第4話 好きか嫌いか
次の日学校に行くと、「おはよー」とできるだけ普段通りの調子でわたしは紅美花に声をかけてみた。
まだ昨日のことを引きずっていたらどうしようかと心配だったけれど、めがねのレンズ越しに見える頭上の数値が95になっていたから、機嫌は戻ってるっぽい。
まあ、どこまで信用して良い数値なのかはまだわからないから、ちょっと緊張はしたけれど、紅美花はいつものように「おはよう」と軽く手を上げながら返してくれたから、ホッとした。
「そのメガネ、マジでかけてきたんだ……」
紅美花が苦笑いをする。
「可愛いでしょ?」
あたしはフフッと笑って紅美花の方を見る。
「デザインは可愛くても、変な機能ついてるから嫌なんだけど」
「良いじゃん。可愛い上にネタにもなるおもしろメガネだよ?」
「ネタじゃすまないから嫌なんだけどなぁ……」と呟いた紅美花の声は、小さすぎてよく聞こえなかった。
クラスの子たちを見回すと、みんな頭上に数字が出ている。まだ始業時間じゃないから教室に全員来ているわけじゃないけれど、今のところ50〜65くらいでみんな推移している。あたしは概ねクラスのみんなから好かれてはいるけれど、あたしのことを大好きな人は紅美花以外いない。そんな感じだろうか。
「ねえ、紅美花。これで数値高い人に告ったら、あたしはクリボッチ回避できるってことかな?」
「知らないわよ」と不機嫌そうに返された。
「紅美花に告ったら、付き合ってくれる?」
「冗談ならそんなこと言わないで」
紅美花の数値が93になったから、怒らせてしまったみたい。あたしは慌てて謝った。
「ごめんって。紅美花は大好きな彼氏さんがいるもんね。羨ましいねぇ」
「そうね」と大きなため息と共に言って、紅美花はプイッと顔を背けてしまった。数値は87にまで下がっていた。やばい、なぜかわからないけれど、紅美花はめちゃくちゃ怒っている。
「ねえ、ごめんね。悪気はないんだって……」
慌てて後ろから抱きついたら、紅美花がヒャッと小さな驚いた声を出す。
「い、良いわよ……。そんなに怒ってないから……」
「でも、好感度の数値が下がってたから……」
恐る恐る頭上を見ると、また数値が94にまで上がっていた。
「あ、また上がった」
「やっぱり、嫌なメガネだわ」
紅美花がため息をついた。
不機嫌そうな紅美花を見て首を傾げていたところに、珠洲がやってくる。
「おはよ」といつものように気怠そうに挨拶をしてくれた。
珠洲の数値は67。まずまずの好感度。嫌われてなくて良かったと思っていると、今度は凛菜がやってくる。
「楽しそうに何話してんのさ?」
「いろいろとねー」と軽い感じで返事をしてから、凛菜の頭の上にある数字を見て、思わず「え……?」と困惑の声を出してしまう。
「どうしたの?」と笑顔で声をかけてくる凛菜の声がいつも通りだから、あたしは混乱してしまう。
「ん? んん……?」
そんなあたしの様子を見て、紅美花が察してくれた。
「いくつだったの?」と小さな声で尋ねてくる。答えようかどうかは悩んだけれど、恐る恐る伝える。
「5……」
紅美花も一瞬凍りついたけれど、小さく息を吐いてから、頷いた。
「それ、やっぱり適当な数値が出るのよ」
「そう……、かな……。……そう、だよね」
うん、と頷いて、無理やり自分を納得させる。
確かに、さすがにおかしいよね。凛菜は普通に笑顔なのに、5なんて数字出るわけない。仲が良いはずの凛菜の数値がクラス内でも圧倒的に低いんだから、さすがに非現実的すぎる。
「もう使うのやめなよ。そのメガネ」
「うーん……。せっかく可愛いメガネだからやめはしないけど、もう数値は気にせず普通の伊達メガネとして使うね」
紅美花はあまり良い表情はしなかったけれど、とりあえず納得してくれたみたいで、これ以上は何も言わなかった。ただの0〜100の数値がランダムで出るおもちゃの伊達メガネ。それでいいや。そう思っていると、今度は冷たい声を後ろからかけられる。
「鈴川さん、それ伊達メガネですよね?」
委員長の真沢さんがムッとしたように言うから、紅美花が売り言葉に買い言葉で立ち上がって真沢さんに顔を近づける。
「メガネ付けんのは校則違反じゃないと思うけど?」
「伊達メガネは華美なファッションに類するものだと思いますので。視力を矯正するわけでもないのに、メガネをかけてくる必要はないですから」
真沢さんはあくまでも淡々と言う。
「それに、私は鈴川さんに言っているわけで、あなたには言っていませんから」
真沢さんの声を聞いて、あたしが返すより先に紅美花が鼻で笑ってから、答える。
