわ」

紅美花が真面目な顔で答える。


「ほんとにやめてよ、今ふざけてる場合じゃ――」

「ふざけてない。あたしはずっと真剣よ」


静かな声だけれど、あたしの心をしっかりと引く真剣な声。思わずメガネから目を離して、紅美花の顔を見てしまった。潤んだ瞳があたしを見つめていた。


「紅美花……?」

「ねえ、そろそろあたしのこと、ちゃんと見てよ。レンズ越しの数字じゃなくて、あたしのこと見てよ……」


紅美花が手を握っていない方の腕であたしのことを抱きしめてくる。耳元では、紅美花が啜り泣く声が聞こえてきていた。


「……ちゃんと見てるよ」

「嘘ばっかり! 見てるんなら、そろそろ気づいてよ……」


何に気づけば良いのか、考えないようにした。したけれど、それが特別な意味のある言葉だということは紅美花の昂った感情から嫌でも想像してしまう。


まさか、ね。


「ごめん、紅美花わからな――」

「良い加減にしてよ! 今日はもう許さないから」

「許さないって、嫌いってこと?」

「まだそんな酷いこと言うわけ?」

「酷いことって……。何がさ……」


そう聞いた瞬間に紅美花のあたしを抱きしめる腕にギュッと力がこもった。力任せに紅美花があたしを抱きしめてくる。絶対に離さないという強い意志のこもっている抱きしめ方だった。


「痛いよ……」

「ちょっとくらい痛い思いしなさいよ! わたしはずっと舞音のせいで心を痛めてるんだから!」


紅美花があたしを抱きしめるのをやめて、顔を向き合わせる。荒くなった紅美花の呼吸も、頬を伝う涙も、全部間近で理解させられる。


「わからせてあげる。舞音が見て見ぬふりをするのなら、嫌ってほどわからせてあげる。この世界には、あんたに拒まれたって嫌ってあげないような、とっても自分勝手に舞音のことを愛している人間がいるってことを!」


目と鼻の先に顔を近づけた紅美花の必死の感情が全力で伝わってくる。


受け入れたい……。ううん、受け入れさせてほしい。


大好きな紅美花の目一杯の愛を、全力で受け入れさせてほしい。


あたしがしっかりと頷くと、紅美花の唇があたしの唇に触れる。必死なキスだった。


王子様が目を覚さないお姫様を起こそうとしているような、心の底に訴えかけてくるようなキスをされた。舌も鼻先も押し付けてくるみたいに、あたしのことを必死に愛してきた。


口内が紅美花で満たされていく。体の全てが紅美花の愛で潤っていく。


紅美花が必死にキスをしながら、再びあたしの背中に腕を回して抱きしめてくる。そのまま、体重をこちらにかけてきて、ベンチの上で重なってきた。あたしの上に覆い被さりながら、また紅美花がキスをする。


温かい日差しの中、ほんのり寒かった体が徐々に温まっていく。


わかったよ、紅美花。あんな数字じゃわからない紅美花からの全力の愛、受け取った。


あたしはソッと紅美花の体を引き離した。


「ありがと……」


紅美花は何も言わずに小さく頷く。口元に付いた唾液をソッと拭ってから、頬を赤くして、またベンチに座り直した。


一通りキスが終わっても、不安な感情を持っていたあたしのために、ずっと手はまだ握ったままにしてくれているのが嬉しかった。


この手はまだしばらく離したくはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る