第7話 委員長とのデート 3
学校を出てから、とりあえず2人並んで歩き出した。まだどこに行くかは決められていないから、さっさと目的地を決めてしまわないといけない。
けれど、真沢さんってどんなところに行くのが好きなのだろうか。全然想像がつかなかった。そもそも、行きたいところとかあるのだろうか。
「ねえ、真沢さん。どっか行きたいところとかある?」
「どこでしょうか……。図書館とかですかね?」
「えー、テスト前でもないのに勉強したくないんだけど……」
あたしが苦い顔をすると、真沢さんが「なら、鈴川さんが決めてください」と言って、決定権を委ねてくる。
「カラオケとか?」
「人前で歌うの、恥ずかしいです……」
「じゃあ、ファミレスとか行く?」
「学校には最低限のお金しか持ってきていないので、注文するお金がないですから……」
「わたしが奢ろっか?」
「いえ、鈴川さんに奢ってもらうのは申し訳ないので……」
「気にしなくてもいいのに」
「いえ、私が今日心苦しくて眠れなくなってしまいますから……」
「そっかぁ……」
紅美花とよく行くベタな遊び場所を一通り挙げてみたけれど、あっさり却下されてしまった。
わたしが困っていると、真沢さんが申し訳なさそうに俯いた。
「すいません、せっかく遊びに誘っていただいたのに……」
学校での強気な様子は影を潜めていて、すっかりしおらしくなってしまっている。
頭上の数値も170から160の間を行ったり来たりしていた。このうろうろしている感じは紅美花にもあったけれど、これは不安を表している状態のはず。好感度を表すメガネと言いながら、なんとなくの感情まで判断できるこのメガネはやっぱり便利だった。
「ほんとにすいません。せっかく鈴川さんが一緒に遊びにいってくれると言ってくださっているのに……」
学校にいる時とは全く違って弱々しい真沢さんが、どうしてそこまで不安を抱いているのかはわからなかったけれど、とりあえず不安な気持ちは抑えてあげた方がいい。
あたしは真沢さんのことを抱きしめてみた。
「な、なんでいきなり密着してくるんですか!」
真沢さんが慌てているけれど、わたしはハグを続ける。
「気持ちが落ち着いてくれたらすぐに離すから、とりあえずそれまでギュッとしとくよ」
「どういう意図があって、そんなことをしているのですか!」
「真沢さんの気持ちを落ち着かせるためだよ。抱きしめられたら、ちょっとリラックスできるんだから」
あたしも中学時代は辛いことがあったら、紅美花によく抱きしめてもらって気持ちを落ち着かせていた。紅美花の包容力溢れる高い身長と、大きくて柔らかいおっぱいには、怖いくらいのリラックス効果があった。
まあ、あたしは紅美花とは違って背も低くて胸もぺったんこだから、どっちかと言ったら真沢さんに抱きしめられているみたいになってしまうけれど。
それでも、チラリと頭上を見ると、数値の振れ幅は収まってきているから、きっと不安の感情が落ち着いてきているのだと思う。細かい感情もわかるようになってきているし、だんだんとこのメガネも使いこなせてきているみたいだ。あたしのハグにもリラックス効果があるなんて、なんだか嬉しくなる。
少しずつ落ち着いてきた真沢さんの髪を優しく撫でてみる。見た目通りのサラサラとした髪からは、ふんわりとした、はちみつみたいな優しい匂いがした。可愛らしいシャンプーを使ってそうで、意外だった。
様子が落ち着いたのを見計らって、背伸びをしながら、真沢さんの耳元で、できるだけ優しい声で伝える。
「別に遊びっぽいことしなくても、一緒に歩いたりするだけでも充分楽しいからさ」
「すいません、ありがとうございます……」
「謝らなくても良いし、罪悪感も持たなくて良いんだよ?」
そう伝えると、真沢さんが頷いた。好感度の数値も168で止まってくれたから、不安な感情も収まってくれたみたい。わたしはハグをやめた。
そして、真沢さんの体から離れたのとほとんど同時に、名案を思いついた。
「そうだ!」
「どうしました?」と真沢さんが不思議そうに尋ねてくる。
「真沢さんって今は使えるお金、いくらくらい持ってるの?」
「何かあったときに使う1000円札は手をつけたくないので……」
真沢さんがお財布の中身を探り出した。
「238円ですね……」
真沢さんが苦笑いをしているけれど、それだけあれば充分だと思う。
「よし! じゃあ海でも見に行こっか」
「海?」
「近くにあるじゃん。電車乗るけれど、真沢さんの定期券の範囲内だと思うから、大丈夫だと思うし」
