第9話 委員長とのデート 5

しばらく一緒に静かな海を眺めていたけれど、次第に空も暗くなってきた。そろそろ帰ったほうが良いかもしれない。あたしはともかく、真沢さんの家は門限とか厳しそうだし。そんなことを思っていると、真沢さんが穏やかな声で話だす。


「今日はわざわざ誘っていただきありがとうございました」

「楽しんでくれた?」

「はい! 高校に入ってからこうやって放課後に誰かと遊ぼに来たのは初めてでしたので!」


嬉しそうに微笑んでいる真沢さんの笑顔が偽りのものだとは思わなかった。あたしも頭上の数値さえなければ本心から真沢さんの嬉しそうな笑みに答えられたんだけれどなぁ。


「115か……」

真沢さんに対するあたしの笑顔は作り笑いになってしまっていた。真沢さんの好感度数値は、楽しそうになればなるほど下がっていくのだった。


「115って、何がですか?」

「な、なんでもないよ……」

あはは、と乾いた作り笑いで返す。


「ねえ、真沢さんってあたしのこと好き?」

「え? ……えぇ。もちろん好きですけど」


あっさり認めたと言うことは、この好きはloveではなくlikeなのだろうな。好かれていて嬉しいけれど、メガネの効果が偽物だったことが確定してちょっとがっかりした。多分、本来なら60くらいの数値が出るはずのなんだと思う。


でも、今115が出ている。限界超えの数値が出ている時点でおかしいのに、真沢さんがあたしとの時間を楽しく過ごせば過ごすほど数値が下がっていくのはどう考えてもおかしいと思う。


「真沢さんは、もしあたしが恋してるからお付き合いして欲しいって言ったら、受け入れてくれる?」

真沢さんが砂浜の上に手を置いていたから、その上に手を重ねるように触れさせながら尋ねてみた。


あたしが尋ねると、真沢さんは一瞬え?と困った顔をしてから、慌てて首を横に振った。

「ぜ、絶対に無理です!」


思ったよりも強く拒まれて。困惑してしまう。これ、もう友達として好きですらないでしょってくらいの拒まれ方だ。さっき60くらいの数値の好きって言ったけれど、実際は30くらいの感情なのに無理やり好きだと言ったときのだったのかも。


「へ、変なこと言っちゃってごめんね……」

あたしは裏返った声で、無理に笑った。あたしに結構高めの好感度を持ってくれていると思った真沢さんからの全力の拒絶はなかなかに辛いものがあった。


「いえ、私の方こそごめんなさい。ただ、鈴川さんの恋人なんて冗談でも烏滸がましいと思いまして」

「烏滸がましい?」

「ええ、私にとって、鈴川さんは特別ですから」

「特別?」


一体何のことだろう。不思議に思っていると、真沢さんが続けた。

「私はずっと友達がいないどころか、まともにクラスの子と話すこともなかったので、時々声をかけてくれる鈴川さんが天使みたいに見えてたので……」

「そ、そんな大袈裟な……」


挨拶とか世間話はよくしたけれど、そこまで思われていたなんて、悪い気はしないけれど、気が引けてしまう。


「大袈裟じゃないですよ。口うるさい私のことなんて、みんな嫌いなのに、鈴川さんだけは仲良くしてくれたのですから。だから、なんだか鈴川さんのことは特別だったんですよ。恋心とかそういう可愛らしいものとも違う、迂闊に近づいてはいけない人、みたいな。声をかけるとしたら、それはプライベートな真沢美沙子としてではなく、クラスの委員長として、業務的に声をかけることしかしてはいけない、みたいな……」

そう言われて、あたしは思いっきり首を横に振った。


「重いよ! 感情重たすぎてこっちの気が引けちゃうから、やめてってば!」

そう言うと、真沢さんが思わず笑ってしまっていた。

「ですよね。鈴川さんならそう言うと思いましたよ。だから、その……」

真沢さんが少し間を空けてから続ける。


「もし鈴川さんが嫌じゃなければ、お友達になっていただきたいです」

頭上の数値が100まで下がってから、一気に数字を飛ばして80まで下がる。そこからさらに少しずつ下がった結果、70〜72くらいの数値で安定したのだった。

「70も悪くはないんだけどなぁ……」

160が70にまで下がったら、なんだか好感度が大幅にダウンしたように思えてしまう。


「あの、さっきから115とか70とか、何の数字なんですか?」

独り言のボリュームが大きすぎたみたい。真沢さんに数字を気にされてしまった。無断で好感度を見続けるのもなんとなく申し訳ないから、正直に伝えることにした。


「なんかこのメガネ、かけているとその人のあたしに対する好感度がわかるらしいんだよね」

真っ赤なメガネを指差しながら伝えると、真沢さんが訝しげにあたしのことを見つめてきていた。


「まあ、そんな変なこと信じてって言うほうが難しいよね」

苦笑いをしていると、真沢さんが真面目な顔で尋ねてくる。


「いくらだったんですか?」

「え?」

「私の数値はいくらだったったんですか?」

「気になるの?」

尋ねたら、真沢さんが大きく頷いた。


真沢さんって現実主義者だと思っていたけれど、意外とあっさり信じてくれるんだ。なんだか意外だった。


「今日遊びに来る前には160超えてたのに、今は70だって。なんかマックスが100らしいのに100超えてるから、かなり好感度高めみたい」

あたしが伝えると、真沢さんが首を傾げた。


「私は今日出かける前よりも、今のほうがもっと鈴川さんのことが好きなのに、なんで下がってるんですか?」

真沢さんも不思議らしい。むしろあたしが聞きたいことではあるけれど。

「真沢さんも違和感があるってことは、このメガネ壊れてるんだよ」

そう伝えたけれど、真沢さんが首を傾げていた。


「そもそも私は元々最大値を超えてたんですよね」

「そうそう。もう、その時点で壊れてるよね」

あたしが笑ったけれど、真沢さんは真面目な顔で考え込んでいた。


「もしかしたら……、信者、とかですかね」

「信者?」

「本来の限界を超えた、絶対的な信仰心、みたいなものがあったのではないでしょうか」


「なんか大袈裟じゃない……?」

「そうでしょうか? みんなに嫌われ者の孤独な私のことをクラスで唯一まともに相手をしてくれていたのですから、そのくらい強い気持ちを持ってもおかしくないかと」


さっきもなんだか愛の重たいことを言っていた気がするから、愛とはまた違う概念の信者的な好きという言葉に納得しかけてたけど、真沢さんの言葉の中に大きな勘違いがあることに気がついた。


「みんな真沢さんのこと嫌ってるわけじゃないと思うよ」

メガネの数値と直接関係ないけれど、そこは正しておかないといけないと思う。

「やっぱり鈴川さんは優しいですね。でも、そんなことないですよ。鈴川さんと仲良しの青梅紅美花さんとかにはとっても強く嫌われてるんじゃないでしょうか」


真沢さんが困ったように笑ったけれど、あたしにはこれを否定するだけの材料を持ち合わせていた。先日紅美花自身が真沢さんのことを嫌いではないと言っていたのだから。


「少なくとも、紅美花は真面目な真沢さんのこと嫌いじゃないって言ってたし、そういう子がクラスに居てくれたら助かるって言ってたよ」

「本当ですか……?」


真沢さんが不思議そうにあたしに尋ねる。まあ、あたしも紅美花は真沢さんのこと嫌ってると思ってたから、当の真沢さん本人からしたら、もっと訝しげに思ってしまうのも無理はないと思う。でも、事実だ。


「ほんとだよ。紅美花はあたしに嘘つかないし、あたしは真沢さんに嘘はつかないから」

ピースサインをしておいたら、真沢さんが柔らかい笑みを浮かべてから、ホッとしたように息を吐く。

「なら良かったです」


「ねえ、良かったらこのメガネ貸してあげよっか?」

「え?」

「学校でみんなの好感度確かめたら、真沢さんがみんなから嫌われてないってわかるんじゃないかなって思って」


我ながら名案だと思った。真沢さんは強そうに見えて、あたしのことを信者みたいな形で愛してしまうくらい、人に嫌われてることに不安を持っているのなら、実際にみんなの数値を見て安心してもらうのが一番良いんじゃないかって思う。けれど、真沢さんが首を横に振った。


「いえ、大丈夫ですよ。もしみんなから低い数値が出てしまったら私は学校に行けなくなってしまいそうですし」

「そんなもんかなぁ」

別に嫌われてないんだし、安心して数値を見たら良いのに。真沢さんがそれで良いなら無理強いはしないけれど。あたしが納得していると、真沢さんが続けた。


「ですが……」

真沢さんは俯きがちに言いづらそうにしている。

「どうしたの?」


あたしは下から覗き込むようにして、俯いている真沢さんの顔を見上げる。髪の毛が砂についてしまっているけれど、そんなことは気にしなくてもいいか。


真沢さんは言いづらそうに口を開いた。

「今だけメガネを貸してくれませんか?」

「良いけど」

「鈴川さんの数値だけ確認しても良いですか? ……あ、いえ、嫌だったらもちろん大丈夫なんですけど」


学校での真沢さんなら有無を言わさずにメガネを取り上げてしまいそうなのに、今の真沢さんは随分と控えめだった。まあ、多分こっちが本当の真沢さんなんだろうな。

委員長という自分を守るための鎧をとってしまった真沢さんは、とっても大人しいけれど可愛らしい子であるのは間違いなかった。


あたしは座り直して、メガネを真沢さんに渡す。変な数値が出たら真沢さんを傷つけてしまうから、本当は迂闊に貸してはいけなかったのかもしれないけれど、その心配はないから大丈夫かな。だって、あたしの真沢さんへの好感度が低いわけがないのだから。もし低かったら、それはきっとメガネが壊れているってことだ。


真沢さんがゆっくりとメガネをかけた。メガネの上からメガネをかけているから、ちょっと変な感じがする。かけ終わってからあたしの頭上を見つめた真沢さんはホッとしたように微笑んだ。


「68ですか。嬉しいですね」

「あたしたち相思相愛みたいだ」


いつも一緒にいるわけではなかったクラスメイトとしては、68と70なら充分な数値だと思う。


今日真沢さんと会うまでの数値から考えたら、もしかしたら真沢さんと付き合ったりすることもあるのではないだろうか、なんてことを冗談半分で思ってもみたけれど、そんなことは無いみたい。あたしたちの数値はお互いに友達の範囲は出なさそうだから。でも、これからも友達として仲良くしていけそうだな、なんて思ってみた。

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