第19話 ちゃんとわたしを見なさいよ! 1

目が覚めたら外から明るい光がうっすら差し込んでいるのが鬱陶しくて、カーテンを開ける気にもなれなかった。なんだかお腹も痛いし、起き上がるのに時間がかかった。


学校に行って、また数値が下がってたらどうしようかと思うと怖くて、普段よりも体が重い。

「でも、行かないと……」


虐められているわけでもないし、実害が出ているわけでもない。そんな状態で学校に行かないわけにはいかないし、昨日のことがあって今日休んだら、紅美花や真沢さんも心配してしまうと思う。


一応朝の支度をしようと思って、普段よりもずっと時間をかけて準備をしていく。食事は胃を通りそうにないから、水だけ飲んだ。あたしが大きくため息をついたタイミングで家の呼び鈴が鳴ったから、ママが玄関へと向かう。


「紅美花ちゃん来てるわよ?」

「え……?」

戻ってきたママに言われて、驚いた。


普段は紅美花とは学校の最寄駅でバッタリ会って一緒に行ってることが多いのに。今日はわざわざ家まで来てくれたんだ。


「ごめんね、すぐに用意するから」と無理に作り笑いを浮かべながら、玄関先で紅美花に伝えた。


「学校行けそう?」

紅美花が心配そうに尋ねてくる。


「何言ってんのさ。もちろん行くよ」

「なら、いくらでも待ってるからゆっくり準備してきな」

うん、と小さく頷いておいた。


本当は行きたく無いけれど、別に虐められているわけでもないのに、ただ好感度が低くなっていただけで行かないなんて変な話だと思うから。


それにきっと、その好感度だって、メガネをかけていなかったら本来気づかなかったはずのものだろうし。不要なものを見てしまったせいで、現実を知ってしまったと言うことなんだろうな。


「あたし、人の感情に鈍かっただけで、実はみんなから嫌われてたのかな……」


紅美花が初めからメガネなんて付けないでって、何度も忠告してくれていたのに。聞く耳を持たなかったせいでこんなことになってしまったのだ。


素直に紅美花の忠告に従っておけば良かったと今更後悔しても遅いんだろうな。好感度のわかるメガネなんてつけてても碌なことにならなかった。


初めてメガネをかけてみんなを見た日には好感度は別に低くなかったから、これだけ低いのは不思議ではあるけれど、今の低い状態がきっと正しいみんなからのあたしへの評価なんだろうな。


そう思うと、瞳が潤んでくる。もしかして、あたしは無意識の間に色々な人を傷つけ続けていたのだろうか……。


「おまたせ、紅美花」

そう言って、ついうっかりいつもの習慣で、あれだけ恐怖心を抱いていたはずの好感度のわかるメガネを付けてしまっていたことに気づいた。


「あっ」と小さく口に出してから、紅美花の頭上を見てしまった。


メガネ越しの紅美花の数値が97になっていたのを見て、あたしの瞳から一気に涙がこぼれおちる。こんな弱っているときに、紅美花からの全力の愛情を見させられたら泣いてしまうに決まっている。


「ど、どうしたのよ!?」

紅美花が目を見開いてから、あたしのことを慌てて抱きしめる。

「ご、ごめんね。違うの……」


玄関前で泣いていて親にバレたら嫌だから、紅美花から体を離して、急いで紅美花の手を引っ張って、家から出て歩いた。


どこに行くのかも決めていない。ただ、無意味に歩いた。歩いている方向は駅からは逆側だったけれど、紅美花は何も言わずにあたしが引っ張る方向についてきてくれたのだった。


紅美花は、あたしが話そうとするまで無理に聞かないし、あたしが止まろうとるするまで止まらない。だから、10分ほど動いて、ようやく立ち止まるまで、あたしたちは何も会話をせずに歩き続けた。ただ、泣き声だけを響かせながら。


そうして、ようやく我に帰って、手を繋いでいない方の手で涙を拭った。大きくて柔らかい、優しく包み込んでくれるみたいな紅美花の手は離したくない。縋らせて欲しかった。


「ご、ごめん。学校遅刻しちゃうよね」

遅刻しちゃう、というよりも、駅から逆方向に歩いたからもう絶対に間に合わないと思う。


申し訳なさそうに謝るあたしに、紅美花は優しい声をかけてくれる。

「どこに連れて行ってくれるのかしら?」


「紅美花、今まで学校無遅刻無欠席だったよね……」

紅美花は薄めのブラウンカラーに髪の毛を染めているし、ふんわりと巻いているから派手目に見えるけれど、根はお嬢様で真面目だから、学校をズル休みなんて普段はしない。


紅美花の家は結構厳しいから、学校から電話が入ったりしたら怒られちゃうかもしれない。それなのに、紅美花は楽しそうに言う。


「無遅刻無欠席とかどうでもいいわよ。舞音と一緒に学校サボって遊びに行くとか、そんな楽しいことはどんなことよりも優先したいわ」

「ありがと……」


あたしは申し訳なく思いながらも紅美花にサボりを付き合ってもらった。あたしにとっても初めてのサボりだった。


またしばらく、手を離さずに、のんびりと歩いていく。どこに行こうかとあたしが決めるまでは、きっと紅美花はどこまでも一緒に歩いてくれるのだと思う。あたしが止まらなければ日本縦断くらいしてくれそうな勢いで、全てを任せてくれていた。

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