第3話 雑貨屋の掘り出し物 2
わたしの困惑する表情を察してくれたのか、店長のお姉さんがにこやかに答えてくれる。
「そういうこと。頭上に出てる数値が好感度ってこと。でも、まあどこまで信頼できる数値かもわからないから、ジョークグッズみたいに思っておけば良いと思うよ」
ふーん、と呑気な調子で返事をするあたしの横で、紅美花はなぜか、冷や汗を垂らしていた。
「面白そうだし、買ってみよっかな。デザイン可愛いし2000円で面白い機能がついている伊達メガネならかなりお得な気がする!」
「お買い上げだね。似合ってるし良いと思うよ!」
お姉さんにも似合ってると言われたし、ちょっぴり上機嫌でレジに向かおうとしているところを、紅美花が止める。
「2、2000円って結構高いしやめたほうが良いんじゃないかしら」
「そうかな。人の好感度わかって2000円ってかなりお得じゃない?」
「いやー、でもさー……」
紅美花が何かを言いたげだったけれど、言いたいことがうまく言葉にできていないみたいだった。
「良いじゃん、どうせジョークグッズだし。面白いし買うよ」
「あっ」と紅美花が止めようとしたのを聞かずに、お姉さんに渡すためにメガネを外そうとした時に、お姉さんの上に45という数字が出てきたのに気がついた。
「45かぁ……」
ポツリと呟いた。
紅美花が95だったから、好きでも嫌いでも無い人は多分50なのだと思う。きっとそれ以下はどちらかと言えば嫌いの部類になるのではないだろうか。つまり、お姉さんはどちらかといえばあたしのことが嫌いということ。
それなりにお姉さんからの好感度は高いと思っていたから、ちょっと残念だな、なんて思っているとお姉さんが不思議そうに首を傾げた。
「あたしの数値、45だった?」
独り言のつもりだったけれど、しっかり聞かれてしまっていたみたいで気まずくなってしまう。
「えっと……、で、でも人の好きとか嫌いとか思う気持ちって別にその人の自由ですから……」
なるほど、好感度がわかってしまうとこうやって無駄にショックを受ける可能性もあるということか。あまり無闇矢鱈に使わない方がいいのかも。
苦笑いをするあたしに、お姉さんが不思議そうに返す。
「45だと、普通よりちょっと好きくらいだね。気持ち的にはもうちょっと高いと思ってたけど、結構判定が渋いんだね、このメガネ」
お姉さんが笑った。
「普通よりちょっと好きって、50が真ん中じゃ無いんですか?」
あたしが尋ねると、お姉さんは首を横に振る。
「あたしも正確なことはわからないけれど、ちょっと遊んでみた感じ、真ん中はだいたい35くらいになると思うよ」
「最高100なのに、35ってなんだか不思議ですね」
「人の感情は好きと嫌いだけじゃないからね。好きにも友達として愛しているっていうのと、恋をしているっていうのもあるし。まあ、友達と恋愛のボーダーの数値が、だいたいはちじゅ――」
メガネの説明中に突然紅美花があたしの手を引っ張る。
「ねえ、早く会計してもらわないと、そろそろ日が暮れちゃうよ!」
お姉さんが説明をしてくれているのに、紅美花がなぜか急かしてきている。
「別に日が暮れても良いんじゃない?」
「そ、そうだけど……」
語気は弱まっているけれど、紅美花はさらに強くあたしの手を引っ張って、そのまま外に出そうとする。
「まだお会計してないから!」
勢いよくあたしを引っ張って帰ろうとするから、このままだと店員の目の前で万引きをしてしまうことになる。あたしは慌ててお財布から千円札を2枚取り出して、お姉さんに渡す。
「どーも」と手を振ってから、お姉さんが呟いた「95点かぁ」という言葉はあたしの耳には入って来てはいなかった。
そのまま、引っ張られて外に出て、あたしたちは帰路につく。
帰り道、レンズをつけたまま歩いていると、すれ違う人の頭の上の数字が30から40くらいの間で推移していた。なんだか男性からの数値が心なしか高く表示されているように見えるのは意味があるのだろうか。
「会ったことのない人の数字がそれぞれ違うってなんだか不思議だなあ。知らない人なら好感度が一律な気がするのに」
使っているうちに、第一印象によって数値が変化するという事実もわかっていくのだけれど、このときのあたしはまだ何もわからなかった。
「それ、ジョークグッズでしょ? ランダムに出てるだけよ!」
紅美花がムッとしたように言う。紅美花はなぜか、このメガネのことを話すと機嫌が悪くなる。
いつもなら、紅美花が不機嫌になるような会話を続けるのは悪いから話題を変えるところだけれど、さすがにこんなにも面白いメガネをゲットしたのだから、夢中になってしまう。
「ランダムにしては、紅美花の数値がずっと高いままなんだよね」
また確認すると、94になっている。
ちょっと怒っているから、ちょっと下がっているのだとしたら、やっぱりこのメガネはジョークグッズどころか、かなり高性能な機械ということになる。
「ね、紅美花もあたしのこと見てみてよ! 100点満点出す自信あるから!」
紅美花があたしを好きな感情よりも、あたしは紅美花のことが大好きな自信があるから、きっと高得点は堅いと思う。だって、あたしにとって紅美花は一番大切な友達なのだから。
あたしはメガネを外して紅美花に渡してみた。
「嫌よ」
けれど、紅美花は受け取ろうとはしてくれない。
「良いから良いから〜」
拒む紅美花の顔に強引にメガネをかけさせたら、紅美花が顔を歪めた。そして、苦しそうな声で呟いた。
「……だから嫌だって言ったのよ」
紅美花は両手でメガネをサッと外してから、地面に叩きつけようとしてきた。
「え、ちょっと!」
叩きつけようとしたところで手は止まったから、壊されずに済んだけれで、一体紅美花は何を見たのだろうか……。
「ねえ、わたしの数値は……」
尋ねようとした紅美花の瞳に涙が浮かんでいた。
「紅美花……?」
「言いたくないわよ……」
「もしかして、めちゃくちゃ低かったとか? だったら、やっぱりこのメガネただのおもちゃだよ。あたし紅美花のこと大好きなんだから。やだなぁ、そんな数字本気にしない方が良いって」
慌てて紅美花の背中を撫でると、紅美花が涙声を出す。
「78よ……」
「じゃあ、やっぱりおもちゃじゃん。あたし、紅美花のこと大好きだから、90点はないとおかしいもん!」
本当に好感度がわかるメガネかと思って楽しみにしていたから、ちょっとだけがっかりしたのは否めないけれど、純粋にデザインが好きだし、安かったから、まあいっかと思った。
紅美花は小さな声で「そうね……」と呟いてから、それっきり一言も話さなくなってしまった。あたしたちはそのまま5分ほど静かに歩いてから、お互いの家に帰るために別れたのだった。
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