メガネっ子創造委員会

まらはる

逃走、追跡、変態

「我々はメガネっ子創造委員会である! そこの青年、速やかにその"虫"を渡しなさい!!」

 僕は追われていた。

 両手で抱えなければいけないほどのデカい"虫"を抱えながら、夜の街を駆け回る。

「いたぞ! あっちだ!」

 路地から路地へと、黒いスーツを見かけるたびに、より暗く狭く細い方へと走り抜けていく。

「なんでっ……こんなっ……ことに……!」

 息を切らしながら悪態をつく。

 手足より先に、喉や肺が痛む。

「……あおのぶ、だいじょうぶー?」

「ッ大丈夫だ、こんぐらい!!」

 抱えた"虫"から心配する声が聞こえる。

 虫がしゃべる?

 そんな驚きはとっくの昔。


 彼女に振られて、バイトをクビになって、大学をサボってたらいつの間にか部屋の隅にあったデカい卵。

 ビビりつつもなんもかんも嫌になっていた僕はその卵が孵化するのを見守ることにした。

 そして生まれたのが頭と胸と腹との三部からなり、手足が六本、顎があって触角があって、羽はない。いわゆる昆虫なコイツだ。ただし運動部のスポーツバッグよりデカい。

 生まれてすぐは手のひらサイズだったが、すくすくと大きくなり、喋れるようになった。驚いた。

 名前はファフナー。とりあえずドラゴンからとった。


「ふぁ、ふあ、ふ、なー?」

「そう、ファフナー。お前の名前だ」


 喋れた、と言っても流暢ではなかった。僕が一個ずつ、いろんな言葉を覚えさせた。

 だいたいは流し見てたアニメからすごい勢いで習得していったみたいだが。


「おにく、すきー」

「ほい、鳥の胸肉」

「うしがいいー」

「牛はなぁ、相対的に高いんだよ」

「まつざかー」

「やめてくれ」


 雑食だが肉が好きなファフナー。

 食べるほどデカくなった。


「失礼します、こちらで大きな虫を飼っていませんか?」

「さぁ、知りませんね……」

 そしてイイ感じに育ったころ、急に黒いスーツに身を包んだ男たちが僕の棲んでるアパートにやってきた。

 とりあえず誤魔化して窓からファフナーを連れて逃げたが、すぐに追いかけられた。

「どこいくのー? おそとー?」

「そう、おそと! ちょっと駆け足で散歩だ!」

 ファフナーが普通の存在じゃないことなんてわかっていた。

 だからそれを探している個人か組織とかいるだろうとも、なんとなく思っていた。


「我々はメガネっ子創造委員会である! 」


 でもそんな変な名前の連中が追いかけてくるとは思わなかった。


「なんでメガネっ子好きどもが僕を追いかけてくるんだよ!!」


 息も絶え絶えながら、思わず虚空に向かって叫んでしまっていた。


「——それは」

「ッ!!??」

 集中が切れたのだろう。

 曲がり角をよく確認もせず曲がったら、進行方向に黒スーツが一人、潜んでいた。

 ビビった僕に角度の良い蹴りを胴体に入れてきた。

 そんなもの、特にスポーツマンでもない僕は、普段の落ち着いた状態でさえかわせない。

 まして走って不安定な状態に不意打ちに食らったなら、路地の隅の壁とゴミ箱に思いっきり体を打ち付けるのは当然だった。


「あおのぶーっ!」

「痛ッ……」

「あなたの持つ"虫"が、我々の望むメガネっ子にになるからです」


 黒スーツが何を言ってるか分からなかったのは全身に伝わる痛みのせいだけではないだろう。

 日本語が少し、いやだいぶ理解できなかった。


「我々はメガネっ子好きの集まりです。それはご察しのとおりです。普段から二次元三次元問わず、度入り伊達を問わず、眼鏡をかける少女を愛でています」

 しょうもない連中というのは分かったが、まだ話が見えない。

「メガネっ子とは、しかし矛盾とジレンマを抱えるもの。メガネっ子からメガネをはずすな、とはよく言われますが、しもし本人がダサいと思っていたり視力矯正の機会があれば、外すのもやむなしと言えましょう。そして望まぬ本人に対し『外すな』と押し付けるのは我々も望むところではありません」

 一応アニメや漫画は僕も見るところで、そういった趣味と議論が存在していることは知っている。

 だが、だからそれがファフナーとどう関係あるのか。

「我々は求めたのです。オシャレな伊達メガネもいいけれど、それでもやっぱり生粋のメガネっ子、そして絶対に外すことのないメガネっ子、生まれて死ぬまでメガネっ子、そんな存在を!! 我々は遺伝子工学・生物学の最強の研究者と手を組み、ついにその可能性にたどり着いたのです!」

 ……なるほど?

