第17話 みんなの数値が怖い 1

次の日の朝も、あたしはいつものように紅美花と一緒に教室までの廊下を歩いていた。いつもと何も変わらない、紅美花と2人で教室まで向かう楽しい時間。


「ところで、昨日紅美花と真沢さんのこと2人きりにしちゃったけど、喧嘩とかしなかったよね……?」

あたしは昨日のことがちょっと心配だった。


放課後に教室に戻った時点で2人で一緒にいたとはいえ、元々は仲の悪い2人だかったから、あたしがいなくなることで、ファミレスの店内で険悪な雰囲気とかになってしまっていたら、申し訳なかった。


あたしが恐る恐る尋ねたら、紅美花が真面目な口調で答えた。

「大喧嘩したわよ」

「ちょ! 何してんの!」


お店の人に迷惑かけてないよね……。不安そうに紅美花の顔を見上げたら、紅美花はクスッと笑った。


「冗談よ。真沢は案外良い子だった。真沢のこと見直したわ」

「良かったぁ……。もう、怖いこと言わないでよね……。紅美花なら真沢さんと喧嘩しかねないんだから!」

「はいはい、わかったわよ」


そんな風に、いつもと同じように教室に入る瞬間までは、紅美花と一緒にいられる楽しい一日を過ごせるはずだった。けれど、教室に入った瞬間のクラスメイトの数値を見て、あたしは「えっ」と息を呑んだ。


あたしの横で紅美花が「どうかしたの?」と普段と変わらない調子で尋ねてきたから、慌てて紅美花の数値を確かめた。95という普段通りあたしと仲良くしてくれている証の数字が、まるで輝いて見えた。


いつもと同じ数値を見て、あたしは無意識のうちに、小さな子どもみたいに紅美花の小指を握ってしまっていた。紅美花以外の全部が信用できなくなりそう。紅美花に触れてなきゃ、怖くて教室に足を踏み入れなさそうだ。


「どうしたのよ……?」

紅美花が今度は恐る恐るあたしに尋ねてきた。紅美花もあたしが何かに気づいたことを察してくれたらしい。


「ねえ、ほんとにどうしたのよ?」

黙っていたら、紅美花があたしの顔を覗き込んでくる。その綺麗な顔だけずっと見ていたかった。ここが教室でなければ、きっとあたしは紅美花に思いっきり抱きついていたと思う。


「ねえ、あたし、何かしたのかな……」

紅美花にだけ聞こえるくらいの大きさの声で呟いた。あたしの小さく震えた声を聞いて、紅美花がさらに慌てた。


「だから、どうしたのよ!?」

「みんなの数値すっごい下がってるんだけど……」

出てきた声は吐き出した空気に混ざるようにして消えてしまいそうな、ほとんど声になっていない声だった。


もちろん、本当の意味で全員の数値が下がっているというわけじゃないけれど、だいたい7割くらいのクラスメイトの数値が明らかに大きく下がっている。今まで凛菜以外で嫌われれていることを示唆する数値は見たことなかったのに。


そういえば、仲良しグループのはずの凛菜の好感度は5だったんだっけ。あの時は真沢さんのカンスト数値に気を取られてメガネの数値をそこまで信用してなかったから、なんとなく気にしないでいられた。


けれど、結局このメガネの数値は真実だったのだ。ということは、凛菜のあの低い数字も真実なんだよね。


不安の感情が大きな波みたいに押し寄せてきて、体がふらついて倒れ込みそうになったところを、紅美花が正面からソッと支えてくれた。自然と紅美花に抱きしめられるみたいになる。


紅美花の体、あったかくて柔らかいな……。


ずっと紅美花の体に倒れ込んだまま、抱きしめられていたかった。


「大丈夫?」

紅美花が尋ねてくるから、あたしは胸の中で小さく頷いた。

「本当に大丈夫なのね?」

あたしはもう一度小さく頷いら、紅美花がゆっくりと体を離した。


紅美花がゆっくりとあたしの手を引いて、教室の隣同士の席に向かう。温かい紅美花の手に触れていると、なんだか守られているみたいな気分になる。手に触れている間だけ無敵みたいな、そんな気分。


けれど現実は、周囲からの刺々しい視線がノンストップに続く攻撃みたいにあたしの心にチクチクと刺さっていく。


怖いな。みんなの視線ってこんなにも怖かったっけ。無意識に紅美花の手に触れる力が強くなったら、紅美花のあたしを握る手の力も強まった。


そして、小さいけれど、しっかりとした声を出す。


「かけちゃダメ!」

有無を言わさず紅美花はあたしの顔のメガネを取った。


メガネを取られたら当然数字は消える。けれど、見えない数字があたしを襲ってくるみたいで、不安な気持ちは消えてくれなかった。


今もみんなの頭上の数値が下がり続けているのではないだろうか。そんな不安な気持ちを持って俯きがちに座っていると、紅美花が手握ってくれていた手を離してから、今度は背中側から腕を回してくる。後ろから顔をあたしの頭にくっつけながら、ギュッと抱きしめてきた。


「あたしの数値、見たでしょ?」

「うん、紅美花は高いままだった」

「なら、あたしのことだけ考えたらいいわ。舞音はあたしのことだけ考えていなさい」


澄んだ声でしっかりと言い切った後に、慌てて紅美花が言い直す。紅美花があたしを抱きしめてくれている腕に力が入ったから、ちょっと痛かった。


「あ、えっと……、あたしのことだけって言うのは、あたしの数字ってことよ!」

「わかってるよ」と苦笑いをすると、「わからないでほしかった……」と聴力検査くらいの小さな呟きがきこえてきた。


どっちなのさ、と心の中で突っ込んでみたけれど、それを口に出すまでの元気はなかった。


後から教室に入ってきた凛菜や珠洲の頭上の数値を本当は見たかったけれど、今メガネは紅美花のブレザーの内ポケットに入れられているから、見ることはできなかった。


一応、先日好感度が超低かった凛菜は朝の挨拶を返してくれたけれど、珠洲は返してくれなかった。まさか、珠洲もあたしのことを嫌っているのだろうか……。


多分あたしの声に元気がなさすぎて聞こえなかっただけなんだろうけれど、メガネの数値のせいで良くない考えが頭に浮かんでしまっていたのだった。

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