第14話 彼氏ができなかった 2
ファミレスに入店して、4人用の席に座ったわたしたちの前に店員さんが順番に商品を運んできてくれた。注文したものを持ってきてくれるまで少し時間がかかったのは、多分紅美花の注文したエビドリアのせいだと思う。
「ねえ、なんで2人とも軽い感じなのよ。一人だけ欲張りみたいで恥ずかしいんだけど……」
紅美花が熱そうなエビドリアを前にして、あたしの柚子シャーベットと真沢さんのホットコーヒーを順番に見ていた。
「私はそもそも金銭的に注文できるものは限られてますから」
「舞音はお金大丈夫でしょ?」
「あたしもヤバいから。紅美花みたいにお嬢様じゃないから大変なんだよ」
少ないお小遣いでやりくりするの、大変なんだぞ、と心の中で嘆く。
「それに、紅美花は良いよね。食べても脂肪が良いところに付くから。あたしは直にお腹にいっちゃうから、あんまりカロリー増やしたくないんだよ」
「良いところってどこよ?」
紅美花が真面目な顔で尋ねてくるから、本人に自覚はないらしい。それならしっかりとわからせてやろうではないか。あたしと紅美花の違いを!
「ここ」とあたしは横に座っていた紅美花の胸を人差し指で突いてみた。力を加えた分だけ、制服の長袖シャツごと大きな胸が沈み込む。
「ちょっと、こんなところで何してるのよ!」
紅美花が顔を赤くしながら、慌ててあたしの手首を掴んで、胸から手を引き離した。
「あたしは親切だから、ここが良いところって丁寧に教えてあげたんじゃん。あーあ、紅美花は良いところに脂肪が付いて羨ましいねぇ。容赦なくお腹に脂肪がつくあたしは、諦めてシャーベット食べとくしかないんだよー」
プイッと紅美花から顔を背けてシャーベットをどんどん掬って口に運んでいった。
「ねえ、勝手に人のこと揶揄って、勝手に拗ねるのやめてくれるかしら……」
紅美花がため息混じりに呟いた。
そんなあたしたちの様子を微笑ましそうに見ていた真沢さんが、ふと呟く。
「鈴川さんのかけているメガネって100が最大値だったのですよね?」
「一応そうだよ。まあ、真沢さんは100超えてたから、例外もあるみたいだけどね」
「私の好感度は例外として、100ちょうどってどんな状態なのでしょうか」
あたしと真沢さんがメガネの話をする横で、紅美花は「また、メガネの話してるし……」と面倒くさそうに呟いていた。
「どんな状態って?」
「いえ、今の私は鈴川さんのことをかなり慕っているので、100が友好度のマックスだとしたら、感覚的には90くらい出てもおかしくない気がしたので」
「それ、不思議なんだよね。あたしも紅美花のこと超好きなのに、79だったんだよ。気持ち的には100でもおかしくないのに」
紅美花が男子だったら恋してしまいそうなくらい、紅美花のことが好きなんだけれど、数字は低いのが不思議だった。そして、同じような不思議な感覚を真沢さんも抱いてたらしい。やっぱりこのメガネ、まだまだ不思議なことが多いな。
「ねー、紅美花。95ってどんな気分なの? あたしのこと愛してるとか、そのレベル?」
あたしが声をかけると、紅美花が思いっきり咽せてしまった。
「ちょ、紅美花どうしたのさ?」
ドリアが気管にでも入ったのだろうか。心配だな。紅美花が咳を続けていたから、慌てて背中を撫でた。
「ま、舞音が変なこと言うから、びっくりしたじゃないのよ!」
「ご、ごめん」
でも、そんなに変なこと聞いたっけ。あたしは95がどんな気分か聞いたくらいなのだけれど。
「別に95でもみんなと同じよ。舞音はわたしの大事な友達。大事すぎて数値も高いだけ!」
紅美花がちょっと不機嫌そうに言う。
優しい言葉をかけてくれているのに、不機嫌なのはなぜなのだろうか。頭上の数値も92にまで下がっているから、何か不快な感情を抱いているっぽいし。
「そっかー」とあたしは納得したけれど、真沢さんは首を傾げていた。
「そうなのでしょうか……」と不思議そうに呟く。
「ていうかさ、好感度とかもうどうでも良いんじゃない?」
紅美花が真面目な顔であたしに言う。
「どうでも良くないよ。人からどう思われてるかって、大事じゃない?」
「数字で見たって、本当の気持ちがわからなかったら、何の意味もないわ。見えたって仕方がないつまらない数字にすぎないわ」
「そこまで言わなくても……」
「言うわよ。ねえ、そろそろ本当に外して欲しいんだけど」
紅美花の顔が真剣そのもので、ちょっと怖かった。
「何か怒ってるの?」
「怒ってるとか、そんなんじゃなくて……」
紅美花が瞳を揺らしてからため息をついた。
「見かけの数字に頼りすぎてる状態は、本当に良くないのよ……」
紅美花の瞳がほんのり潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
先ほどまでの紅美花の高い数値を話しているときのムッとしたような、ちょっと恥ずかしそうな表情とは違う、何か不安に苛まれているような表情だった。
「ごめんね……」
「謝ってほしいわけじゃないわよ……」
空気が重いのは、きっとあたしのせい。紅美花がここまで不機嫌そうなのって中学でで出会って以来初めて見たかも。会ったばかりの頃の近寄り難かったツンツンお嬢様の紅美花に戻ったみたいだった。
どうしたら良いんだろうかと悩んでいると、真沢さんが口を開いた。
「あの、18時から塾があるんだったら、そろそろ行かないとマズくないですか?」
「え? ……ほんとだ!?」
もうすでに17時半に近い時間になっている。
「ヤバっ! 真沢さん、ありがと!」
そう言ってから、落ち込んだままの紅美花を見た。
「……けど、紅美花を放って行けないや」
あたしは浮かせた腰をまた下ろしたら、紅美花が小さくため息をついた。
「別に良いわよ。わたしは舞音が心配だったから言っただけだし。これで塾に遅れたら、嫌だもの」
紅美花の方を心配そうに見ていると、真沢さんも頷いた。
「お話はまた明日したら良いと思いますよ。青梅さんのことは私が責任持って見ておきますから」
「なんでわたしが真沢に見張られないといけないのよ!」
「そうしないと、鈴川さんが心配してしまいますよ」
「……わかったわよ」
真沢さんに揶揄われて、紅美花がちょっと元気を取り戻したみたいに見える。これなら大丈夫かな。
席から腰をあげると、真沢さんが微笑んでくれた。
「そう言うわけなので、安心して塾に行ってきてください」
「わかった!」
そう言ってから、足を止めた。
「ねえ、紅美花」
「何よ?」
「あたしに何か隠してる?」
「舞音に隠し事なんてしないわよ」
「そっか……」
「どうして?」
「何だかいつも以上にメガネのことで不安そうにしていたから」
「そういうところは繊細なのね……」
紅美花がため息をついてから、「とりあえず早く行ってきなさい。遅刻したら、明日わたしと真沢がめちゃくちゃ怒ってあげるから」と言うから、あたしは急いで塾へと向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます