第8話 委員長とのデート 4
あたしと真沢さんは横に並んで歩いたまま、黙ってしまった。楽しかった雰囲気を壊してしまったみたいで申し訳なくなってしまう。真沢さんが時々こちらを不安そうに見てくるから、何か話さないと思ってはみたけれど、言葉が上手く出てこない。
「あの、私、鈴川さんと海に行くの、とっても楽しみですよ!」
真沢さんが少し大袈裟なくらい微笑んだ。普段怒ってばっかりの真沢さんにかなり気を使わせてしまっている。
せっかく真沢さんが楽しそうにしてくれているのに、あたしだけ気落ちしていても仕方がない。ましてや、真沢さんはメガネのことなんてまったく知らないんだから、いきなりあたしが不機嫌になったら不安がってしまうと思う。
真沢さんはせっかくあたしと一緒に遊びに行くのを楽しみにしくれているのに、誘ったあたしがテンション低いんじゃダメだよね……。
メガネの数値のことは一旦忘れて、微笑む。
「じゃあ、行こっか」とあたしはできるだけメガネのことを気にしないようにして、普段通りの調子にテンションを戻す。
口数はお互いに少なくなっているけれど、一応元通りの明るい雰囲気のまま、電車で移動した。まあ、移動と言ってもわたしたちの帰る方向に1駅乗るだけなのだけれど。
そうして、3分ほど電車に揺られて目的地へと辿り着く。たった1駅移動しただけでも、漂う匂いは一気に塩分が濃くなっている。夏休みシーズンには人で溢れている駅構内も、12月には用事がある人もほどんどいないらしい。駅で降りたのはあたしと真沢さん含めて10人もいなかった。
ホームに降りると、真沢さんが「楽しみですね」と嬉しそうに笑いかけてきた。学校にいる時の常にムッとしているような真沢さんと同一人物なのかわからなくなるような可愛らしい笑みを向けられる。
「なんだか真沢さんって、学校にいるときと全然違うよね」
「……えっと、それはどういう」
ムッとしているというよりは、困っているという反応。
「いつもはちょっと怖いのに、今日はとっても楽しそうだからさ」
あたしはオブラートに包まず、直接伝えた。
「あぁ……」
真沢さんが困ったように明後日の方向を見た。
えっと……、と小さな声で呟いてから、思いっきり頭を下げて、「ごめんなさい!」と謝ってくる。分度器で測って確かめたくなるくらい綺麗に90度のお辞儀をされた。サラサラとした真っ黒なストレートヘアがだらっと重力に従って垂れてしまっている。
「いや、別に謝って欲しいわけじゃないよ!?」
そんな真剣に謝られると、あたしも困ってしまう。困惑しているあたしに向かって、真沢さんは恐る恐る話し出す。
「その……、鈴川さんって、私と同じクラスになったばかりの頃から色々と話しかけてくれたじゃないですか……」
うん、と頷く。なんだかとても感謝されているっぽい言い方をされているけれど、別に同じクラスの子に話しかけるのは普通だと思う。
「元々鈴川さんにはとっても感謝していたんです。だから、本当は今みたいに鈴川さんと普通にのんびりとお話がしてみたかったんです……。けど、鈴川さんはいつも周りに人がいて、うまく話しかけれなくて、結局注意という形で無理やり割り込むみたいに話しかけるしかなくて……」
真沢さんは真面目でしっかりしているけれど、結構不器用な子らしい。なんだか一気に親近感が湧いてくるな。
「良かった、あたしのこと嫌いで注意してるわけじゃなかったんだ」
てっきり真沢さんはあたしのことが苦手だと思ってたから、ホッとした。まあ、メガネを入手してからは、あたしのことを嫌っているわけじゃないのはもうわかっているけど。
「き、嫌いなわけないじゃないですか!」
真沢さんが慌てて首を勢いよく左右に振った。思ったよりも強い口調で言われてしまって、苦笑いをする。
「わかってはいたんです……。お話したくて注意するなんて、とっても歪んでいることだって……」
「うーん……、歪んでるかどうかはともかくとして、普通に言ってくれたらもっとたくさん話せたのに。真沢さんもわざわざあたしのこと注意するの大変だったと思うしさ」
真沢さんは普通に真面目な子だから、人に注意をすることに快感を覚えたりもしないと思う。人に注意するのって結構労力使うし、大変だったんじゃないかな。
「すいません」とまた真沢さんが謝るから、あたしは笑った。
「せっかく遊びに来たんだから、わざわざそんなことで謝らないでよ! ……そうだ、ちょっとコンビニ寄ってもらっても良いかな」
真沢さんは、良いですよ、と快諾してくれた。普段の学校では考えられない程素直な真沢さんと共に海の近くのコンビニに向かう。夏場なら海の家もあるけれど、こんな真冬に海の家なんてない。
6時間も学校で勉強させられて頭を使ったんだから、当然お腹が空く。だから、何か食べられるものが欲しくてコンビニで肉まんを1つ買っておいた。冬に食べるコンビニのホットフードは格別なのだ。
「真沢さんも買ったら?」
真沢さんは首を横に振る。
「私は無くても大丈夫ですよ」
真沢さんの分も買ってあげたら良かったのだけれど、真沢さんは人に奢られれるのが苦手だって言っていたから、勝手に買ったら気を悪くしてしまうかもしれない思い、やめておいた。
そのままわたしたちは冬の海に向かう。肉まんを入れた3円の袋を下げながら、浜辺に並んで立っていた。
「なんだかキラキラしてますね」
真沢さんが微笑んだ。夕焼けが水面に写って綺麗だった。
「来てよかったね」
わざわざ見るためだけに海に来たのは初めてだけれど、想像していたよりも、ずっと綺麗だった。
「とりあえず座ろうよ」
あたしが促すと、真沢さんは一瞬躊躇した。
「スカートが汚れてしまいますから……」
「良いじゃん、今日くらいさ」
あたしが横をポンポンと叩いて、もう一度座るように促す。
「でも……」
「ねえ、せっかく一緒に来たんだし、今日くらいはっちゃけようよ。明日からまた真面目にしたら良いじゃん」
「それじゃあ……」
真沢さんがあたしの横に恐る恐る座った。
真沢さんは普段の学校の時とは違って、今日はとっても融通が効くみたい。あたしも紅美花と同じく真沢さんの真面目なところ嫌いじゃないけれど、今の話しやすい真沢さんのことはもっと好きかも。
冬の砂浜で2人並んで座って、海を見つめた。
「やっぱりちょっと冷えますね」
苦笑いする真沢さんの横で、あたしは肉まんを半分に分けた。うまく割れずに、ちょっと大きくなった方を真沢さんに手渡す。
「なんですか、これは?」
「肉まんだよ」
「いえ、それはわかってますけど……」
もらって欲しいのに、なかなか受け取ろうとしてくれない。
「食べてってことだよ」
「えっと……、いくらでしたっけ」
真沢さんが肉まんの代金を払おうとするから慌てて止める。
「良いから! あたしの奢りだって!」
「そう言うわけには……」
「じゃあ、食べられないから食べて! じゃなきゃ残しちゃうから。もうお腹いっぱい」
ここまで言ってようやく真沢さんは肉まんを受け取ってくれた。
「すいません、ありがとうございます」
真沢さんが半分にわけた肉まんを頬張ってくれてホッとする。
あたしたちは並んで静かに肉まんを食べた。真沢さんはおしゃべりな子じゃないから静かな空気が流れる時間は多かったけれど、普段とは違って笑顔の真沢さんをたくさん見られたから、やっぱり来て良かったのかもしれない。
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