「……え、でも、それが? コイツ?」

「そうです! 受精卵の入ったケースが途中でなぜか壊れてしまい、紛失! 我々は必死に探しました……そして見つけました!!」

 そんな、ウソな……。

「え、でも、ファフナー……コイツ虫ですよ?」

「遺伝子工学・生物学といったじゃありませんか! なにもヒト科や哺乳類にこだわる必要はない、と気づいたのです!」

 スゴイ理論に行きついたんだな……。


「さぁ……これで分かったでしょう。その子は我々のもとにあるべきなのです。すぐお渡しなさい。もしほしければ、金でも食べ物でも女性でも、お好きなものと交換でもいいのですよ?」

「そんな怪しい姿で、人を蹴っ飛ばしといて、ハイそうですかと渡せるかよ」

 わけのわからない状況だが、僕が分かっているのはひとつだけ。

 このメガネっ子好きどもにファフナーは渡せない。

「逃げるぞファフ……なっ!?」

 さっき壁にぶつかったときの衝撃か?

 ファフナーは、体が割れて死んでいた。

 背中にぱっくりと、裂け目が入っていて、動く気配がない。

「な、ファフナー!! ファフナー!!」

「こ、これは……至急!至急Cブロックに集結せよ!」

 僕はそのファフナーの体に駆け寄る。

 と言っても、まだ痛みは残っており、かなり不格好になってしまったが、それでも一秒でも早く、と体を引きずる。

 水気と精気は失われ、まるでモノのようだった。

 黒スーツたちも慌てているようで、ドタバタとさらに複数人が駆けつけてくる。

「おい、お前! 聞いているのか!?"虫"をどうした!?」

「う、るせぇよ!! 見てのとおりだよ! 死んだんだよ、コイツは……」

「違う、よく見ろガキ!!そいつは死んでない……メガネっ子へと羽化したんだ!!」

 ……羽化?

 ……そもそも、よく考えれば虫の見た目では複眼だろうがなんだろうがメガネっ子と言うには無理がある。

 触れていたファフナーの体は、外側だけになっていた。

 中身は、飛び散ったとか漏れ出した、というわけではない。

 いわゆる、殻、だけのような状態になっていて、明らかに質量が違う。

 中身……。


「お前ら、周囲を探せ! 生まれたばかりだ、そう遠くへはいっていない!」


 怒号の指示が飛び交う。大の大人が何人もきょろきょろとする姿は滑稽だった。

 僕がぶつかったゴミ箱をのぞいてみたり、暗がりの方に恐る恐る近づいてみたり。


 ふと。


 僕の耳に何か振動音が聞こえてきた。

 高速で、羽の生えた虫が飛ぶ音。

 闇夜を切り裂くように、それは大きくなる。


「ガッ!?」

「おい、どうした!?」


 黒スーツのひとりが倒れる。

 そして倒れた一人を心配したもう一人も、何かに殴られたようにして吹っ飛ぶ。


 何かがいる。

 それは高速で動いている。

 そして、空を飛んでいる。


「何が起きている……? 博士は、いずれ地を這う虫から、メガネっ子が生まれると、言っていたのに……これは、いったい?」


 困惑する声が聞こえる。

 だがそんなのどうでもいい。

 僕には見えないが、そこにいると信じて叫ぶ。


「ファフナー!」


「——うんー!」


 直後僕の体は、上空へとあった。

 ひとりの少女が、僕を抱えている。


「あははー、さっきとはんたいだー!」

「あ、うん……そうだな」


 ひとりの、ちいさな女の子。

 ただし背中から二対の薄く半透明の長い羽が生え、目は巨大な複眼になっている。

 口、は顎というべきか左右に開く形に見える。


「トンボ、か……?」

「あ、トンボー!? ファフナー、トンボだったんだー!」

 ファフナー自身、自分の体がトンボのそれに似ていることに気づいたのだろう。

 そういわれれば、前の姿はヤゴに似ていたのか。


「ねぇ、とべたよあおのぶ!」

「すごいな……僕を抱えて飛べるのか……」

 ファフナーの身長は僕より小さい。それでも、力強い高速の羽ばたきと、細くも硬い腕は僕をしっかりと支えている。

「ねぇ、あおのぶー! どうするー?」

「そうだな……まだもう少し、この夜を飛ぼうか……頼めるか?」

「うん!」

 ひとまず、どこかへ逃げよう。

 逃げた先で、またこれからどうすればいいか考えればいい。

 いつの間にか抱えていたモヤモヤは晴れていた。

 僕はこの子を、人ならざるこの子を守って生きていくと、小さく決意した。





「博士! どういうことですか!?」

「なにがだよ。羽化したんだろ? いいじゃないか。予想通りだ」

「どこがですか! アレのどこがメガネっ子って言うんですか!? トンボですよ、トンボ!! まさかトンボのメガネは~って歌じゃないですよね!?」

「あ、そっちもあったか……」

「そっちもあったかじゃないですよ! ダジャレで片づきませんよ!!」

「……アレは察しのとおり、人間の遺伝子にある古代の虫の遺伝子をかけ合わせて生まれてきた子なんだ、わかるかい?」

「その辺はさすがに聞いています! その虫って、だからトンボでしょ!?」

「……古代に生息していて、化石しか見つかっていない、地球史上最大といわれる昆虫。確かにトンボと似ているが、厳密にはトンボではない」

「それは……」

「――メガネウラ。つまりメガネウラの遺伝子を持つ彼女はメガネっ子、と言っても過言ではないわけだ」

「バカ!!!!」

 どっとはらい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メガネっ子創造委員会 まらはる @MaraharuS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