第18話 みんなの数値が怖い 2

その日は一日中、学校の授業には集中できなかった。メガネはかけていなかったけれど、クラスメイトの頭上に見えないはずの低い数値が見えているような幻覚に囚われて、集中できなかった。


休み時間になるたびに、紅美花と一緒に教室の外に出て、2人きりで過ごした。紅美花からは何度も、保健室に行くかどうか尋ねられたけれど、あたしは首を振った。保健室に行くという変わった動きをすることすらも、みんなの好感度が下がる要因になるのではないかと思うと、怖かった。


凛菜と珠洲は一言もあたしに話しかけてはくれなかった。2人の数値は今どうなっているのか、怖くてとても確認できなかった。


その日の授業が終わり、ホームルームが終わった瞬間に、紅美花が立ち上がってあたしの手を引っ張る。


「舞音、帰るわよ」

「え、うん……」


慌ただしくカバンを持って強引に立ち上がらされる。途中、出口までの間に座席のある真沢さんの手も紅美花が引っ張る。

「真沢も早くしなさい」


紅美花に言われて真沢さんが首を傾げながらも、手を引っ張られるがままに立ち上がらされて、一緒に帰る。廊下を早足で歩く紅美花は、カバンを肩にかけて、あたしと真沢さんの手をそれぞれの手で握っているから、歩きにくそうだった。


そのまま急いで学校を出ることになったから、クラスメイトの視線の恐怖心からは今日のところは解放された。。


「ね、ねえ、紅美花どういうこと?」

学校を出てしばらくしてからあたしが尋ねると、紅美花は立ち止まった。

「ずっと顔が青いままの舞音のことを教室に置いておきたくなかったのよ……」


「あの、何かあったんですか……」

紅美花を挟んで向こう側から心配そうに真沢さんがあたしの方を覗き込んでくる。


「舞音の顔見てわからないの? 嫌なことがあったのよ!」

「いえ、いつも通りかと……」

「なんでこんなに違うのにわからないのよ。やっぱり真沢は鈍いわね」

「多分、青梅さんだからわかっているのだと思いますよ……」


確かに紅美花ならメガネをかけなくてもあたしの感情全部理解してくれそうな頼もしさがあるな……。


「とりあえず、真沢を信じるわよ?」

「何がでしょうか……」

困惑する真沢さんのことを気にせず、紅美花があたしの方を目力の強い瞳で見つめてくる。


「舞音! メガネかけて!」

紅美花がブレザーの内ポケットからメガネを取り出して渡してくる。


「なんでいきなり……?」

「いいから!」

紅美花が強く言ってくるから、とりあえず言われるがままにメガネをかけた。


「真沢を見て!」

そう言うことか。紅美花が何をしたいのか理解した。


あたしは紅美花の言う通りに恐る恐る真沢さんの頭上を見つめる。そして、数字を確認してから「良かった……」と小さく胸を撫で下ろした。


「76、真沢さんはあたしのこと嫌いじゃないみたい……」

「もちろんですけど……」

真沢さんが不思議そうに首を傾げると、紅美花が大きな声を出す。


「えぇっ!? ちょ、ちょっと、76って……! 真沢! あんたほぼ好きじゃないのよ!」

「ほぼ好き?」とあたしは首を傾げた。76はほぼというよりも充分好きの範囲だと思うけど。


「私は青梅さんたちと違って友達が少ないからちょっと仲良くなっただけでも好感度は上がりやすいのではないでしょうか……? ましてや、初めは100を超えていたわけですし」

「言ったな? なら、あんたの基準点を見せろー!」

紅美花が鼻息を荒げてあたしの眼鏡を取りあげた。


「ほんとに高いのかどうか、あたしへの数値で確認してやるわ!」

そんな興奮気味の紅美花に対して、真沢さんは冷静に対応していた。


「見ても良いですけれど、何が見えても知りませんよ?」

「わたしは舞音以外の好感度は低くても何も問題ないわ」

そう言って、紅美花が真沢さんの頭上を見て固まった。


「……え?」

「勝手に見たのは青梅さんですからね?」

紅美花が目を逸らしたのを見て、真沢さんが大きくため息をついた。


「ごめん……」

「別に良いですよ。見られて困るものでもないですし」

「わたしが困るんだけど……」

「だから、言いましたのに」

真沢さんはもう一度ため息をついた。


紅美花は一体何を見てしまったのだろうか、と不安になる。真沢さん、紅美花のこと嫌いだったのだろうか。


そんな心配をしていると、紅美花があたしの方に近づいきて、手を握ってきた。柔らかく、包み込むような手に気持ちが和らぐ。


とはいえ、なんでいきなり手を握ってきたのだろうかと不思議に思っていると、紅美花がしっかりとした声で、「ごめん」と真沢さんに謝っていた。


「理解した上で、ですよ。そんな青梅さんの感情も含めてのこの数値なのだと思っていますから」

なんだか2人の会話は暗号みたいだった。


いつの間にか仲良くなっていてくれて嬉しいけれど、ちょっと嫉妬しちゃうかも。それに、今の状況的には少し寂しいかも。紅美花と真沢さんもそのうちあたしを見捨てて2人で仲良くしちゃうのだろうか。


そんな小さな不安を感じていると、紅美花がちょっと気まずそうに笑う。


「と、とりあえずさ、また昨日みたいに3人でどっか寄って帰ろうよ。あたし、美味しいクレープのお店知ってるから、みんなで行こうよ!」

普段以上に紅美花が元気な声を出した。


「もちろん良いですけど」

あたしより先に真沢さんが了承する。


どうしよ、正直遊びに行きたい気分じゃない。みんなの下がり切った好感度の謎も全然解けてないし、もしかしたら、あたしが何か変なことをして紅美花と真沢さんにすら嫌われたりしたら……。


息が荒くなってきて、周りが暗くなってくる気がした。


「顔色悪いわよ」

不安いっぱいのあたしのことを紅美花がギュッと抱きしめてくれた。


紅美花の胸元に強引に顔を埋めさせられる。紅美花の心臓の音が普段よりも速い気がする。あたしの心臓の音も普段よりも速い。そんな些細なことに、仲間意識を感じられた。


あたしはギュッと紅美花の背中に巻き付くように抱きつくと、紅美花があたしの背中をゆっくりと撫でてくれた。


「大丈夫?」

「ごめん、今日はちょっとやめときたいかも……」


あたしが紅美花からの誘いを断ったのは、多分これが初めてだと思う。紅美花は小さく頷いてから、「わかったわ」と納得してくれた。


「その代わり、家に帰ってから辛い気分になったら、あたしのことを思い浮かべること……!」

紅美花が少し顔を赤らめていた。


あたしは頷く。

「わかった。紅美花のこと、考えとくね」

気落ちしているせいでうまく笑えず、笑顔が引き攣ったから、紅美花が嫌な気分になっていないか心配になったけれど、とくには何も言われなかった。


代わりに、「ごめん、今日は無しにするわ」と真沢さんにも伝えていたのだった。

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