第16話 紅美花と美沙子 2

「もしよかったら、青梅さんが鈴川さんのことを好きになった話、もっと詳しく教えてもらってもよろしいですか?」

「え?」

「なんだか鈴川さんのことを話している青梅さんは可愛らしいですし、私ももっと2人のことを知りたいですから」


「あんたに可愛らしいって言われても嬉しくないんだけど」

「鈴川さんに言われたかったですか?」

紅美花が素直に頷いたら、美沙子がクスッと笑う。


美沙子から恋バナを求められているなんて、なんだか不思議だ。正直、昨日までなら鼻で笑っていただろうけれど、今の美沙子に対して、紅美花はとくにネガティブな感情はなかった。


舞音に優しくなってくれた彼女は、もはや舞音愛についての良き理解者である。むしろ、いろいろと話したかった。


それに、凛菜と珠洲との件もある。舞音にはとてもじゃないけれど、言えなかったけれど、あのメガネがあると、きっと例の件にも気付くのは時間の問題だろう。


そうなった時のために、舞音に対しての大好きの感情を自分はしっかりと持っていられるようにしなければ。舞音に対する愛情で心を満たして、舞音から見える好感度を少しでも高くして、舞音に安心してもらえるようにしておかないと。


メガネの数値は紅美花にとってはどうでも良いものだけれど、舞音にとっては信頼に値するものらしいから。


「わたし、こう見えて結構良いところのお嬢様なのよ」

紅美花が話しだすと、美沙子がクスッと笑った。


「自分から良いところのお嬢様って言える程度には良いところのお嬢様なんですね」

「なんかその言い方恥ずかしいからやめて……」

紅美花がため息をついてから続ける。


「まあ、それで小学生の頃にはみんなと違うものとか持ってたり、周りの子によくプレゼントとかしてあげてたから人気者だったんだけど、中学になったら逆にお金持ちなところが鼻について、疎まれたみたいなのよね」

「青梅さんも大変だったんですね……」


「そうよ、舞音と仲良くなるまでは、学校は楽しくなかったわ。みんななんとなくわたしにとっつきにくそうにしてたんだもの。表立っていじめられてるって事はないけれど、なんとなく嫌われてるんじゃないかってのは察せるくらいには、空気は悪かったわ」


それこそ、当時好感度のわかるメガネがあれば、みんな35を下回っていたに違いない。ただ一人、舞音を除いて……。


「でもね、舞音だけは違ったのよ。クラスで孤立してたわたしにも、いつもの笑顔で楽しそうに話しかけてくれていたのよ。あの子と会ったばかりの頃は、ちょっと人間不信になってて、みんなが敵に見えてたから、あの子にも冷たくしてしまっていたのよ。けれど、あの子はわたしが冷たく接しても、ずっとそばにいてくれたから、わたしにとっては特別な子になったわ。あの時の舞音は天使に見えたわね」

「あ、私も見えてましたよ。鈴川さんは天使ですよね。やっぱりみんなそう思うのですね!」

美沙子が嬉しそうに頷く。


「まさかあんたが良き理解者になる日が来るとはね……」

「これも鈴川さんのおかけですね」

「そうかもね」

紅美花はため息をついて笑った。


「まあ、だからこそあの子のメガネの使用を食い止めたいんだけどね……」

「どうしてですか? 好感度がわかると恋心がわかってしまうからでしょうか?」

「それもあるけど、それ以上にあのメガネは人の心のうちを見るメガネだから、建前が役に立たないわけよ」


紅美花の言葉を聞いて、美沙子が首を傾げた。まだ美沙子は理解していないみたいだから、続ける。


「人間誰しも表では良い人のふりをしていても、心の中では嫌いな相手っていると思うの」

「それとメガネを使わないで欲しいことに、何の関係が?」

「純粋なあの子に人の心の中なんて見せたくないのよね。みんながみんな優しい気持ちで舞音のこと見てるわけじゃないってなってしまったときが、とても怖いのよ……」


まあ、一回入手した時にクラスメイト全員の数値を見たらしいけれど、それから状況は間違いなく変わっている。凛菜の出した5という悍ましい数字も、あの時点ではメガネが壊れてたってことで、純粋な舞音は納得してくれた。


けれど、実際にはメガネの性能はかなり高そうだし、多分あの数値は真実だったのだろう。現に凛菜と珠洲がかなり不安な動きをしているし。


今日も紅美花は一緒に帰ろうと声をかけたけれど、避けるようにして2人で帰ってしまった。そのよそよそしさが、舞音以外の感情にはそこまで興味の無い紅美花に向けられたものならば、紅美花としては問題ないのだけれど、残念ながら紅美花は今日一日中メガネを借りてしまったことで、凛菜と珠洲の好感度を確認してしまっていた。


58と61。友達としては普通に高水準の数値。つまり、2人の悪意が向けられている相手は舞音に対してと思って間違いない。本当に今日教室内で舞音のメガネを取り上げて、好感度をわからなくしたのは英断だったと思う。舞音がそのことを知ってしまったらと思うと、背筋が震えてしまう。


「どうかしましたか?」

「な、何がよ?」

「悪い夢でも見てるみたいな顔してますから」


美沙子は普段周りから孤立しているのに、随分と洞察力があるんだな。美沙子の洞察力の1%でも舞音にあれば、バレバレの紅美花の恋心に一瞬で気づいてくれるのだろうな、と紅美花は思う。


「別に、なんでもないわよ」

「それなら、良いですけれど」


美沙子がコーヒーを啜る。動作の全てに気品があって、優雅だった。


コーヒーを飲む時まで背筋を伸ばす気品溢れる彼女への、紅美花からの好感度は数値にすれば一体いくらになっているのだろうか、と紅美花は考えた。きっとそこそこ高いと思う。


舞音に意地悪をしていた要素を抜いたら、紅美花は美沙子と良い友達になれる気がした。そんなことを考えていると、美沙子が尋ねてくる。


「79、でしたっけ?」

「え?」

「鈴川さんの、青梅さんへの好感度」


「そうよ。けど、それが何?」

「もう一押しじゃないですか」

「真沢なりの励ましってこと?」

「私は事実を口にしているだけですよ」


「でも、その1が大きいのよ、きっと。舞音の心の中に、わたしを恋人の候補として見る可能性なんてないのだから」

「言わないから、気づかないのではないでしょうか」

「気軽にアドバイスしてくるけど、わたしは舞音との関係性が壊れるリスクを負ってまで、告白するバカじゃないわよ」


「そうですか。なら、私が愛の告白をしましょうか」

「は?」

紅美花がバンっと机を叩いて勢いよく立ち上がって、美沙子を睨みつけた。


紅美花は先ほどの心の中の前言を撤回する。舞音のことが好きなんだったら、やっぱり美沙子とは友達にはなれなさそう!


けれど、膨れっ面の紅美花とは違い、美沙子がクスッと笑った。

「冗談ですよ。青梅さんは面白いですね」

「っ……!」


紅美花は美沙子に手のひらの上で転がされてしまっていることが恥ずかしくなった。舞音のことになると、完全に我を忘れてしまうことは、紅美花自身がわかっていた。


けれど、まさか美沙子にここまで弄ばれるくらいにまで緩んでいるとはおもわなかった。


苛立っていた紅美花に、美沙子が真面目な顔で伝える。

「けれど、鈴川さんが優しくて、多少自分の気持ちを我慢してでも他の人の好意に靡いてしまう可能性があるのなら、それについては青梅さんはもっと危機感を持った方が良いのではないでしょうか」


なんだかお説教されているみたいだし、舞音との関係を勝手に語られて不愉快ではあるけれど、なぜだか美沙子のことは憎めなかった。


「知った風なこと言わないでほしいんだけど……」

「わかっていますよ。私より青梅さんの方が、ずっと鈴川さんのことも、恋愛についてのことも、詳しいことを。けれど、そんな私ですら、このままだと青梅さんが大切な人と結ばれないことはわかりますよ」


美沙子以外の人に言われたら、多分紅美花はムッとしてこのまま帰っていただろう。たとえ、珠洲や凛菜が相手だとしても。


だって、普通ならこんな人間関係の拗れそうなこと、真面目な顔で言わないでしょ。煽るか、上から目線でお説教したいか、そんなところ。


けれど、美沙子はあくまでも真剣な表情で、紅美花に伝えているのだ。ただ、本気でこうすればよくなると思って。建設的な意見として。


「真沢のくせに偉そう」

「すいません……」

「許さん」

紅美花はそう言って小さく笑った。美沙子も冗談だと理解してくれたみたいで笑っていた。


でも、本当に美沙子の言うとおり、今のままではよくないことはわかっている。だからやっぱり、一刻も早く舞音に本当の気持ちを伝える覚悟をしないといけないと紅美花は思ったのだった。

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