第11話 彼氏ができそう 1

「ねえ、もう真沢からの好感度の謎も解けたんだし、早くそのメガネ外したら?」

駅で会った紅美花と学校までの道のりを一緒にしていると、やっぱり紅美花がメガネについて文句を言ってくる。


「えー、やだよ。むしろメガネの効果がいよいよ本当ってわかって良かったんだし、これからだよ」

「これからじゃないわよ!」

「なんでそんなにこのメガネ嫌なのさ?」

ただの面白いメガネだと思うけれど、紅美花は嫌ってるみたい。


「これで好感度筒抜けになるのが恥ずかしいのよ! あんたの前で常に頭の上に本当の気持ちが出続けてるって、裸で外を歩くくらい恥ずかしいのよ!」

「……なんで?」


だって、紅美花の数値は今日も相変わらず94と高水準だし、あたしと仲良くしたい感情が常に頭上に出続けてるってそんなに嫌なことなのかな。不思議に思っていると、紅美花が尋ねてくる。


「……ねえ、ちなみにだけど、舞音はこのメガネの数値どういうふうに理解してるわけ?」

「どういうふうって、そのままだよ? 35が中間で、0が最低、とっても仲の良い友達が70くらいで、ずっと一緒にいないと気が済まないくらいの大親友が100、それ以上は好きを超えた感情ってことでしょ?」

「あんたの理解が甘くて良いんだか、悪いんだか……」

紅美花が大きくため息をついた。


このままメガネの話を続けると、そろそろ無理やり外させられそうな気がするので、話題を変えることにした。


「てか、そんなことより今日の紅美花の髪型可愛いね」

あたしは紅美花に体がひっつくくらい近づいてから、普段以上にふんわりと巻かれた柔らかいダークブラウンの髪に触って話を逸らすことにした。


「ひ、ひゃうっ」と紅美花が変な声を出してくる。

「嫌だった?」

「か、髪型変えたの気づいてくれたのは嬉しいけれど、もうちょっと慎重に触りなさいよ! あんたに触られるの心臓に悪いのよ!」


ヤバいな、怒らせちゃったみたい。慌てて頭上の数値を確認する。もう頭上の数値を確認するのが癖になってしまっている。


「待って! 凄っ!?」

「な、な、何がよ!」

「紅美花、最高記録だよ! 98!」


あたしは紅美花の出したすごい数値に一人で興奮してしまっていた。けれど、当の紅美花はあたしの頭を思いっきり叩いた。「痛っ」と思わず声が出る。


「……あれ、なんで?」

「は、恥ずかしいからに決まってるでしょ!」

「あたしは嬉しいけどなぁ」

そういうと、紅美花はこちらを睨む。


「バカバカバカぁ! バカ舞音まお!」

「そ、そんなに酷いことしたかなぁ……」


困惑しながら紅美花から離れて、逃げるように校舎の中に入った。慌ただしく靴箱を開けると、あたしの上靴の上に、何やら怪しい手紙が置いてあった。

「何これ?」


『放課後伝えたいことがあるので校舎裏に来てください』


「ねえ、紅美花。ヤバいかも。あたし、しばかれるのかな?」

手紙を書いた人物の名前も書いてなく怪しかったから、不安気に尋ねると紅美花が驚いた顔をこちらに向けていた。


「別に殴られるわけじゃないと思うけれど……」

紅美花が手紙をジッと見つめてから、顔を歪めてため息をついた。


「告白じゃない?」

「告白? 誰に?」

「そんなの、舞音の靴箱に入ってたんだから、舞音に決まってるでしょ……」


「ふーん……。って、あたしに!? あたしって、鈴川舞音に!?」

「それ以外に誰がいるのよ……」

「ついにあたしにも彼氏ができるスーパーチャンスってことじゃん!」


手紙を胸に抱いてくるりと回ってみる。まだ見ぬ手紙の送り主に思いを馳せる。どんな人物でも良いけれど、あたしのことを超愛してくれるのだったら嬉しい。だって同じグループの子たちはみんな彼氏に愛してもらっているのに、あたしだけソロで寂しい思いをしているのだから。


「随分と嬉しそうだけど」

「そりゃ、グループで彼氏いないのあたしだけだし、テンションは上がるよ!」


「何言ってんのよ。わたしも……」と途中まで言ってから口を閉じた。紅美花がせっかく綺麗に巻かれた髪の毛を振り乱しながら、慌てて首を横に振ったから、わたしも、の後は何を言いたかったのかはわからなかった。


「誰でも良いわけ?」

「そりゃ、本当はそんな不誠実な恋の仕方はダメに決まっているけれど、背に腹は変えられないじゃん! ボッチクリスマス送りたくないし。少なくともあたしへの愛があるかどうかはわかるからさ。真沢さんレベルとは言わなくても、最低紅美花を超えるくらい愛してくれていたらオッケーしても良いんじゃない」