「てかさ、うちのクラス、ブレスレッドつけてる人も、キーホルダーつけてる人もいるんだけど。前から思ってたけど、あんた舞音にだけ厳しいよね? 何か恨みであるわけ?」
「別に、わたしはクラス委員長として、きちんとしていない人に注意をしているだけです」
2人ともどんどんヒートアップしていくから、わたしは立ち上がり、慌てて2人の間に割って入る。
「まあまあまあ、ちょっと落ち着いてよ!」
2人とも背が高くて、私だけ背が低いから、子どもが仲裁してるみたいになっちゃってるけど、気にしている場合ではない。
「ね、とりあえず落ち着こ」
怒ってる真沢さんはちょっと怖いから、紅美花の方を見たら、かなり苛立っている。きっと今真沢さんから紅美花の数字を見たら、一桁に違いない。なんならマイナスかも。
「舞音も言ってやりなよ。いっつもいろいろ言われてむかつくでしょ?」
「いや……、えっと……」
特に苛立ちはしないけれど、話を合わせておかないと紅美花は面倒くさそうだし、話を合わせる。
「ほら、言ってやりな」
紅美花があたしの体を半回転させて、真沢さんの方に無理やり向けさせる。怒っている真沢さんを見上げるの嫌だなぁ、なんて思いながら恐る恐る見上げると、信じられないものが見えた。
「67……!」
あたしの声を聞いて、紅美花も「こいつ、そんなに高いの!?」と驚く。
わたしが真沢さんの数字に驚いていると、「何ですか?」と真沢さんが尋ねてくる。真沢さんがグッと顔を近づけてくるのを見て、とんでもないことに気づいた。
「違う……、167だ!?」
それを聞いて、驚いているあたしとは違って、紅美花はホッとしたように笑った。
「なんだ、やっぱりバグってるんじゃん」
「……だよね」
あたしも冷静になってから、一緒に笑う。
このメガネはマックス100だもんね。完全に異常値だ。凛菜の5もバグだよね、と言い聞かせる根拠もできた。
「だから、さっきから何の話を……」
真沢さんが困ったように尋ねてくるから、あたしは話を紛らわせるために、真沢さんに抱きついてみた。
「なんでもないよー」
「な、な、何をいきなり!?」
あたしが抱きしめたら、真沢さんの声が裏返った。
あれ? もしかして、緊張してたりする……? あたしは背の高い真沢さんの顔を下から覗き込むようにして見上げて、頭の上の数字を見る。真っ赤な顔をした真沢さんの頭の上で、数値がまた増えた。
「168、169、170……」
「さ、さっきから何を数えてるんですか!?」
「いや、えっと……」
あたしが困っていると、黙って紅美花が腕を引っ張ってその場から離れる。
「ちょ、ちょっと、まだ話は終わってないですよ!」
真沢さんが声をかけてきても、紅美花は立ち止まらずに廊下に出て、お手洗いに向かった。手洗い場で誰もいないのを確認してから、紅美花が話しだす。
「やっぱりそれ壊れてるんじゃん」
「そうかな……」
「真沢が170でしょ?」
「うん……」
「じゃあ、やっぱバグってんじゃん」
確かに数値はおかしい部分が多いけれど、みんなの気持ちと数値が連動しているような気がしないでもないし、一概に壊れているとしていいのかわからなかった。
「それが壊れてないと仮定して、凛菜は舞音のことめちゃくちゃ嫌ってて、真沢が舞音のことめちゃくちゃ好きってことになるけど、それで本当に合ってると思うの?」
「いや、それは……」
確かに、そんなこと考えられない。
感情と数値は連動しているっぽいから、信用できるためのデータが揃っていないわけではない。何より、こんな超便利なものをせっかくゲットしたのに、それが無意味だって思いたくないし。あ、でも凛菜からの感情を考えたら、無意味だって思いたいし……。
自分の感情がわからなくなってしまう。少なくともこのメガネの信用具合がわからないことには、心配事は募り続けてしまう。白黒はっきりさせておきたい。
「とりあえずさ、試してみようと思う」
「何を?」
「このメガネがどのくらい信用に値するのか!」
「どうやって?」
「とりあえず、真沢さんの感情を測りに行こうと思う!」
紅美花が不思議そうに首を傾げていた。
「一体何を企んでるわけ?」
「あたしは今週末真沢さんをデートに誘う! 本当にあたしのことが大好きすぎるのか、確かめてみなくちゃ!」
「は、はぁ!?」
紅美花が慌てた声を出す。紅美花の頭の上の数字は86にまで落ち込んでいたのだった。
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