毎年夏になったら紅美花たちと一緒によく行く海に行こうかと思った。あそこなら、きっとお金がなくても遊べると思う。まあ、遊ぶと言っても、のんびり座ってるだけになると思うけれど、公園よりも風情があるし、良いんじゃないかな。
一応名目上はデートなわけだし(紅美花に言ったら怒られそうだけど)、ちょっとは普段と違うところに行きたかった。
今年の夏に紅美花を誘った時には「太ったから行きたくない」って嘆いていたところを無理やり説得して連れていったんだっけ。いつメンの中でも、わたしは珠洲や凛菜よりも紅美花への信頼度がダントツで高い。
2人には悪いけれど、やっぱりずっとそばにいてくれる紅美花のことは大好きだった。それこそ、もし告白されたオッケーしちゃいそうなくらい好きだった。
本人曰く全体的にお肉がついたし、体重も増えたから水着姿は舞音には見せられない、と言っていた。けれど、実際に海で見た水着姿だと、お腹周りはすっきりしていて、胸とか腰回りとかに脂肪がついていた気がする。ああいう可愛らしい脂肪の付け方ってどうやったらできるんだろ。
珠洲や凛菜が紅美花の胸を触ってエロいって連呼してたから、あたしも好みだよって伝えたら、紅美花はすっかり上機嫌になっていた。もし、あの日に好感度のわかるメガネをつけていたら、99くらいまで上がっていたと思う。
ご機嫌になった紅美花にかき氷も奢ってもらえたし、あの海には楽しい思い出がたくさん詰まっている。だから、真沢さんも楽しんでくれたらいいな、とは思う。真沢さんと楽しい時間を過ごせたら、あたしにとって、もっと素敵な場所になると思うから。
あたしは得意気に海を提案したけれど、真沢さんは少し不安そうだった。
「海があるのは当然知ってますし、ご一緒したいですけど……、鈴川さんはそれで良いんですか?」
「あたしから行きたくないところ提案したらヤバいやつじゃんか」
苦笑いをすると、真沢さんが微笑んだ。
「確かに、そうですね」
学校ではいつも無愛想に怒っているところばかり見ていたから、メガネの奥で目を細めて笑っている真沢さんが随分と可愛らしく思えた。これがギャップ萌えというやつか。
「じゃあ、そうと決まれば行こっか」
あたしが声をかけると、真沢さんは突然ハッとしたように姿勢を正した。一体どうしたんだろうと思っていたら、真沢さんが困ったように言う。
「すいません、せっかく良い提案をして頂いたのに、水着を持ってきていませんから泳げないないです。だから、今日は鈴川さんが楽しそうに泳いでいるところを眺めるだけにしておきます……」
「泳がないよ! こんな寒い日に海に入ったら凍えちゃうから!」
真沢さんは頭も良いし、しっかりしているけれど意外と天然なのだろうかと思ったけれど、その直後にクスッと笑った。
「冗談ですよ。12月に泳がせるって、私はそんなにも酷い子じゃないですよ」
真面目な顔で冗談を言われてもわかんないよ、と心の中で苦笑いをしつつも、楽しそうな真沢さんを見られて良かったな、なんて思う。
普段はちょっと真面目すぎる真沢さんの楽しそうな顔が見られたから、メガネのこと関係なしに誘って良かった。
きっと今頃数値はさらに上昇しているのだろう、と思って頭上を見たのに、なぜか真沢さんの頭上の数値が130にまで大きく減少していたのだった。
「え、なんで……」
あたしは小さな声でポツリと呟いた。
「あの、どうかしました……? もしかして、泳ぎたかったんですか……?」
「そんなわけないじゃん……」
と引き続き困ったように言うと、楽しそうだった真沢さんの表情が不安そうなものに変わる。
「あの、もしかして、さっきの私の冗談に不快な思いをさせてしまったのでしょうか……」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」
何が起きているのかわからなかったから、わたしは恐る恐る尋ねる。
「真沢さんって、もしかして、海に行こうって提案した時にあたしのことちょっと嫌な子だって思ったりした?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! 海に行くって言われて、嬉しかったですよ!」
「ほんとに……?」
「ほんとですよ!」
真沢さんが不安そうな表情をしているのに、なぜか好感度の数値は高くなる。一時130まで下がっていた好感度の数値が152にまで上昇していた。
「わけわかんないよ……」
やっぱりこのメガネ、壊れているのだろうか……。
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