第13話 彼氏ができなかった 1
「ごめん、紅美花! お待たせ! ……って、あれ?」
教室に残ってくれている紅美花の元へ、一気に階段を昇って息を切らせながら辿り着いたら、教室ではなぜか紅美花と真沢さんが2人で話をしていた。
てっきり紅美花が誰かと待っているとしたら凛菜と珠洲だと思ったのに、仲が悪かったはずの2人が一緒にいるのは少し不思議だった。
「あっ、舞音! 終わったのね? 結局どうしたの?」
なんで2人が一緒にいるのかという疑問を口にする余裕もなく、紅美花が不安そうな顔でツカツカとこちらに向かって歩いてくる。
頭上の数値は相変わらずの95。斉藤くんよりもよっぽど高い数値である。
「申し訳ないけど振ったよ。全然恋愛感情じゃなかったっぽい」
「70前半とかだったってこと?」
「ううん、さすがにそこまで低くないよ。85、普通に仲の良い友達なのを恋愛と勘違いしてたみたい」
あたしが答えると紅美花が一瞬視線を斜め上に向けてから、微笑んだ。
「なるほどね。あたしよりもずっと低いもの。懸命な判断だわ」
「そ、とりあえず紅美花よりも低いようじゃ全然ダメ!」
そう言うと、紅美花が満足そうに頷いてから、あたしを抱きしめてきた。甘くて優しい匂いがあたしの鼻腔をくすぐる。背の高い紅美花に、体が埋まりそうなくらいしっかりと抱きしめられてしまう。ふんわりと巻かれた紅美花の髪の毛が頬に当たってくすぐったかった。
「いきなりどうしたのさ?」
「ううん、それでこそ舞音よね、って思ったから!」
「彼氏が全然できないからってこと?」
「違うけれど、そういうことでいいわ。なんでも良い。ただ、あたしよりも恋愛感情が低いような子に、あたしの大事な舞音はあげないってこと!」
頭上の数値を確認したかったけれど、数値の確認ができないくらい力一杯抱きしめられていたから、今の紅美花の数値がいくらかなのかはまったくわからなかった。ただ、限りなく100に近そうなのは予想がついた。
「ところで、なんで真沢さんと紅美花が一緒に待ってくれたたわけ?」
少ししてから紅美花が離れてくれたから、紅美花と真沢さんを交互に見てから、首を傾げた。いつも揉めていたこの2人が仲良くしているところが、どう考えても想像がつかなかった。
「嫉妬した?」
紅美花が冗談っぽく尋ねてくる。
「いや、嫉妬はしないけど、純粋に疑問。犬猿の仲だったじゃん、と思って」
「私が青梅さんに話しかけてみたんです。この間の鈴川さんの言葉を参考にして、気になっている子には素直に話してみたいって言ったら、うまくいくんじゃ無いかって思いまして」
真沢さん、紅美花のこと気になってたんだ。これはますます気が合いそうな気がする。
「あたしも別に真沢のこと嫌いでは無いから、舞音に変なちょっかいかけないんだったら、全然仲良くして良いって思ってるし」
なるほど。真沢さんが話をするためにあたしに難癖みたいな注意することがなくったから、もはや紅美花には真沢さんを避ける理由が無いと言うことか。あたしからしたら2人が仲良くしてくれた方がありがたい。
安堵していると、紅美花が真沢さんの目の前に人差し指を突き出して念を押した。
「た、だ、し、舞音に意地悪したらぜっっっっったいに許さないからね!」
「しませんよ、私と鈴川さんはもう仲良しのお友達なのですから。ね!」
真沢さんが微笑みながらこちらに同意を求めてきたからあたしは頷いた。うん、嘘は言ってないし、これから仲良くしていきたいのは事実。
「それはそれでなんか嫌ね……」
紅美花が複雑そうな表情をしていたから、さっきの紅美花へのちょっとしたお返しの意味を込めて、冗談混じりに聞いてみる。
「嫉妬した?」
「舞音の意地悪……」
紅美花がムッとしながら、あたしのことを睨んできた。
思ってた反応と違うんだけど……。
なぜだかわからないけれど、紅美花が不機嫌になってしまいそうだったので、慌てて話題を変える。
「と、ところで、凛菜や珠洲は?」
あたしが尋ねると、紅美花の瞳が大きく左右に揺れてから、小さく頷いた。
「い、忙しいから先帰ったみたいね」
ほんのり上擦った声だったのは、不機嫌そうな状態だからと言うことでいいのだろうか。
「まあ、遅くなったし、しょうがないね。でも、代わりに真沢さんが一緒に帰ってくれるんなら、良かったよ」
あたしが頷くと、真沢さんは微笑んでから、チラッと紅美花のことを見たような気がした。
そんなわけで、あたしたちは3人で帰ることになった。冬のカラッとした空気の中をのんびりと歩いていく。
「ねえ、舞音。いろいろ話聞きたいし、今日はサイゼ行こ!」
紅美花に学校近くの安値で入れるファミレスを指定される。
「良いけど、あたし今日18時から塾あるからあんまり長いことはいられないと思うよ?」
「問題ないわ。とにかく舞音と話がしたいだけだから」
「それで良いなら、あたしは当然問題ないよ。ただ……」
真沢さんは学校にお金を持ち合わせていないから、ファミレスには行けないのではないだろうか。
「真沢さんは大丈夫なのかな……?」
あたしが尋ねると紅美花があたしの答えを待つ前に言う。
「真沢は無理しなくてもいいわ。行けないのならわたしと舞音だけで行けばいいし」
「ちょっと、紅美花意地悪しないでよ。公園とかにしておこうよ」
あたしが言うと真沢さんは首を横に振ってしっかりと言う。
「いえ、大丈夫ですよ。コーヒーを頼むくらいのお金は持ち合わせてますので」
紅美花の方を見てニコリと微笑む真沢さん。その様子を見て、紅美花があたしに耳打ちをする。
「ねえ、真沢の数値見てよ。あたしのことライバル視して挑発して笑ってるのかも」
「良いけど、何のライバルさ……」
「そりゃ、舞音の……、なんでもないわ!」
あたしが何なのだろうか。めちゃくちゃ気になるけれど、多分聞いても答えてくれないだろうから、聞くのは我慢した。もうすっかり慣れた感じで真沢さんの頭上の数値を見る。
「73。いつもよりちょい高めだね」
あたしが普通の声で言ったから、真沢さんにも聞こえていたらしい。
「青梅さんはいくらくらいなのですか?」
「見なくてもわかるよ。多分今日も95くらい」
あたしが言うと、紅美花が「いらないこと言わないで良いのよ!」とムッとしていた。
「95ですか……」
真沢さんがジッと紅美花の方を見てから、首を傾げた。
「もうっ、変な詮索しないでよね! 数字の話はこれで終わり! 早く行くわよ」
慌てて視線を逸らしながら、紅美花がファミレスに向かったのだった。
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