第15話 紅美花と美沙子 1
舞音が去ってしまったから、ファミレスには
「真沢は帰らなくていいの?」
「ええ、私は青梅さんのことを見守っておかなければなりませんから」
「舞音ならともかく、あんたに見守られる筋合いはないわよ」
紅美花がフンっと鼻を鳴らすけれど、そんな不機嫌そうな紅美花の様子を美沙子は特に気にしなかった。
「あのメガネ、好感度100は一体何を表すんでしょうね?」
またメガネの話を始めたから、紅美花は苛立った。あんなメガネ、さっさと捨てたら良いのに、と紅美花は思う。
あのメガネを舞音がかけ続ける限り、いつ自分の感情がバレてしまうかもヒヤヒヤだし、舞音がすっかり忘れてしまっている凛菜の好感度5という話もきっとそのうち思い出してしまうだろうから、不安だった。
「さっきの話の続き、まだするつもり? 良い加減面倒なんだけど」
紅美花が小さく舌打ちをして美沙子を睨んだのに、彼女は話を止めようとはしない。
「100が友達としての最大値と仮定して、100を超えると信者的な愛に変わる。なら、恋愛は?」
「何が言いたいのよ」
紅美花がスプーンを握る手に力を込めて、苛立った。美沙子が明らかに、紅美花に対して何らかの答えへ誘導しようとしているから。そんな紅美花の様子を気にせず、美沙子が続けた。
「では、もし0から100までの数値の間に恋愛感情も入っている前提のうえで、100がマックスだと仮定したら、青梅さんの95は、一体?」
ジッと見つめてくる美沙子の言いたいことは、紅美花もしっかりと理解していた。
人の感情とか疎そうなのに、案外ちゃんと周囲を観察していることに感心するのと同時に、自分の恋する相手はなぜここまで鈍いのかと呆れてしまった。せめて、美沙子くらいの感度は持っていて欲しいのだけれど。
「別に隠すことじゃないし、むしろあたし的には心の中では『早く気づきなさいよ』って思ってることだから、言うけれど、あたしは舞音のことが好き」
紅美花が手に持っていたスプーンをお皿の上に置く。カチャンとスプーンが食器に触れる音がした。
紅美花は食べ終わった後のスプーンの汚れを、ソッとペーパーナプキンで拭ってから続ける。
「その感情、真沢じゃなくて、舞音に気づいて欲しかったんだけれどね」
「鈴川さんは案外鈍いんですね」
美沙子が微笑んだ。
「あの子、純粋さ100%でできている子だから、あたしに彼氏がいること疑ってないんでしょ。だから、あたしの感情にも気づいていないのよ」
そう言うと、美沙子が首を傾げた。
「青梅さん、彼氏いたんですね」
「いない」
ぶっきらぼうに答えたら、美沙子が不思議そうに首を傾げてきて面倒だったから、続ける。
「いないけど、舞音の前ではいるって答えたのよ」
「どうしてまたそんな不思議なことを?」
興味津々な美沙子とは視線を合わせずに、紅美花は頬杖をつきながら、美沙子の飲み干した空っぽのコーヒーカップの中を見ながら答えた。
「好感度のわかるメガネなんて、元々は当然無かったから、舞音のあたしへの感情を探りたかったのよ。彼氏がいるって言ったら、ちょっとでも嫉妬してくれないかなって。けど、そしたら舞音は何の疑いもなく、あたしを祝福してくれた。舞音、とっても喜んでくれてたから、やっぱり嘘でした、なんて言えない感じになっちゃって、わたしはいない彼氏がいるふりを続けているのよ。あの子は純粋だから、バレバレの嘘をすっかり信じきっているわ。変な嘘ついたせいで、あたしの恋、もう報われないんだって理解して、その日は一人で泣いてたわね。まあ、どうせ変な嘘つかなくても、あたしの本気の感情は、舞音の元には届かないのだろうけれど」
「『紅美花はあたしに嘘つかないから』」
美沙子がなぜか舞音の口調を真似てそんなことを言うけれど、その言葉を発した意味がわからない。
「何のつもり?」
「鈴川さん、海で言ってました。けど、青梅さんに嘘つかれてるんですね。可哀想な鈴川さん」
「舞音はお人好しだから、全く気づかないだけで、あたしは舞音に嘘つきまくってるわ。そもそもあの子のことを大好きな感情だって、ずっと隠してるし、これからも伝える気はないし」
ふうん、と美沙子が薄ら笑いを浮かべる。面白がっているのだか、憐んでいるのか、彼女の感情はよくわからなかった。
そもそも美沙子が紅美花のことを好きなのか嫌いなのかもわからないし。本来、こういう相手に好感度のわかるメガネを使うのが正しい使用法なのではないだろうか、と紅美花は心の中で思っていた。
「今の感じだと、きっと鈴川さんは言わなきゃ気付きませんよ。私ですら気づいた、バレバレの青梅さんの恋心にもまったく気づく気配がありませんでしたから」
「そんなこと、わざわざ真沢に言われなくてもわかってるわよ。でも、良いのよ。あたしから告白なんてしたら、あの子良い子だからきっとオッケーしちゃう。わたしのこと傷つけないために、自分の数値が78でもオッケーしちゃうから」
今日の男子からの告白も、きっとメガネの数値の意味を勘違いしていなければ、自分に好意を寄せてくれている男子からの告白を無碍にしたくなくて、オッケーしちゃっていたんだろうな。
紅美花は窓の外をぼんやりと眺めながら伝えた。外はもうとっくに日が暮れているし、一緒にいるのは大好きな舞音どころか、同じグループの凛菜や珠洲でもなく、なぜか昨日まで犬猿の仲だった面倒な優等生の真沢美沙子。
さっさと帰りたいと思うのが普段の紅美花のはずなのに、なぜか美沙子と一緒に舞音の話をするのが楽しかったから、帰ろうとも思えなかった。同じグループの女子に恋心を持っているなんて、凛菜や珠洲に言ったらドン引きされること間違い無しだろうから、言えなかった舞音への思いを声にできるのが、嬉しかった。
まさか、あの真沢と2人でファミレスで恋バナをする日が来るなんてね。そんなことを紅美花はぼんやりと思った。
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