「そんな適当な決め方、……って、なるほどね!」

紅美花が何かを考え出したかと思うと、あたしのほうを食い入るように見始める。目の前で殺気だった様子で見つめられるから、ちょっと怖い。


「何してんの……?」

「舞音のこと見てるの」

「そりゃ、みればわかるけれど……」

あたしはなんでそんな穴が開くほど見てくるのかを知りたいんだよ……。


不思議に思っていると、紅美花が尋ねてくる。

「ねえ、数値今どのくらい?」

「95」

「増えてない。顔見ながら心で思っただけじゃダメなのね」


そういうと今度は背中を向けて、なぜかあたしの方に髪の毛を向けてきた。さっきから、意図のわからない行動が多い気がする。


「見て、可愛いでしょ? 髪型変えたの」

「さっき、もうその話したけど……」

「触って良いわよ」

「え?」

「触っていいわって言ってるのよ。ていうか触って!」


さっきはいきなり触ったら慎重に触れって怒られた気がするんだけど……。触ってとか、触らないでとか、紅美花はとてもわがままみたいだ。仕方がないからあたしが触ると数値が96になる。


「96になったけど?」

「1だけって……。まあ良いわ。とにかくこれが基準点。比較する点数は少しでも高い方がいいからね」


紅美花が何をしたかったのかはわからなかったけれど、とりあえず納得してくれたみたい。紅美花の96を超えるくらいの数値を出したら告白を受けても良いかもしれない。ボッチクリスマスはなんとしても回避したいし!


そうして教室に入って席についた瞬間に、紅美花は「そうだ……」と少し不安気に呟いた。


「ねえ、舞音。そのメガネ教室ではつけないで欲しいんだけど」

「またその話?」

いつものように紅美花のメガネのネガキャンが始まった。あたしはのんびりと笑ったけれど、紅美花が真面目な顔で続けた。


「教室だけで良いから、外して。絶対につけないで」

こちらを見ることもなく、沈んで調子の紅美花が明らかにいつもと違うのは間違いない。


「ねえ、どうしたのさ? そんなにつけて欲しくないの?」

ええ、と静かに肯定された。


「付けたらどうなるの?」

あたしが尋ねると、紅美花が困ったようにため息をついて、時間を空けてから呟いた。

「……悲しい、かしら」


どういうことなんだろう。わからないけれど、紅美花が必死にお願いしているのに、邪険にもできない。あたしは紅美花のこと大好きだし。


「せめて理由を教えてよ」

「……別に理由なんてなんでも良いでしょ?」

「気になるじゃん。実はやばいメガネとか?」

でも、だとしたら紅美花はどこでそんなことを知ったの?


「メガネがヤバいんじゃないわ。ただ、その……」

そう言って、紅美花が天井を見つめた。上を見つめて考え事をしている紅美花の綺麗な高い鼻に思わず見惚れてしまう。


「理由があったら納得してくれるのね?」

「一応……」

「じゃあ、そのメガネわたしも付けてみたいわ。こんなんで良いかしら?」


「なんか無理やり取って付けた感がすごいけど……。まあ、いっか。紅美花にもこのメガネの素晴らしさを感じて欲しいし! 今日一日貸してあげるけど、ちゃんと放課後の告白の時には返してね! じゃないと好感度確認せずにオッケーしないといけなくなっちゃうから」

「そんな決め方したら、噛み付くから……」

紅美花が拗ねてしまう。


「したくないから告白前にはメガネ返してって言ってるの」

「教室の外なら良いわよ」

「なんで教室にこだわるのさ……」


不思議だったけれど、クラスの子の好感度はもうすでに確認済みだから、別にいっか。告白を受けるのは教室の外だから、とくに問題ないし。


それよりメガネをかけた紅美花がなぜかあたしの方を見ようとしてくれない。赤いメガネ、知的な紅美花によく似合っているのに。


「ねえ、紅美花。顔見せてよ」

あたしが紅美花の肩を持って顔をこちらに向ける。


「ちょっと!? 舞音の顔みるの怖いんだって!」

「怖いって、ひどっ!? あたしの顔不気味なの!?」

「ち、違うわよ、数字が……!」


嫌々ながらも紅美花はあたしの方を向いてくれる。しっかり真正面から見ると、上品な紅美花の風貌に伊達メガネがマッチしていて、令嬢感がすごい。


「可愛いよ! めっちゃ似合うんだけど!」

あたしは一人ではしゃいでいたけれど、紅美花は慌てて目を逸らして口元を緩めていた。

「どうしたの?」


「79……。ヤバい、もうちょっとよ……」

何がもうちょっとなんだろうか。でも、この間は78って言ってたから、知らない間に紅美花のことがもっと大好きになっていたみたいで、嬉しい。


とりあえず、紅美花も満足してくれたみたいだし、あたしはホッとして、今日は裸眼で授業を受けることにしたのだった。

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